第三話 下らない、しかし大切なもの2

─────side ???



ゆっくりと、しかし確実に前へと進んでいく。

目的地などないが、目的はある。


……まだ身体中に痛みが残ってる。

あの時の男の表情が、未だに頭から離れない。

なんだか苦しいし、体が思ったように動かないが、やり遂げなければ気が収まらない。


一体、何がいけなかったんだろう。

何か悪いことをした記憶なんてない。

私は、ただ普段通りに生活してただけだ。

なのに、何故。

どうして、こんな目に遭わなければならないのか。

……憎い。

憎い憎い憎い憎い憎い憎いッ!

私から何もかもを奪った、あの男が憎い!


だから、アイツだけは、この手で、絶対に。





─────side 翔也




「…はぁ」


教室の机にて突っ伏しながら大きく溜め息をつく。

今の俺の気分はあまりよろしくない。

考えれば考えるだけ憂鬱になっていく。

別に面談に遅れて先生に怒られた、という訳ではない。

実際、全力で走ったということもあってか随分と余裕を持って学校に到着することができた。

問題は、その面談の内容。

今は高校二年の秋、つまりは本格的に将来の進路について考えていかなければならない。


俺は、未来の話をするのが嫌いだ。


特にやりたい事もなく、代わり映えのない毎日を送って貴重な時間をただ浪費している俺にとって、この手の話は耳が痛くて仕方がない。

本当は自分でも分かってる。

この生活がいつまでも続く事はないのだと。

例えば、空は毎日俺の家に来て家事全般をしてくれているが、彼女も来年は受験生。

当然、こんなことに時間を割いてる暇は無くなってくるはずだ。


「…ちっ」


今の俺が彼女に依存し過ぎているのは分かってる。

変わらなければ、とも思う。

しかし、どう変わればいいのだろう。

俺がやりたいことは、一体なんだろう。


よく、『お前は能力者なんだから、それを活かせる職に就け』とか言われるが、俺の能力は『血液操作』。

これを活かせる職って何ですか、先生。

少なくとも、俺は血を操ることで役に立てる仕事なんて聞いたことはない。

そもそも、俺の能力で出来るのはせいぜい傷の治癒や血液による道具の生成くらいだ。

この治癒が他人にも使えれば医者などもできただろうが、残念ながらこれは自分の怪我しか治せない。

血液による道具の生成に関しても中途半端なのだ。

複雑な物が作れないため、原始的な物しか作れない上に、俺が集中を解いた瞬間液体に戻ってしまう。

構造が単純で、実用性のある物はなんだろう。


(剣とか槍とか…か?)


一体何と戦うんだよ。

この世界に敵などいないのに。

────敵。

何かと戦うとなると、常人より能力者の方が100%有利だ。

そして、能力者は全人口の1%程しかいない。

つまり“敵”が現れれば、相対的に俺の価値は上がる。

……なんて、な。

戦いが起こると言うことは、誰かが犠牲になるかもしれないということだ。

流石にそんなことは望んでない。


「おーい、北見」

「ん?どうした」


金髪のチャラチャラした男。

彼は佐々木といって、俺の級友だ。


「なんか女の子がお前のこと呼んでるんだけど。西浄中の制服着てる」

「西浄中って…あっ」


西浄中とは西浄中学校の略で、ここからは少し離れた場所にある。


────また、朝宮空が通っている学校でもある。


俺は急いで廊下へ向かい、辺りを見回す。


(…いた)


冬用である長袖の紺色のセーラー服を着た黒髪の少女。

そして、かなり目立っている。

……まあ、制服が違う上に顔もスタイルも良いときたら目立つのも当然か。


「おう、空。どうした?」


声を掛けると、彼女がこちらに気付く。


「どうした?じゃないよ、もう……はい、これ」


と、布製の袋に入れられた弁当箱を俺に差し出す。

ちなみに、俺は弁当を忘れていたという事実に全く気が付かなかった。


「あー、わざわざ悪いな。それにしても、よくここが分かったな」

「そりゃあ、そこまで距離があるわけじゃないからね。それに一回ここを見てみたかったってのもあるし。まあ、今日は時間に余裕もあったから、気にしなくても良いよ」


そう言ってニッコリと笑う。

……そう優しくされると何ともいたたまれない気持ちになる。


おいそこ、空のことジロジロ見んな。

てか、マズい。

結構注目を集めてる。

このままだと後でクラスメイトに弄られるのは不可避だ。


「まあ、あれだ。とにかくお前はそろそろ行け。これから学校だろ?」

「あっ、そうだった。じゃあ、私はもう行くね」

「おーう、気を付けろよー」


彼女は俺に軽く手を振ると、早足で階段まで行って────帰ってきた。


「……なんだよ」

「そうそう、気を付けると言えば、この辺りで例の殺人事件起きたみたいだから、翔くんこそ帰りには気を付けてね?」


例の殺人事件……って、あの猟奇的なやつか。

この辺りで起きたというのは初耳だから、恐らく俺が家を出た後に空がニュースで知ったのだろう。


「心配いらねぇよ、俺を誰だと思ってる。それに、危ないのはどっちかと言えばお前の方だろ」


今日報道された事件に関してはまだ知らないが、少なくとも今のところ被害者の全員が女性なのだ。


「ま、それもそうだね。それじゃ!」

「おーう、今度こそ戻ってくんなよ」

「はいはい」


彼女は小走りで階段まで向かい、立ち止まってこっちを向くと、


「もし少しでも反省してるなら、今日の家事は翔くんがやってねー!」

「ちょっ、おまっ…!」


大声で爆弾を投下していった。

そして彼女はクスクスと笑うと、満足したのか上機嫌で階段を下っていった。

……アイツ、気にしなくても良いとか言っておきながら今回の件を根に持ってやがったな。


(なんか、もう変な噂が流れてるな)


耳を澄ましてみると『あの2人付き合ってるの?』とか『多分同居してるぜ、あれ』とか色々言われてるが、残念ながらどれも違う。

付き合ってもないし同居してもない。

────が、今何を言っても信じて貰えないだろう。

実際似たようなもんだし、空があんなこと言ってた以上もうアウトだ。


「あー、めんどくせぇ…」


弁当を忘れてなければ未来は変わっていたのだろうか…なんて、な。

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