未来に繋ぐ為の、過去の話 6
頭を撫でていた手を、壱の顔に移し、そっと涙を掬う。泣かせたくて話をした訳じゃない。壱には今まで通り、笑っていて欲しいから。そう思って、今までで一番なんじゃないかって言うほどの笑みを浮かべてみせた。
「ぅっ、うううー……真也ぁ!」
「おおっ!?……壱」
助手席から、ガバッと抱きつかれる。グズグス泣いたまま感極まった様子で、壱は俺の肩に顔を埋めて言葉にならない声を発している。急に抱きつかれた俺は一瞬驚いたものの、壱を落ち着かせるように背中に腕を回してぽんぽんと優しく撫でた。
暫くして壱は顔を上げ、泣き腫らした酷い顔のままフワリと柔らかな笑みを浮かべる。
「真也、大好きなのじゃ。たくさん、たくさん、愛しておるのじゃ……ふふっ、こんなに熱のこもった求愛をされたのは初めてじゃよ」
「酷い顔……ん。俺もだよ。それは……俺だってこんなに、その……愛してるとか、頻繁に言ったのは初めてだ……本当は物凄く恥ずかしいんだからな」
「閨以外でも言わねば伝わらぬ事もあるじゃろ?それにのぅ、酷い顔しておっても、好いてくれておるのじゃろ?」
「そっ、それは、そう……だけど……俺がこういうの苦手な事知ってるだろ?……まあな。んっ……あ」
少し言葉に詰まりつつ、見つめて呟いた俺に壱はニシシと悪戯な笑みを浮かべて、俺の唇にチュッと一度だけキスをして、ゆっくり身体を離してから空の盃に神酒を注ぐ。
「だいぶ離れた場所に来たがの、もう一杯ほど飲んでおけば平気じゃ」
「あぁ。もう近くまで来たけどな。途中で停めてごめん、行こうか」
「ワシとて得意ではないのじゃ。祭りの若衆どもには、呪いの鈍さの神主と言われておる!」
酒瓶と盃を風呂敷に包み直して、俺の頬を指でつつきながら、どこか自慢げに言い張る壱。ハンドルを握り、思わず苦笑いしてしまう。
「そうは見えないけど?って言うか、それ何か違う……しかも自慢する事じゃないぞ」
「うむ?難しい事は分からぬ!」
「分からないなら良い……」
さっき泣いた狐が何とやら。今はカラッとした笑顔を向けてくる。肩にフッと軽い、温もりを感じた。壱が俺の肩に寄りかかってきたのだ。
「邪魔でなければ、暫くこうしていて良いかぇ?」
「ん?ああ、俺の肩で良ければいくらでもどうぞ。邪魔なんて思わないから」
寄りかかる壱を横目で見る。先ほどまでの後悔や罪悪感が、感情の隅に追いやられたかのように、優しい気持ちが溢れてくる。
「壱、もうそろ着くと思う」
「もうじき着くのじゃな?見慣れぬ場所は不安半分、楽しみ半分なのじゃ」
「うん、見えてきた」
寄りかかっていた壱は、ゆっくり身体を起こして、風呂敷を抱える。
少し進んで、景色の綺麗な小高い丘が見えてくる。近くで車を停め、壱と自分のシートベルトを外し、後部座席の花束を持って車から降りる。助手席へ回りドアを開けた。
「壱、降りて良いよ」
「ほほぅ、綺麗な所じゃのう!」
「うん、実菜が綺麗な物好きだったから。あいつのお母さんの希望でな?」
風呂敷包みを片手に、車から降りた壱は物珍しそうに辺りを見回した。ドアにロックをかけて、壱に片手を差し出す。
「行こう、あっち」
「おなごはいつの時代も、綺麗なものが好きなのじゃな」
「そうだな」
差し出した手が、ワンテンポ遅れてギュッと握られた。チラリと、壱の視線を感じる。頷き、手を繋いで歩き始める。
「手を繋いでいてくれたならば、道に迷わずして済むのぅ!」
「まぁ、迷うような場所じゃないけど、俺が繋いでたかっただけ」
壱は歩きながら一瞬黙って目を逸らす。
「……真也が積極的になるとなぁ、嬉しい反面、ワシちょっとだけ照れてしまうのじゃ」
ボソッとした呟きが、聞こえた。その言葉に俺は、ほんの少しだけ顔が火照ってきて、俯いた。
「……言うな。俺まで照れる」
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