第四話 異形
────side 空
翔くんが通っている高校から私が通っている中学までの道のりを、私は上機嫌で歩いていく。
(あー、スッキリした)
いつも不当な扱いを受けてるのだから、このくらいのささやかな仕返しくらい許されるはずだ。
別に恨みがあった訳じゃないけど、これも翔くん自立計画には必要なことなのだ!
……まあ、嘘だけど。
ただ、甘やかすだけでは駄目だから罰を与えただけなのだ。
きっとこれで翔くんはクラスメイトから弄られ、二度と忘れ物ができなくなるだろう。
しかし冷静に考えてみると、翔くんと私の関係を疑われるということは私にもそのうち飛び火するよね、多分。
……もうあの学校へは行かないようにしよう。
と、そんな事を胸に誓いながら歩いていると、ある交差点に差し掛かった。
このまま真っ直ぐ行けば目的地である西浄中まですぐなのだが、私は迷うこと無く左折した。
というのも、ちょっと寄りたい場所があるからだ。
大丈夫、学校には間に合うよ…多分。
×××
さて、到着。
ここは人通りが殆どない、廃れたビル街。
無数に並ぶビルの中には私が世話になったものもあるのだが、今はどうでもいい。
用があるのはこの先にある、黒い文字で『立ち入り禁止』と書かれた黄色いビニールテープが張り巡らされている路地裏。
────そう、今朝のニュースで報道されていた殺人現場だ。
鞄から紙で綺麗に包まれた一輪の白い花を取り出し、路地裏の入り口付近にそっと供える。
殺された女の子の推定年齢は、私と近かったそうだ。
何故、彼女は殺されなければならなかったのか。
本人に非があるのか、それともただ単に運が悪かっただけなのか、それは分からない。
ただ一つ言えることは、私がこうなってもおかしくはなかったということだ。
人の命というのは脆く、当たり前だと思っている日常も崩れる時は一瞬だ。
……私は死にたくない。
これ以上は何も望まない。
しかし、せめてこのままでいて欲しいとは心から思う。
もう、地獄を見るのは御免だ。
(……あれ?)
ふと、ある事に気が付いた。
────どうして私以外に誰もいないのだろう。
死体が発見されたのが今日の未明であり、まだ発見されてから数時間しか経っていない。
それにも関わらず、警官の一人もいないのはあまりにも不自然じゃないか。
普通ならば、今頃は現場検証や情報規制などのために人が割かれるはずなのだが……
(既に現場検証も事後処理も終わった────っていうのは……なさそう。いくらなんでも早すぎるし、何よりまだ警察のものと思われるビニールテープが残ってるし)
ビニールテープの向こう側。
そこへと視線を向ける。
(なんて、ね)
自分から危険な場所へ首を突っ込む理由など一つもない。
私にとって今の日々こそが全てであり、それを超えるものなどありはしない。
それに、今日も普段通り学校があるのだ。
遅刻する訳にはいかない。
────と、学校へ向かおうと地面に置いてた鞄を手に取った時だった。
ズッ……ズッ…という、何か重たいものを引きずるような音が聞こえてきた。
(なに…この音……)
どこから聞こえてくるのか分からない。
停止している車を横から押して滑らせているような、そんな音だ。
少しずつ大きくなっていくことから、近付いていることが分かる。
ヤバい。
本能的にそう思った。
(とにかく、ここから離れ────!?)
次の瞬間、頭上から何か巨大な物体が前方10メートル程の場所に落下してきた。
それはズドン!という音と共に地面と衝突すると、足場を粉々に砕いてその場で動きを止める。
「……ッ!」
あまりの出来事に、声が出なかった。
どうやら、さっきまで建物の屋上を這うようにして移動していたらしい。
(な、なに…これ……ッ!?)
それは、この世に存在する何とも似つかなかった。
私の身長の二倍以上ある物体。
それは黒く見えるが、正確な色を認識することが出来なかった。
頭や大きな一本の腕のようなものが見えるが、ぼやけていてその輪郭をはっきりと確認することは出来なかった。
足のようなものも確認できない。
唯一しっかりと確認できるのは、血のような真紅の瞳。
その目はどこまでも暗く、虚ろだった。
暫くするとその“何か”は腕で地面を掴むようにして体を引きずり、移動を始めた。
(こっちに来る…!)
恐怖からか無意識に後ずさりし、背後の壁にぶつかった。
手足の震えは止まらないし、嫌な汗がダラダラと流れてくる。
その“何か”は封鎖されている路地裏の前で止まると、私の顔を紅い瞳だけ動かして見つめる。
次に私の足元の一輪の白い花に視線を移すと、再び体を引きずって進み出した。
“何か”は『立ち入り禁止』のビニールテープを気にすることなく進み続け、それを強引に突破すると路地裏へと消えていった。
私はヘタリと力なくその場に座り込む。
息が上手く出来なかったせいか、やけに苦しい。
(し、死ぬかと思った……)
この場で殺されるのかと思ったが、“何か”は私を無視して先へと進んでいった。
“何か”は、何を目指して進んでいたのだろうか。
そういえば、勘違いかもしれないけど────
あの花を見た時、“何か”は少し嬉しそうだった。
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