第二話 下らない、しかし大切なもの
─────side 翔也
「翔くん起きて!朝だよ!ぐっもーにん!」
聞き慣れた声がした。
……それにしても、随分と懐かしい夢を見ていた気がする。
あれは…俺が中学一年の時のことだったか。
「急がないと間に合わなく────」
「……」
なんだか騒がしいので、俺は頭から布団を被ることで音の遮断を試みた。
「────、─────!」
効果は抜群だ。
彼女は元々声がそこまで大きいわけではないので、冬用の厚い布団の前では無力だった。
そもそも、今日はいつもより起こしに来るのが早い気がする。
布団の中から手を伸ばし、枕元の時計を掴んで引きずり込む。
……やっぱりだ。
何故かは知らないが、今日はいつもよりも起こしに来るのが一時間ほど早い。
その時、頼りにしていた羽毛のベールが剥がされた!
「翔くん!本当に間に合わなくなるよ?」
「ちっ」
まさか物理的手段で突破してくるとは。
目の前にはセーラー服姿の少女。
名前は
肩まで伸びた綺麗な髪が特徴で、とにかく顔が良い。
別に血が繋がっているわけでも同居しているわけでもないが、俺と彼女との関係は『家族』ということになっている。
彼女は俺の3つ下なので俺からしたら妹のような存在だが、彼女から見た俺は世話の掛かる弟らしい。
……実際、そう言われると何も反論できないのだが。
「おいおい、空さんよ。これを見てみろ」
と、俺は得意気に一つの時計を彼女へ突き出す。
起こしてもらう側の人間が何故こんなに偉そうなのかは分からないが、この時の俺は謎の自信に満ち溢れていた。
「ほら、今の時間を見なさい。いつもより一時間くらい早いだろ?つまり、俺はまだ寝ていて良いわけだ。ったく、お前は何をそんなに慌てて────」
「面談」
ピタリ、と俺の動きが止まる。
……面談って何だっけ?
彼女はジトっとした目をこちらに向け、続ける。
「私が昨日の夜、家に帰ろうとした時に翔くんは私に『明日の朝早くに担任との面談があるから、いつもより一時間くらい早く起こしてくれ!』って言ってた」
「……あっ」
「思い出した…?」
「あ…はい」
完全に思い出した。
ヤバいヤバいヤバい。
危うくすっぽかすところだった。
「とりあえず、俺は着替えるから部屋を出てくれ」
「……」
昔は着替えを覗かれるくらいなんてことはなかったが、彼女が大きくなるにつれて少しずつ意識するようになってしまった。
……何が大きくなったとは言わないが。
─────side 空
……翔くんの将来が心配で仕方がない。
私と出会ってすぐの頃は、自分の事は自分でしっかりとこなしていた筈なんだけど……。
最近、気が付いてしまったのだ。
翔くんがどんどん駄目な方へと進んでしまっているのは、私のせいなのではないのかと。
甘やかし過ぎるのは良くないということだ。
……本当に彼の方が私より年上なのかと疑いたくなる。
しかし、今の生活で満足している自分もいる。
こんなダラダラとした日々がいつまでも続くのも、きっと悪くない。
「よし、できた」
今日の弁当の出来はなかなかだ。
とは言っても、時間がないからいつも朝食の余りを使うんだけどね。
丁度タイミングを同じくして翔くんが部屋から出てきた。
制服姿の彼は鞄を片手にドタバタと慌ただしく玄関へと駆けていく。
「翔くん、朝食は────」
「悪い、時間ない!」
彼はこっちを見ずにそう言うと、そのまま靴を履いて外へと飛び出していった。
……早い。
いつもこの速度で動いてればもっと時間に余裕ができるだろうに。
「まったく……あっ」
弁当忘れていってるし。
……もう。
別に、朝食抜かなくても間に合ってたのに。
ふと良くない考えが頭をよぎった。
────弁当に
そう、これは私の仕事を増やした罰だ。
とは言っても、別にケチャップをタバスコに変えたり、見えないところにワサビを大量に仕込んだりする訳ではない。
私としては弁当は美味しく食べて欲しいのだ。
ただ、ちょっとデコるだけ。
×××
「さて、と」
やる事はやったので、そろそろ朝食を食べないと。
とりあえず翔くんが食べなかった分の食事にはラップを被せておく。
「……」
そもそも、何故私は人の家まで来て一人きりで食事なんてしてるんだろう。
まあ、たまにはこういうのも良いか。
そんな事を考えていた時だった。
『次のニュースです。今日未明、身元不明の血まみれの遺体が近隣住民により発見されました。体には無数の刺し傷が────』
……食事中にこういうのを流すのはやめて欲しい。
私は視線をテレビへと向ける。
まただ。
最近起きている連続殺人事件。
ちなみに、何故身元不明なのかというと頭部が切断されているからだ。
今回のは結構近い。
近いどころか、翔くんの通学路のすぐ側だ。
そして、犯人は見つかってないらしい。
(翔くん、大丈夫かな…)
能力者である翔くんに限ってそんな事はないだろうが、もしもの事を考えると不安になる。
……って、そうだった。
今日はいつもより家を早く出ないといけないんだった。
私は急いで朝食を食べ終えると、2人分の弁当を鞄に入れる。
その後、戸締りをしたのを確認して家を出た。
天を仰ぐ。
これはいつもの日課のようなもの。
私は空の様子を見るのが好きだ。
「嫌な天気」
天気予報では今日は一日中晴れだと言っていたのに、少しばかり雲が多い気がする。
……最近の天気予報は信用ならない。
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