奇襲攻撃

「それで。右腕は大丈夫なの?」

 アリスが敷島にそう聞いた。が、陽炎はその右手を振って一瞬顔をしかめた後に答える。

「うん。まぁ、少し痛めただけだよ。痛みは有るが、そこまでじゃ無い」

「ふぅん、なら良いけど。で、何処で下ろしたら良い?」

「ボートに乗った所までで良い。後は勝手に那須村に行くさ。那須村の村長も自分の使役魔がやられたのはもう分かってるだろうし、逃げるかもしれんが……一応あの犬に発信機は付けておいたし、居場所は分かるだろ」


 陽炎はこともなげに言ったが、それは煌には信じられない言葉であった。

「あの戦闘の最中にそんなことを……?」

「あ、はい。あの犬は速かったですが、動きは直線的でしたから」

「しかし、それではあの犬の場所は分かっても、その、村長の居場所は分からないのでは……?」

「いや、村長が一番恐れているのは、私たちが彼の居場所まで行くかもしれないということです。ならば、犬を自分の元に戻す筈です」

 陽炎がそう言うと、煌は俄かに納得したのであった。


 陽炎が携帯型端末で調べてみると、犬人間は既に復活してしており、那須村の村長宅にいる様であった。

「アリス、このヘリはどの位使えるんだ?」

「うん?まあ、半日といった所かな。結構燃料食うし。何?村長さん家へ爆撃でも仕掛けるの?」

「いや、村長さんじゃ無く、宝条さんを少しの間預かっていてほしい。村長宅へ殴り込みをかけてくる。半日あれば戻れるから……」

 アリスはしょうがない、とでも言いたげに肩を竦めて了解した。


 拳銃のマガジンにはまだ半分程度が残っていたが、新しいものに交換する。

「それじゃ、朗報を期待しといてくれ」

 そう言って陽炎はヘリを降りた。



 村長宅は村の中央付近に有ったが、彼の所有する山がその後ろに有ったので、そこから奇襲攻撃を仕掛けることとする。

 だが、人の気配が無かった。

 -そういえば、向こうは犬であったな……匂いで接近に気付くのはお手の物と言った所かな

 陽炎はそう思い、端末を再び確認してみたが、発信機の場所は村長宅から動いていない。

 罠……か。陽炎はそう確信したが、此処で引くか進むかで迷っていた。

 引くとなると確かに安全ではあるが、一旦行き詰まる。新たに情報を探るという手も有るが、それでは時間がかかる。その間に初の方へと向かうかもしれない。かといって進むとなれば、相手の用意した罠に自ら嵌りに行くこととなる。が、若しかしたら情報は有るのかもしれない。


 陽炎は深呼吸五回分悩むと、一人頷き、銃を構えた。9ミリ拳銃である。

 彼は、進むことに決めた様であった。

「さて、鬼が出るか蛇が出るか……!」

 陽炎はそう呟くと、勝手口のノブをそこに有ったトンカチで殴り、ドアを開けた。


 勝手口から入ると、台所へと出る。此処は南に面しているため日差しが入り込んでおり、電気が付いていなくともよく見えるが、矢張り人はいない。


 一階には、台所を含めた部屋が二部屋と、厠、風呂、玄関が有った。居間には水墨画が飾られていた。しかし、そのどれにも人の姿は-犬人間も含めて-いなかった。


「二階か……?」

 陽炎はそう呟き、台所の隣に有った階段を上る。

 二階には部屋が四つ有った。一つは厠であり、もう一つは物置であった。すると、通りに面している部屋のに鍵のかかっていない窓が一つ有った。

 これは道路に面しており、あからさまに不自然である。一階の窓は全て閉まっていた。此処だけが鍵のかかっていない説明が出来ない。うっかりということも、説得力が無い。


 陽炎がそれを調べている時であった。後ろに気配を感じた。動かなければ殺される、と脳が警告を発する。陽炎は迷いなく振り向き、発砲した。そこには犬人間の姿が有った。9ミリ拳銃は命中していたが、それに怯んだ様子は無い。それどころか、陽炎に爪で襲いかかってくる。


「ええい、ままよ‼︎」

 追い詰められた陽炎に選択肢は無かった。彼は窓から飛び降りた。二階なので彼に怪我は無い。

 拳銃を即座に構えて二階の窓へと向けるが、そこに犬人間の姿は無かった。


 その次の瞬間。急に陽炎が横に飛び退く。それまで彼のいた所には警官の姿が有った。陽炎を取り抑えようとして失敗した様である。

「貴様何をしている⁉︎」

 警官は油断なく警棒を構えながらそう言った。陽炎の背後にももう一人の警官がおり、挟み撃ちにあった状況となる。


 陽炎は銃を外套の内に収め、両手を上げた。降伏の格好となる。後ろから油断無く近づいて来た警官が陽炎に手錠を掛ける為に彼の腕を掴んだ。いや、掴まれたのは警官の腕であった。陽炎は警官が自分の腕を掴もうとする一瞬、逆に彼の腕を掴んだのであった。


 逆の警官がそれをみて慌てて警棒を振りかぶり突撃してくる。だが、陽炎は慌てる事無く、くるりと回転し、先の警官に正対する形と成る。いや、陽炎は回転を警官の腕を捻りながらやったものだから警官も陽炎と共に回転した。そして、陽炎は今まさに陽炎を叩こうとしている警官の腹を後ろ蹴にした。

 彼は呻き声を一つ出すと、その場に崩れ落ちた。


 陽炎は左手で警官を拘束したまま、右手で外套から銃を抜くと、警官の頭の横に銃口をくっ付ける。

「どうして此処に来たんですか」

 陽炎はそう尋ねるが、警官は恐怖のあまりか、答えることができないでいた。

「もう一度聞きます。どうして此処に貴方がた警察がいるのですか?」

「あ……あ……連絡が来たんだ。命を狙われてるって……」

 警察官は愈々観念したと見えて素直に自供し始めた。

「誰から?」

「村長だ……」

「それは何時ですか?そして、何処から?この家から?それとも携帯?公衆電話?」

「ついさっきだ。この家に拳銃を持った見知らぬ男がいる、と。それで隠れて電話をかけているんだ……と。村長の携帯からだった」

「その携帯は何処からかかって来たか、分かりますか?」

「うむ?この家からでは無いのか?村長はそう言っていた」

「成る程。しかしこれはモデルガンです。いい歳こいて遊んでいたんですよ。いや、恥ずかしい場面をお見せしました」

 陽炎はそう言うと、拳銃の握り手グリップを警官の後頭部に打ち付け、昏倒させた。


「矢張り罠か……」

 陽炎は少し離れた場所で溜息を吐いていた。踏み込んだのは早計だったな、と彼は己の判断を少しだけ悔いた。

「まあしかし、彼が油断ならない相手だと分かっただけで僥倖か……」

 彼はそう思い直すこととした。


「まず、家の中にあの犬コロを置き、俺を誘き出す。そして俺が-玄関からでも勝手口からでも-あの家に入ったら二階の窓から犬公が脱出する。或いは屋根の上にでもいたのかもしれない。

「そして、俺が二階に上がり、あの部屋に行き、窓を調べていると、後ろから攻撃を仕掛ける。それで俺が拳銃でも出して発砲しようものなら、予め呼んでおいたお巡りが異変に気付くというわけだ。そして俺と彼らの対決となる。

「この噂は村中に広がるな。これで少なくとも俺は-昨日俺と一緒にいた宝条さんも-あの村には入らなくなった。

「しかし、宝条さんを連れて行かなくて良かった。彼もいたらあの犬人間の攻撃で何方かは傷を負っていた。重症になっていたかもしれないな……」


 さて、これからどうするか……陽炎はそう呟くと、携帯の通話釦を押した。

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