ヘリの中で

「まさか、君がいるとはね」

 ヘリまで登ってきた陽炎の一番の科白がそれであった。

「ま、敷島くんの為なら飛んで火に入る夏の虫ってね」

「それを言うなら例え火の中水の中だと思うが……」

 陽炎は呆れたようにそう言う。

「でも、ま、よく来てくれた。アリス」

 アリスと呼ばれた女性はその言葉を聞き、こくりと頷いた。


「で、どうなの?あれ、倒した?」

 アリスがそう聞くと、陽炎も聞き返した。

「実はそのことなんだが、何だあれは?全然攻撃が通じん。いや、正確に言うと、傷が治っているようだが……」

「うん。この前敷島くんに頼まれた調べ物、取り敢えず終わったから。報告も兼ねてそこら辺も話すよ」


「えっと、先ずね。宝条さんに朗報。万作さんの無事が確認されたよ。現在あの化け物は君達を狙っているから、取り敢えずの危険は無いんだけど、一応見張り番というか、護衛は付けてる。これは敷島くんのお願いだから、宝条さんや万作さんに新たにお金を頂くなんてことは無いから安心してね。


「次にね、あの化け物の事だけど、犬神様といって、この土地の信仰を集めていて、あの犬神島に祀られている。だけど、どうやら本当は神様なんかじゃ無いらしい。


「あれは式神みたいなものでね、対価と引き換えに言うことを聞くというものなんだよ。本来は盗賊とかに対する自衛手段の一環だったらしいけどね。現代において、その様なものは基本的に要らないから、慣習だけ残っていた様だよ。


「その慣習というのが対価を捧げる、ということなんだけど、実はその対価というのが人なんだよ。。それがあの化け物への対価だ。


「そこで、その儀式を行った翌日。宝条さん達が乗り込んで来た。その結果として、儀式を行った人達は、心配したわけだ。若しかしたら、自分達の儀式の後が見られたんじゃ無いかって。それは宝条さんが持っているカメラからも分かるよね。そこであの化け物を遣わしたんだよ。


「それでね、その化け物だけど、基本的には不死身だね。敷島くんの拳銃も殺すまでは行かなかったみたいだし。それにあれ自体替えがきくからね。


「うん。だから言っただろ。式神に近いって。ひょっとしたら、怪物クリーチャーのほうが近いかもしれないけど。あるいは悪魔とかね。


「で、だ。唯一の殺す方法だが、それは契約者、あの化け物に生贄を捧げ、取引した者を殺すことだ。或いは宝条さんの死を偽装する、とかね」


 アリスはこともなげに言ったが、何方も困難な事には変わらなかった。

「となると、矢張りその儀式を行った奴らを殺すしかないか……」

「まぁ、敷島くんならそう言うよね……」

 陽炎の呟きに若干呆れ顔のアリス。しかし、そのアリスにしても同じ結論に行き着いていた様で、反論はしなかった。


「それは、その私の死を偽装するのではいけないのでしょうか……人を殺すのはどうも……」

 煌がその様な意見を言うが、アリスと陽炎は同時に首を振る。彼等は瞬間、目線を戦わせたが、陽炎が口を開いた。

「いや、向こうは貴方の家を知っていますし、例え少しの間騙しおおせたとしても直ぐにバレますよ」

 続けてアリスも言う。

「それに、縦しんば上手くいったとしても、今度は万作さんが標的になるだけだしね」

 それらの言葉に煌は口を噤むしかなかった。


「ですが、それは犯罪でしょう。大丈夫なのですか?」

 心配そうに言う 煌にアリスはこくりと頷く。

「大丈夫だよ。似た様なことは有るし。それにどうせ警察も動かないだろうしね。それに君達は殺されかけているんだから、正当防衛だよ。もし一旦捕まったとしても、上はこういうことが有るって知ってるしね。直ぐに出して貰えるよ」


「……それで、誰を殺せば良いんだ?」

「那須村の村長だよ」

 陽炎の問いにアリスは端的に答えた。


「しかし……よくそこまで調べられたな」

 陽炎は当初化け物を倒せば収まると予想していたので、アリスには余り期待をしていなかったので、たったの一日足らずの間に此処まで調べているとは驚嘆に値することであった。

「ん、まあね。それに信憑性の有る情報も有ったし」

「……一体何だ?」

「大木扇教授の論文だよ」

 ああ、と陽炎は納得した様に頷いた。


 大木扇とは、民俗学を専門に取り扱っている学者であるが、彼自身は人類発祥以前から、いや既存のどの生物も発生していない時に既に知的生命体は宇宙より降り立っていたとの考えを示している。そんなことでは当たり前では有るが、学会からは鼻摘まみ者にされ、現在は全国各地を転々としながら研究を続けているらしい。


 そんな大木教授であるが、彼自身極度よ実践主義者であるので、彼の書く論文には一定の支持と信頼がある。その例の一つが陽炎達である。陽炎が相手取ることが多いのは、実際に体躯を持つ相手である。(というよりも、アリスがその様な仕事を持ってきている)その為、大木教授の研究対象と被る時もあり、陽炎はその場合は素直に彼の力を借りることとしている。大木教授はある意味節操なしであり、古代のものであり、怪奇的であれば、それが何でも研究対象になってしまう人物であった。彼が研究したものは確かに物質的なものが多かったが、それは単に研究し易いというだけである。


 大木教授は陽炎の様に特殊な能力や技能を使えることは無く、幾度も死ぬ様な目に遭っているのだが、その度に強運によって事後障害も無く生存するという不死身の人物である。


「……ということだ」

 煌に大木教授のことを聞かれた陽炎はそう答えた。実際大木教授はそれ程破天荒な人であったが、陽炎自身は大木教授に実際会ったことは無かった為、その様な一種形式的な紹介にしかならなかった。


「実際、大木教授は今何をしているんだろうな……」

 陽炎のそんな呟きが聞こえたアリスがふと答えた。

「確か今四国にいるはずだよ。何でも人類誕生以前の文明が必ず此処にある筈だ、て息巻いていた」

「らしいと言えばらしいのかな、少なくとも聞く限り想像通りの人だ」

 陽炎はそう感想を述べた。


「ま、兎も角これで真に打ち倒すべき強敵は決まったね。あと、これ」

 アリスが差し出したのは9ミリ拳銃とデザートイーグルのマガジンであった。

「そろそろ弾も消耗してるだろうしね。苦労して手に入れたんだよ」

「嘘つけ。君はこういうものを手に入れるルートを幾つも持っているじゃないか。でも、有り難く頂いておこう」

 陽炎はそう言い、アリスからマガジンを受け取る。


「しかし、よく分かったな。僕が9ミリ拳銃も使ってたこと」

「うん。敷島くんの能力なら9ミリ弾でも大抵の敵には致命傷を与えられるだろうしね。それにケチだから。必ず最初はあっちの方を使うからね」

 アリスの言う通り、陽炎は煌でのマンションでは9ミリ拳銃を使っていた。しかしそれでは威力不足だ、と感じた陽炎は犬神島ではデザートイーグルを使っていたのである。


「能力?」

 ふと、煌が漏らした疑問をアリスの耳が拾った。

「うん、人の中には常識では考えられない様なそれこそ特殊能力や異能とでも呼ばなければならないような代物を持つ者がいるんだよ。その原因は様々だけどね。魔術書を読んだり呪いにかけられたり。で、ここの敷島くんもそんな一人というわけなのです」


「へぇ。それで、どの様な……」

 続けて問う煌にアリスは今度は首を振る。

「それは一種のプライバシーなものだからね。私からはね」

「別に良いよ。依頼人に隠し立てする様なことは無い。私の能力はですね。有り体に言えば撃った弾や、投げたボールの命中精度を徹底的に上げる、といったものです」

 そう、陽炎は答えた。

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