第九話 臨戦態勢2

────side 翔也




西浄町一丁目。

この当たりでは、かなり有名なゴーストタウンだ。

なんでも、約五年ほど前にこの街の住人全員が一斉に失踪するという事件が起きたらしい。

調査はされたものの未だに原因は不明、行方不明者は見つからず。

それ以来、ここは不吉だということであまり人が寄り付かなくなったらしい。

まあ、それはどうでもいい。


今重要なのは、ここで例の怪物によって誰かが殺されたということだ。


俺は、佐々木からこの事を知らされた時心が踊った。

分かりやすい“敵”の出現を、喜んだ自分がいた。

自分でも呆れる。

相当重症だ。

だいたい、死人だって出ているというのに俺はなんて呑気な────


(……そういや、死人が出たのはほんの一、二時間前だったはず……だよな?)


それにしては、やけに人が少ない気がする。

ここは元から人が少ないというのはさっき言った通りだが、こんな異常事態に国が動かないなんて有り得るのか?

最低でも警察くらい動くと思うのだが……。

もしかしたら、この事件について書かれていた内容を俺が間違えたのかもしれない。

ホントは別の場所で事件が起きてた、とか。

そう思った俺は、携帯を取り出し、検索をかけてみたのだが────


何一つ、それらしい記事がヒットしなかった。

住民の混乱を防止するため、などといった理由で情報が規制されてたりするのだろうか。


(……そういや、朝も似たような事があったっけ)


空が言っていた連続殺人事件についてだ。

結局、その事件に関係した記事は見つからなかったため、彼女の勘違いということで話を済ませてしまっていたが、今回のようなことがあると様々な可能性が浮かび上がってくる。


(くそ、いったい何がどうなって────)



「う、うわぁぁああああああああああ!?」



突如男の叫び声と共に、乾いた破裂音のようなものが連続で二、三回程周囲へ響いた。


「な、なんだ!?」


今の、まさか銃声か!?

しかも、かなり近かった。


ただ困惑してその場に立ち尽くしていると、前方20メートル程先の路地裏から一人の男が必死の形相で飛び出してきた。

服装を見るに、警察官だった。

その手には一丁の拳銃も握られている。

彼がこちらへ気が付き、何か言おうと口を開いた、その時だった。


先程男が飛び出してきた路地裏から、“何か腕のようなもの”が高速で飛び出し、男の体を掴んだ。

そしてそのまま男を路地裏の奥へと引きずり込む。

断末魔が聞こえた。

同時に水っぽい音も聞こえ、辺りには沈黙が訪れた。


「……は?」


一瞬の出来事だったため、理解が追いつかなかった。

さっきの男はどうなった?

まさか、死んだのか?

次は、俺の番か。

……いや、俺の姿はまだ相手に見られてない。

今から逃げればきっと間に合うだろう。

しかし────


(それで本当に良いのか?)


ここで逃げて、またいつもの日常に戻るのか?

そして、俺は誰からも必要とされないままダラダラと生きていくのか。

……そうじゃないだろ。


俺は能力者だ。

殺された奴らとは違う。

俺の能力は何のためにある?

正直、社会において俺の能力は全くと言っていいほど役に立たない。

しかし、ここで“悪者”を倒せばどうだ?

俺は英雄だ、きっと誰かに必要とされるはずだ。


これは、神様が俺に与えてくれた“贈り物”だ。


わざわざ俺の力を活かせる場面を、この平和ボケした国にもたらしたのだ。


そうこう考えていると、路地裏から愛しの“敵”が現れる。

その真紅の瞳で、俺を捉える。

これでもう逃げられない────が、問題ない。

覚悟はもうできてる。

気分も良い感じに乗ってきた。


「────かかってこいよ、デカブツ」


きっと今の俺は、幸せだ。





────side 空




家のドアに背中から寄りかかり、そのままへたり込む。

極度の緊張から解放され、一気に力が抜けた。

それもそうだ。

いつ自分が襲われるかわからない状態で一人で歩いていたのだから。


私はまだ死にたくない。

幸せになりたい。

それでも、考えてしまう。

私が助かったがために、別の誰かが犠牲になっているかもしれない。

実は他人に不幸を押し付けてしまっただけではないのか、と。

……流石に考え過ぎかな。


不意に頬に風が当たった。

少しずつ冬が近付いていることを感じさせる、冷たい風だった。


(……あれ?)


自分が今いるのは自宅、つまり屋内。

それにも関わらず、風が吹いた。

居間の方からだった。


(あちゃー。私とした事が、窓を開けっ放しだったかな?)


靴を脱いで居間へ向かってみると、案の定全開だった。

今日は翔くんに頼まれていつもよりも早く家を出たから、少し寝ぼけていたのかもしれない。



────本当にそうなら、どれほど幸せだったか。



あるものを見て、背筋が凍った。


床に付いた足跡。

大きさからして男性のものだ。

その数は少ない。

だからこそ、危険だ。

それは何故か。


────外へ向かったと思われる痕跡がないからだ。


そう考えると侵入者がこの部屋にいるということになる。

しかし、その姿は見えない。

それは何故か。


────昼に見た危険予知では、襲撃者の姿は確認できなかった。


全てが噛み合った。


(つまり、相手の能力は────ッ!?)


その時、危険予知が発動した。

それが意味するは、自身に迫る危機。


もう、始まっていた。

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