脱出
「もしもし、アリスか。実は頼みたいコトがあってな。犬神島の場所は知っているだろ?そう。そこに迎えを寄越して欲しいんだ。いや、何。自分達が乗ってきた船が何処にも無いものでな」
陽炎は洞窟を出た瞬間、自分達が今迄乗ってきた船が無いことに気づいた。そこで直ぐ様アリスに救援を求めることにしたのである。
しかし、俺もアリスに頼る他に手段は無いのか。陽炎は自問自答するが、その答えは問う前から分かりきっていたことであった。
この島にある松を刈り取って筏にするなんてナンセンスを通り超しているし、彼も独自の情報網や、同業者の連絡先などは知っているが、こういう時に即座に動いてくれる人物は一人しかいなかったのである。
彼女なら、俺よりも連絡網は幅広いから、どの様な状況でも、欲しいものが手に入る。尤も、その場合は彼女に法外な料金を要求されるので、陽炎自身としては最後の手段の一つといった所である。とはいえ、彼の状況判断能力は非常に優秀である為、今回のようにそれが最適である、と判断すれば迷いなく救援は求めるが。
「あと一時間程度で来るそうですよ」
その言葉に、煌が振り返ると、陽炎の涼しい顔が見えた。彼は、予想の範囲内だ、とでも言いたげに落ち着き払っていた。
「まあ、あの化け物が死んだとは思えないですけど、それでも十分な損害は与えましたから、追って来るかどうかは微妙な所ですけどね」
陽炎は、洞窟の方をチラリと振り返り、海辺の岩に腰を掛けた。
その様子を見た煌は余りの呑気さに-あの犬人間が生きていると分かるならどうしてそんなにけいかいしない?-呆気に取られたが、結局は彼の隣に腰掛けることとした。
「?それは何ですか」
煌は陽炎の手の中にあった機械が、気になり聞いて見る事にした。彼は掌の機械を煌の方へよこす。
「カメラ……」
ああ、と陽炎は頷く。
「恐らく、あの犬人間を操っている奴のでしょうね。バッテリー内蔵型です。一週間はもつようにできてます。電池の減り具合から見るに、祭りの日に仕掛けられたものでしょう」
「すると……」
そこから先の言葉が出てこない煌に変わって、陽炎がそれを言った。
「犬人間の襲撃には明らかに人間の意思が備わっている、ということです」
陽炎も俄かには、信じ難かったが、それが真実だという何よりの証拠が手の上に有るのだった。
「これはあの大広間の入り口付近にありました。恐らくはこれで、貴方がたの進入を知ったのでしょう。そして、あの死体を見られたのかもしれない、と思った。それで執拗に貴方を狙ったのでしょう」
「一体、誰が……」
煌が首を捻る。
「分かりません。ですが、ここに来ることの出来る人物、そしてこんな監視カメラを仕掛ける動機があり、あの洞窟に見られたら困るものがある人物といえば限られて来るでしょう」
「那須村の誰か……ですか?」
「その通り」
陽炎はニヤリと笑いそう言った。
「あと十分程か……」
陽炎は腕時計を見てそう言った。
村人の中に煌らを殺そうとした輩が那須村の中に居る、と推理した後はそれこそ十分くらいは、村長が怪しい、いや神主かもしれない、こういう時は大概村の大富豪が絡んでくるものだ、などと言っていたりしたのだが、いつの間にか政府転覆を行うなら何処を狙うか、という話になり、最終的には関西の鉄道は速さか安さかという話になった。例えば同じ目的地に行くとして、鉄道会社で値段が異なる場合、一分に対して何円までが許容範囲であるか、ということである。これは話のくだらなさの割に、その人の時に対する価値観が分かり、ビジネスでは意外と役に立つんじゃ無いのか、と煌は思った。
その話も終わりかけ、世界平和は実現可能か、という壮大な、それでいて答えの見えている話題に移ろうとした時であった。
遠くから、バリバリバリという爆音が聞こえて来た。
「アリスの奴、また金を使いやがって。あれも僕が払うことになるな」
陽炎のその呟きから、二人の関係性というか、力関係が見えそうであった。
これで一安心と思った煌であったが、陽炎は不意に険しい顔をして振り返った。
「ほう……成る程」
煌がその目線を追うと、いた。犬人間が。
「宝条さん、ヘリはあの様子だと一分中に来るでしょう。その間私があの犬人間を引きつけておきますから、貴方はヘリに乗って下さい」
「し…しかし敷島さんは……」
「私も直ぐに乗ります。何、一分程度あのワンちゃんとじゃれ合うだけですよ」
陽炎は拳銃を取り出しながらそう言った。
陽炎と犬人間は、互いに一直線に近づいて行く。
「何処からでもかかってこい。遊んでやろう」
陽炎はそう言うと、照準を犬人間に合わせた。途端、犬人間が横に動き、照準を外そうとする。
だが、陽炎は最低限の動きで犬人間に追従し、発砲。弾丸は犬人間の肩に命中。そこの肉を弾け飛ばす。
「ふん。威力が違うだろう?前回のとは!」
そう言い、陽炎は続けて発砲する。これは躱されたが、連続して発射された第三射目が再度犬人間の、今度は頭に命中する。
弾き飛ばされる犬人間。
「あと五発……」
陽炎はそう呟き、再び銃を構えた。
島の上空に、漸くヘリが到着する。そのヘリから、縄梯子が煌の目の前に下ろされ、煌がそれに上ろうと手をかけたとかであった。
其れ迄延びていた犬人間が俄かに立ち上がったかと思うと、途端に煌へと向かって駆け出す。しかし、それも陽炎の横をすり抜けようとした瞬間に横から強烈な一撃を喰らい、犬人間は地面に叩きつけられ、敢え無く失敗した。
「あと四発」
何とかヘリに上がり込んだ煌はそこで信じられない人物に出会った。
「貴方は……」
二日前、夜道で出会い、陽炎を紹介してくれた、女性であった。
「敷島くんはまだ下で戦ってるね」
彼女が指差す方を見ると、確かに陽炎と犬人間が攻防を繰り広げていた。いや、攻防を繰り広げていたというと語弊がある。陽炎は犬人間の攻撃を避ける動きしかしていなかったのだから。
「どうして、早く撃たないんだ……あの銃は有効な筈なのに」
煌の呟きに、女性は答える。
「あれは撃ちたくても撃てないんだよ。敷島くんが今使っている拳銃はデザートイーグルっていうものなんだけどね。これが強力なんだけどいかんせん反動が大きいらしくてさ。さしもの敷島くんと雖も無理な体勢で撃ったらきついんだよ」
「そんな……」
彼女の言葉に煌は思わず声が漏れるが、それに反して女性は笑って言った。
「ま、敷島くんだし大丈夫でしょ。私達は機を見て彼を回収すれば良いだけだから……」
犬人間は俊敏で尚、狡猾であった。常に動き回り、攻撃を仕掛け、陽炎が銃を撃つのを事前に防いでいた。
陽炎は完全に犬人間の動きを見切っていたが、それでも撃つ暇が無かった。
こうなったら仕方が無い。本土から此処まで泳いできて、それから休みなしに此処まで大立回り出来るとは、こいつの体力は無尽蔵にあると見なさざるを得ない。ならば。陽炎は覚悟を決め、自ら犬人間の攻撃に晒されに行った。
いや、寧ろ犬人間へタックルをかました、といった方が正しいかもしれない。飛ばされそうになる陽炎。それでも左腕はしっかりと犬人間を掴んでいた。そして。
自由に動く右腕で、銃を犬人間の顎へとピタリと、くっつける。そして引き金を引いた。
途端に響く轟音。一瞬の音とはいえ、それはジェット機の騒音さえをも超える衝撃を持っているのだ。反動で地面に叩きつけられる右手。零距離で0.5
「用意が良いことで」
陽炎は次の瞬間、左隣に降りてきた縄梯子を見てそう呟いた。
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