第八話 臨戦態勢

────side 空




「ただいまー……って、誰もいないか」


誰もいなく、暗い部屋で一人呟く。

学校を出た私は、無意識のうちに翔くんの家へと足を運んでいた。

いつもなら翔くんが既にいることの方が多いのだが、今日は学校が早く終わったので私の方が先に着いてしまった。


一応、私と翔くんの関係は“家族”だ。

合鍵を持ってるくらいは当然だったりする。

もちろん、私の家の合鍵も翔くんは持ってる。


「……はぁ」


……今日はどうも調子が狂う。

自分の理解の範疇(はんちゅう)を超えた出来事が多すぎる。


あの異形の怪物もそうだが、さっきの花園さんの反応は普通のそれではなかった。


(花園さん、大丈夫かな……)


彼女があのようになった根本的な原因は別にあるとしても、私が引き金になったのは確かなはずだ。

あの時の彼女の顔が、ずっと頭から離れない。

……彼女は無事だろうか。


(今のうちに、ある程度夕飯作っちゃおうかな)


そう思って冷蔵庫の中から大根を手に取った、その時だった。


「ッ…!」


その大根が一瞬で朽ち果てた。

私は慌ててその朽ち果てた大根を拾い集めると、ゴミ箱の中へ放り込む。


……マズい、良くない傾向だ。

どうやら、自分が思っていた以上に気が動転しているらしい。

とりあえず、こんな調子ではまともに料理するなど不可能なので翔くんが帰ってきた時に任せることにしよう。


……最近多いのだ、能力が暴発することが。

私の場合、能力が能力なのでこのような事は避けなければならないのだが────


「うッ……!?」


突如頭痛と共に、私の頭の中にある映像が流れた。

あまりの痛みに、その場でうずくまってしまう。

頭痛の方はいつもの事なのでまだ良い。

しかし、最悪なものを見てしまった。


それは、自分が何者かに背後から刃物で刺されるというものだった。


「勘弁してよ……」


泣きたくなった。

折角、最近は楽しくやっていけてたのに。

どうしてこういう事になってしまうのか。


しかし、今は泣き言を言っている場合ではない。

何故なら、今見たものはこれから起こるべきこと、つまり防ぐことができる。




私は自分の意思で能力を使うことはない。

何故なら私の能力はあまりに強力であり、危険ななものだからだ。


私の能力は時間操作。

その名の通り、時間に干渉することができる能力だ。

出来ることは多いのだが、上手く扱えないどころか頻繁に暴発するくらいだ。

今朝も意図せず未来を見てしまったし、さっきだって手に持った大根の時間を急激に加速させ、一瞬で朽ちさせてしまった。

この二つは能力が暴発したものだ。


しかし、今見た私が何者かに刺される場面。

これだけは違う。

これは危険予知と呼ばれるもので、未来の私が『危害が加えられている』と認識した出来事を私の意思に関わらず予知するといったものだ。


それにしても、襲われると分かったのは不幸中の幸いだった。

そう、予知した未来は変えられるのだ。

これは私が能力を使いたがらない理由の一つでもある。

例えば今みたいに何かしらの未来を見た場合、私はこれにより影響を受け、本来とは別の動きを取るだろう。

これは必然であり、避けれないことなのだ。

今回に関しては、見えた未来が私にとってマイナスな出来事だったからまだいい。

しかし、仮に良い出来事を見てしまったら?

もしかしたら、未来を見たことによって本来起こるべきものがなくなってしまうことだってあるのだ。

私は、これが怖い。

だから、自分から未来は見ない。

そう決めた。

……まあ、一番の理由は上手く扱えないからなんだけどね。

なんというか、秒針を動かそうとしたら長針とか短針が意図せず動いちゃう感じ。

今ので伝わったかな?


(……さて、と)


何はともあれ、私はまだ死にたくない。

これは人として当然の思考だと思う。

だから、どうにかして生き残る方法を考えなければならない。



────side 翔也




「お、おい北見!これ見ろって!!」


放課後、佐々木が携帯を弄っていたと思ったら、突然慌てた様子で俺に迫ってきた。

彼は携帯を突き出し、画面をこちらへ向ける。


「なんだなんだ、一体どうした────」


その内容に、つい目を見開いてしまった。

彼の携帯に表示されているのは、とある情報サイト。

そこにはこう記されていた。


『西浄町一丁目にて謎の巨大生物に襲われた男性一名死亡』


こんな事が、現実に起こりうるとは夢にも思っていなかった。


「これって……」

「……あぁ、間違いなく今朝の画像の奴だろうな」


記事には“謎の巨大生物”とやらの画像が貼られていたが、相変わらずボヤけた影のようなものしか写ってなかった。


「これ、やっぱりカメラとか撮影者の問題じゃないよな」


最初は撮ってる人がただ下手なだけだと思っていたが、どうやら別の理由がありそうだ。

俺の言葉に佐々木は頷く。


「認識阻害系、もしくは光学系の能力かもな」


つまり、脳に干渉するか視覚に干渉するか、という話だ。


「こんな感じの化け物を召喚する能力って可能性は?」

「可能性がないとは言い切れないけど、そんな能力聞いたことないしなぁ……」


博識な佐々木でも知らない能力となると、やはり可能性は低いか。


「まあ、俺はそろそろ帰るわ。空も待ってるだろうしな」

「ひゅー、お熱いねえ」

「……」


佐々木はなかなか話が分かる奴だが、こういうところはマジでウザい。





────side 空




「……遅い」


もう放課後からかなりの時間が経っているはずなのに、一向に帰ってくる気配がない。


(これじゃあ翔くんに家まで送ってもらうってプランは無理かな……)


予知によると、私が襲われる時間は日が落ちてから。

場所は私の家の近くの住宅街だと思う。

……頭の中に映像が流れるだけなので、詳しくは分からないのだ。


そうそう、気になることが一つ。

私を襲った犯人についてだ。

結論から言うと、その容姿を確認出来なかった。

しかし、凶器であるナイフが私の背中に突き刺さるのは分かった。

こんな芸当が可能なのは能力者の他にないだろうが、問題はそれが分かったところでその能力が何かを特定できない事だ。

この世に存在する能力というのは少しばかり種類が多すぎる。


(いざとなったら危険予知頼りになっちゃうかなー……)


予知は私の能力の中でもかなり消耗が激しい部類なので出来るだけ乱用は避けたいのだが、任意発動ではないためどうしようもない。

それに、即死するよりはずっとマシだ。

……まあ、その『いざとなったら』という状況が訪れないことが一番なのだが。


とりあえず、最低限抵抗できるだけの武器が欲しい。

翔くんの家を少し漁ろう。


(えーと、包丁は────少し大き過ぎるし、うーん……)


などと一人で悩みながら引き出しを探していると、翔くんが中学時代に使っていた彫刻刀が出てきた。


(でも、これだと流石に短すぎるよね……)


正直先が尖ったペンと大した差がない。

本当は折り畳み式の果物ナイフのようなものが欲しかったのだが、見つからなかったのでカッターナイフで妥協することにした。

これの欠点は刃が脆くて折れやすいことだが、強化して使えば問題ない。


(あと使えそうなのは────)


と、台所の方に置いてあったある物が目に入った。


紙製の袋にパンパンに詰められた小麦粉だ。


そう、漫画とかアニメとかでよく見る粉塵爆発を想像したのだ。

常識的に考えれば、都合良くはいかないだろう。

しかし、これは私の能力と少しばかり相性がいい。


とりあえず通学鞄の中に小麦粉の袋を、ポケットの中にライターを突っ込む。


「う、少し重い…」


まあこの程度ならまだ許容範囲内だろう。

身を守る手段は少しでも多い方がいい。

もし仮に上手くいかなかったとしても、小麦粉は目潰し程度になら利用できそうだ。

……ホントは食材をこういう風に使いたくないんだけどね、新品だし。


(って、なんで翔くんの家にライターがあるんだろう)


翔くんは煙草を吸ったりはしないはずだし……まあいいや。

有難く使わせて貰おう。

もし翔くんのだったら後で弁償すれば良いしね。


(さて、こんなもんかな)


時計を見た感じだと日が落ちるまでまだ時間があるが、少しでも未来を変えるためにさっさとここを出よう。


あ、翔くんに一言伝えとかなきゃ。





────side 翔也





気が付くと、そこにはあまり見慣れない風景が広がっていた。


(……あれ?)


どうして俺は、こんなところにいるのだろう。

人が殆どいない、無機質なコンクリートジャングル。

すぐ近くの電柱には、こう書かれていた。


『西浄町一丁目』と。

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