未来に繋ぐ為の、過去の話 7
見晴らしの良い丘の上に、ひとつだけ立っている墓標の側まで歩いて立ち止まる。
「……壱、着いたよ。ここが実菜の墓」
「ふむ……」
深妙な顔をして、繋いだ手をゆっくり離した壱は、その場にしゃがみこんで風呂敷包みを解き、酒瓶と盃を出す。
「真也よ、実菜に言いたい事はしっかりと伝えるのじゃぞ?返事は返って来ぬが……伝わりはするのじゃ」
「ん、まだ纏まってないけど俺なりに伝えるつもり」
壱から酒瓶と盃を受け取って頷く。暮石の前にしゃがんで、花束と酒瓶と盃を置いて目を瞑り、両手を合わせる。ゆっくりと、確実に、実菜に伝えたい事が俺の中で纏まってくる。そっと、口を開いた。
「……実菜、久しぶり。全然来れなくてごめんな……今日は、ちょっと報告があって来た。俺、大切な人が出来たんだ。あの時……お前を救ってやれなくて、本当にごめん。でもその代わり、その大切な人を、実菜の分まで精一杯愛そうと思ってるから……見守ってくれると、嬉しい」
思い付く限り、出来る限りまとめた、実菜に伝えたかった事。持てる限りの誠意を込めて告げた。
目を開けて、壱の顔を見て、笑う。気持ちが少しずつ楽になっていく。
「……伝わった、かな?」
「伝わっておるのじゃ。その盃から、暮石にそっと神酒をかけてやるが良い。黄泉に居るものにも届き、心穏やかに過ごせるのじゃよ」
「それなら良かった。分かったよ」
俺の顔を見て、穏やかな口調で告げてから、壱は実菜の暮石に向かい、そっと手を合わせ、目を閉じる。
穏やかな口調に頷き、俺は盃に神酒を注いで、言われた通りに暮石にそっとかけた。
「……あと、実菜、これ。お前が好きだった花。この花眺めながら、ゆっくり休めよ?」
そう呟いて、ゆっくり立ち上がる。もう一度、壱の姿に目を向ける。
「壱は、実菜に話したい事あるか?良かったら何か声かけてあげて。きっと喜ぶから」
「ワシからかぇ?うーむ……」
俺の言葉に、壱は首を捻って考えこんでいる。無理もない。壱からしてみれば、実菜は面識の無い、故人なのだから。言葉を急かさず、暫く様子を見ていた。
壱の目線が、暮石の側に移る。指先をかざしていたものは、タンポポの蕾。
「実菜よ、この丘には花が咲くようじゃな?春が来る度にこの子らは綺麗に咲くじゃろう。巡り来る時まで、花の精がお主の目を楽しませてくれるのじゃ。穏やかに……なぁ……」
実菜の暮石に話しかける壱の言葉に、黙って耳を傾ける。
「……ありがとう」
「真也よ。用事はこれでお終いかぇ?」
「あ、うん。もう用事は済んだ」
俺の顔を見上げて問いかけてくる壱に、頷いて答える。
「神酒の残りは持って帰らねばなぁ。慣れ親しんだ地域に戻るまでにグッタリしてしもうたら、真也に引きずられねば帰れなくなるのじゃ」
「あははは、それもそうだな。引きずっても良いなら、俺は構わないけど?」
「地面の上を引きずられるのは勘弁して欲しいのじゃ。尻尾がハゲてしまうぞぇ」
「ふふ、ハゲたら困るな」
久々な気がした、冗談交じりの問答に、少し笑った。けれどまだその気分は、長く続かずにいた。
話すべき事は、全て話した。壱は俺を嫌ったりはしていない様子だ。なのに、どうして、怖くて悲しくなるのだろう?車の中で壱に話した時、現状を打破したいと思っていた筈なのに……俺自身、変化する事を、恐れているのだろうか?
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