第五話 少しずつ、しかし確実に蝕まれゆく日常

─────side 翔也



空が階段を降りていくのを見届けてから教室に戻ると、佐々木が話しかけてきた。


「なあ、北見」

「……なんだよ」

「────あの子とどういう関係?」


やっぱりか。

しかも周りの奴らも興味津々だし。


「……妹」

「嘘つけ。顔も髪の色も全然似てないじゃねーか」


まあ、確かに。

空が黒髪なのに対し、俺の髪は明るめの茶色だ。

顔の話題は────やめよう、うん。

比べるだけ悲しくなってくる。

……俺も平均以上だとは思うんだけどなぁ。


「血は繋がってないけど、実際そんな感じだぞ」

「ただ、同居はしてるんだよな?」

「してない。……おい、なんだその目は。マジでしてないからな?」


こればかりは本当だ。

ちなみに、空はめちゃくちゃ安い賃貸アパートに住んでる。

まあ、さっきの家事が云々って台詞聞かれた後だから仕方が無い気もするが。


「あー、めんどくせぇ。だいたい、なんでお前そんなに食いついてくんの?」

「なんでってそりゃ、お前にロリコン疑惑が浮上してるからだろ。……あの子とお近付きにもなりたいし」

「アイツは別にそこまでロリって感じじゃないだろ…そもそも、アイツは14だからロリには入らないだろうし。つーか後者が本音かこの野郎」


ロリと呼ばれるのは13歳以下とかどこか聞いた気がする。

それにしても、クラスが空の話題で持ちきりなのを見るにアイツは結構人気があるらしい。

なんとなく予想は付いたが。


「あっ、そうだ佐々木。お前今日のニュース見たか?」

「今日のニュース……ああ、さっきあの子が言ってたやつね」

「そうそう、例の連続猟奇殺人。この付近で起きたらしいぞ」


そう言う俺は今朝忙しかったせいでテレビを見てる暇がなかったので、この事は空から聞くまで知らなかった。


「……それって今日の話…だよな?」


と、佐々木は怪訝な顔でそう呟くなりポケットから携帯を取り出す。


「空が言うにはな。アイツは嘘ついたりしないから、多分本当の事だと思うんだけど」

「だとしたら俺が見逃してたのか…?」


佐々木はこう見えてかなりの情報通なので、こんな自分達の生活にも関わるような大事件がノーマークなんて珍しい。


「やっぱり、どこにも載ってないぞ、その事件のこと。……一応あのサイトも調べてみるか」

「あのサイトって?」

「ほら、この連続猟奇殺人ってもう結構有名だろ?だからそれについてまとめてあるサイトがあるんだよ」


そんなものまであるのか。

てか、そんなサイト誰が見るんだよ────と思ったが、現に目の前で使ってる人間がいた。


「基本的にニュースで発表されるのとほぼ同時に更新してるのに加えて、事件現場とかその他を詳しくまとめてあるから一部の人達には人気で……って、なんだこれ」

「どうした?」

「いや、ちょっと…な。これ見てみろよ」


そう言って佐々木が携帯の画面をこっちへ向けると、何やら説明を始めた。


「更新日時は今日の朝」

「それくらい見れば分かる」

「で、肝心の中身は────」


画面を操作してそのサイトへ飛ぶと、事件一覧のようなものが表示される。


「こんな感じ」

「いや、分かんねえよ」

「ああ、お前はこういうの興味ないもんな。わかり易く言うと、サイトが更新されたのは確かなのに、中身は全く変わってないってことだ」

「つまり……あれか、内容が消されたってことか?」

「そんなところだろうな。……まあ、他に考えられる可能性としては、この更新は別の場所を弄っただけで、実は事件自体が起きていないとかだな」

「後者の場合だと、空が勘違いしてたってことになるのか」

「そうなるな」


アイツに限ってそんな事はないと思うんだが、もしかしたら疲れが溜まっていたりするのかもしれない。

……主に俺のせいで。


「しゃーない、今日は俺が夕飯作ってやるか!────あっ」


やっべ、声出てた。

周りの視線が一斉にこちらへと向けられ、ヒソヒソと何か聞こえてきた。


……これはもう誤魔化せないかもしれない。



─────side 空




教室に入って早々、先生に怒鳴られた。


「……遅いぞ朝宮!」

「ひゃいっ!す、すみません……」


誰かに叱られる事なんて初めてだったので、ちょっとビビった。

……はい、この私、朝宮空は見事に遅刻しました。

初の遅刻です。

一限目の開始から既に20分が経過している。

私は急いで自分の席へと向かうと腰を下ろし、授業の準備に取り掛かる。


「それにしても、朝宮が遅刻なんて珍しいな。……何かあったのか?」

「えっ!?いや、その……」


ここで、『巨大な怪物に出会って腰を抜かしてました!』なんて馬鹿正直に言ったら変人認定間違いなしだろう、間違いない。

まあ、だからなんだという話ではあるけど。


「……寝坊しました」


初めて嘘をついた。

私は隠し事は多いが、今まで嘘はついたことは一度もなかったのだ。

こんな些細なことでも、私の中の何かが壊れたような気がした。


「寝坊……お前が?────まあいい、次からは気を付けろよ」


しかし、日頃の行いが良いとこういう時に便利だ。

もし私が遅刻常連だったらこうはいかなかっただろう。


「よし、それじゃあ授業に戻るぞ」


先生はそう言うと、黒板の方を向いて次々と英文を書いていく。

私はそれをぼうっと見ながら、さっきの事を思い返してみる。


正体不明の異形の怪物。

あれは、一体なんなのか。

一体何が目的で動いているのか。

まあ、もしかしたら目的などなくただ彷徨(さまよ)っていただけかもしれないが。


(もし、あれが私の上に落ちてきていたら……)


間違いなく死んでいた。

私の上に落ちてこなかったのが偶然なのか、あの怪物が意図的に私を避けたのかは分からない。

しかし、現に私は生きている。


(今日は色々あったな…)


まだ午前中にも関わらず、新しい事が次から次へと起きている。

初めて翔くんの学校に行ったり、正体不明の怪物にも出会ったし、初めて嘘もついた。

これだけでも凄い密度だ。

……もう、今日は何も起こらないでほしい。


(あれ、そう言えば……)


もう一つ変わった出来事があった。



────何故、事件現場に誰もいなかったのだろうか。

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