繋げた未来を離さないで

繋げた未来を離さないで 1

車から降りて、無言で差し出された手を取る。壱は、普段より低く見える空を見上げていた。

「……雨が降ってきたのじゃ」

ポツリ、と降り始めた雨粒が当たったのだろう。白い狐耳が、ピクリと動く。

「雨……ちょうど良かったな。早く家に入ろうか」

「うむ、家は……こっちの部屋じゃ!暗くとも、ちゃんと分かるのじゃ」

「ん、偉い偉い」

壱に手を引かれて、部屋の前まで帰ってきた。得意げに言って、尻尾をパタパタ振る仕草にクスリと笑みを浮かべてしまう。壱の頭を軽く撫でる。壱は、耳をピクピク動かして、くすぐったそうに目を細める。

「ふふっ、頭はくすぐったいのじゃ」

家の鍵を出してドアを開けて靴を脱いで上がると、無事帰ってこれたと言う実感が湧く。後ろから付いてきた壱が雪駄を脱ぎ、履物を揃えてからドアを閉めていた。


いつか言わなくちゃいけない。そう思っていた事を壱に話す為、実菜の墓参りに行って、今帰ってきたばかりだ。話すべき事は、全て話せた。壱にも、実菜にも……


俺は着替える為に服を脱ぐ。

「壱って、意外と敏感だよな……色んな意味で」

巷では呪いの鈍さと言われているらしいけれど、今日の事も、他の事も含めてそう思う。着替えの途中で壱の姿を見て、俺の口元はニヤリと意味深に歪んだ。

「真也?何か言ったかぇ?」

風呂敷包みを解いて盃を洗っていた壱に、俺の呟きはハッキリとは聞こえていなかったらしい。水道の水音が止まり、少ししてから壱は俺の側に近づいてきた。

「風呂に入りたいのじゃ!して、さっきは何を言っておったのじゃ?」

「んー……壱も感じやすいよなーって話」

言おうか迷ったが、近づいてきた壱にわざとニッコリ微笑んで告げてみた。

「…………」

俺の言葉がすぐには理解出来なかった様子で、壱は少しの間を置いてから後ずさり、耳をペタンと垂らしてフイと顔を背ける。

「風呂か。良いよ、入ろう」

「う……今日は何もせぬぞぇ?風呂は……のぼせぬよう、湯をぬるめにする方法が知りたいのじゃ」

「ふっ、分かってるよ。言ってみたかっただけ。ん?あぁ、一応温度調整は出来るし俺がやるよ。風呂、入るか」

何時もなら俺が何か言う間も無い勢いで悪戯を仕掛けてくる壱が、何もしないと言い張る事に多少の違和感を感じたが、次の瞬間、その違和感は俺の中から一旦消え去った。

「うむ!風呂に入りたいのじゃっ!」

上半身だけ裸の状態で差し出した手を、壱は素直に手に取り、垂れ下がった耳は元どおりに、嬉しそうに尻尾をパタパタ降って風呂場に向かうのだった。

風呂場に着いてそっと手を離し、ズボンと下着を脱いで洗濯機に入れて、壱を待つ。


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