第七話 システムエラー
────side 翔也
昼休み、つまりは食事の時間だ。
普段は佐々木と二人で食べるのだが、今日は何故だか他の男子も一緒だった。
……いや、理由は分かってるけどさ。
「へっくし!!!」
「うわっ、きったねえ!!」
「……風邪かね?」
「彼女がお前の噂でもしてるんじゃねーの?」
「彼女じゃないって言ってるだろ」
……ったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
そんな事を考えながら鞄から弁当を取り出す。
おかずが入っている層と白米が入っている層に分けられているものだ。
そしていつものように何気なく弁当を開いた時、空が仕掛けたであろう爆弾が起爆した。
おかずは普通だ。
朝食の余りが詰めてある。
問題は白米────に乗せられた海苔。
大きく『LOVE♡』と書かれていた。
世界が、止まった気がした。
……。
「「「殺す!!」」」
「なんでだよ!?」
こうして俺は、中学生と付き合ってるロリコン認定されたのであった。
……アイツはロリじゃないって何度言えば分かるんだ。
×××
「そういやさ、あの子の名前なんて言うんだよ。俺まだ知らないんだけど」
「……おい堀井、お前普段は殆ど話し掛けてこない癖に今日はなんなんだ。……だいたい分かってるけど」
「まあまあ、そう言うなって。これから仲良くしようぜ、な?」
そう言って俺の隣まで歩いて来ると、馴れ馴れしく肩を組んでくる。
……まあ、仲良くしてもらう分には嬉しいんだけどさ。
しかし、コイツに関しては下心しか見えない。
「あの子な、朝宮空って言うんだとよ」
俺の代わりに佐々木が答えた。
「てめ、佐々木…この野郎!」
「別に名前くらい良いだろ?」
「……別に良いけどさ」
まさか弁当を忘れた事をここまで後悔する日が来るとは思わなかった。
「……ん?朝宮って……なんか聞いたことあるぞ」
さっきまで一言も喋っていなかった島田がポツリと呟いた。
「え、マジで?それどこで聞いた?」
空と島田の接点があるとは思えないのだが。
もしかして、空って有名だったりするのか?
「いや、なんか同じクラスに朝宮っていう変わった子がいるって話を聞いたんだよ」
「────誰に?」
不意に佐々木が口を出した。
彼は何故だか少し真面目な顔をしていた……気がする。
「えっと……誰だっけ?」
「おい、こっちがそれ聞いてんだよ。さてはお前、何か隠してるな?……中学生と付き合ってるとか」
佐々木の言葉に島田は首を横に振り、全力で否定する。
「いやいや、それは北見に言えよ……俺をあんなロリコンと一緒にするな」
「おい待てどういう意味だ。それに、アイツはロリじゃないってさっきも言っただろ」
「まあ、発育は良かったな」
「ぶっ飛ばすぞ堀井。アイツをそんな目で見んな」
変に意識してしまうので、そういうこと言うのはホントにやめて欲しい。
「それにしても、本当は誰から聞いた?」
「それが……マジで覚えてないんだ」
島田に問い詰めると、彼は困ったような顔で答えた。
「お前さ、妹とかいたっけ?」
……それにしても佐々木のヤツ、やけに食い付くな。
「えっと……多分、いない…と思う」
「多分って…複雑な家庭なのか?」
「─────いや、本当に覚えてないんだ」
────side 空
「えっと────島田って…誰?」
「……え?」
聞き間違いだろうか。
しかし、確かにはっきりと聞こえた。
「いや、ほら…島田さんって、よくあなたと一緒にいる……」
「いつも私と一緒にいる…?でも、私の知り合いに、そもそも島田って名前の人なんていなかったはずだけど」
……どういうこと?
いつも花園さんと一緒にいたのは島田さんで間違いないはずだ。
「その…喧嘩でもしたの?いつもはあんなに仲良さそうなのに……」
私の言葉に、彼女は怪訝な顔をして少し苛立ちながら言う。
「本当に知らないわよ、そんな人……大丈夫?何か変だけど」
違う、おかしいのは私じゃない。
私はきっと正常だ、いつも通りだ。
……しかし、考えてしまう。
本当におかしいのは私で、朝の怪物も、島田さんという存在も、実はただの幻ではないのか、と。
……いや、そんな事はないはずだ。
「────花園さん」
「何?」
「あなたがいつも一緒にいた人の名前、教えてくれない?……少なくとも、あなたは一人じゃなかった」
私の質問に何故か彼女は驚いたような顔をした。
「いつも…一緒に…?私が…誰と……?」
突然、彼女の様子が変わった。
ブツブツと何かを呟きながら両手で頭を抱える彼女に周りのクラスメイトが気付き、ざわつき始めた。
今の彼女は、明らかに何かがおかしかった。
「……なあ…朝宮。お前、花園に何言ったんだ?」
少し敵意の混ざった視線を私に向けながら、クラスメイトである高橋くんが私に聞いた。
「別に、私はただ────」
「知らない、知らない知らない知らない知らない知らないッ!!」
彼女は血走った目で突如席を立つと、ただひたすら叫んだ。
「誰、誰なの!?島田って誰!?どこのどいつ!?何者!?────いつも、私の隣にいたのは誰ッ!?隣で笑っていたのは誰ッッッ!?」
自分の髪を掻き毟りながら発せられた悲痛な声は、どこまでも響いた。
教室中の誰もが、彼女の急な豹変に言葉を奪われた。
やがて彼女は声も
そして、周囲から音という音が消え去った。
この静寂を破ったのは、保健委員である小野さんだった。
「だ、誰か先生呼んでッ!あと、花園さんを保健室まで運ぶからあと一人誰か手伝って!」
彼女の呼びかけで、止まっていた人達が一斉に動き出す。
そんな中、私はただ立ち尽くす事しか出来なかった。
「おい朝宮、お前のせいで花園がこうなったんだろ?だったらお前も何かしろよ!!何突っ立って見てんだよ」
「……ねえ、高橋くん」
「なんだよ」
こんな状況でも、これだけはしっかりとさせておきたかった。
「このクラスにさ、島田さんって……いるよね?」
「────いねぇよ、そんな奴」
「……そっか、ありがと」
その後間もなくして、先生達がこのクラスに到着した。
当然のように私は職員室で事情聴取。
何らかの能力を使ったのではないかという疑いも持たれたが、その疑いも解けた。
そして事情聴取が終わった後、私は先生に頼んでこのクラスの名簿を見せて貰った。
────その中に、
×××
結局、花園さんは病院へ搬送され、この日の授業は全て無くなり帰宅となった。
私は教室から人がいなくなったのを確認すると、元々島田さんが使っていた机へと向かう。
まだ、認められなかったのだ。
島田さんと私の接点といえば、クラスメイトというだけだ。
それでも、彼女の存在がなかったことにされているのはとてつもなく不快だった。
(本当はこういうことしたくないけど……ごめん)
彼女の机の中から教科書を取り出し、名前欄を見る。
「……ッ」
空白だった。
他にも色々な物を見た。
ノートは勿論、体操服やリコーダー、彫刻刀といったものまで。
しかし、それのどれからも島田さんの名前を見つけることは出来なかった。
目眩がした。
おかしいじゃないか。
机や、その中の物が全くないということならまだ納得できた。
────が、そうじゃない。
彼女が生活していた痕跡はあるのに、その名前だけが綺麗さっぱり抜け落ちているようだった。
他の人達にも悪意というものはなく、きっと本当に彼女の事を覚えてないのだろう。
仕方が無い、この世界ですら彼女の事を忘れてしまっているのだから。
ここで、一つの疑問。
何故私は、私だけは、彼女の存在を覚えているのだろうか。
(……そういうことね)
きっと、狂っているは花園さんでもクラスの皆でも、この世界でもない。
────忘れるべきものを覚えている、私の方だったみたいだ。
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