繋げた未来を離さないで 2
「帰ってきてから、真也の様子が少し変わったと言うかの?明るくなった気がするのは、気のせいじゃろか?」
着物を脱いでサッと畳んで、洗面台の下辺りに置く。真也の後について風呂場に入り、ワシはふとした疑問を呟いて首を捻る。
「うん?そうだな……何か吹っ切れたのかも知れない。勇気出して実菜に会いに行って良かった。亡くなった直後に墓参りしてから、今まで行けなかったから……壱のおかげ」
「それは良かったのぅ」
風呂場の扉を閉めながら、真也が柔らかく微笑んで答えてくれた。良かった、真也がちゃんと前を向いて歩み出せそうな、ワシの望んだ通りに向かう様子は非常に好ましい……筈なのにのぅ、その柔らかさが、未だに湯気の如くモヤモヤと歯切れの悪い感触に、触れる事は出来ても掴めぬもどかしいものに思えるのじゃ。
「俺、お湯溜めるから……そんなにかからないけどその間にシャワー浴びな?」
「しゃわーは、これじゃな?」
なるべく明るめに答えるようにして、しゃわーの湯を出し手のひらで温度を確かめてから、頭から浴びる。暖かい筈の湯の感触が、冷たく感じる。分かっていた筈のことが、バラバラになって分からなくなっていく……或いは、ワシは最初から何も分かってなどいなかったのやも知れぬ。胸が冷たく、ズキリと痛む。
「うん……壱?」
手で温度を確かめ、湯船に湯を出していた真也が一瞬こちらを向く。躊躇いがちな声に呼ばれ、先ほどまでの思考を見せぬよう、しゃわーの湯で全身を洗い流す。そう、この感覚も、湯と同じように流せてしまえれば良いのじゃ。
ひとしきり流し終えて、なるべくいつもと同じように、何事も無かったように振り向く。
「真也?もう湯が溜まったのかぇ?」
「え?あと少しだよ。俺もシャワー浴びようかな?」
「そうかぇ?ほれ、しゃわーじゃ」
「ありがとう」
しゃわーの頭の部分を持って真也に手渡し、湯が溜まりかけている湯船の縁に腰かける。深く追求されずに済んだのは、良かったのか悪かったのか、今のワシには分からぬのじゃ。こんな事が原因で、真也に心配かけたくはない。触れたくないけども、触れていたい。矛盾しきっている、それは分かるのじゃ。
真也がしゃわーを浴びておる間、ずっとそんな事ばかり気にしておった。少し俯いて、湯船につけた足を軽く動かす。ちゃぷん、ちゃぷん、と、しゃわーの音とは違う音がした。
しゃわーの音が止まる。足を動かす度に響く、ちゃぷん、ちゃぷん、と、云う音だけ響いて暫くしてからじゃ。
「……壱。言いたくなければ無理には聞かないけど、あんま溜め込むなよ」
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