未来に繋ぐ為の、過去の話 5

「……すまぬ、真也よ。ワシ、だいぶ狡い事を考えておったのじゃ」

俺の話の後、暫く黙っていた壱が耳をペタンと垂らした状態で風呂敷包みを開けて、神酒をちびりちびりと飲み始める。車を運転する為に前を向いた俺に表情までは見えなかったが、今にも泣き出しそうなのを必死に堪えている声色だった。

「…………」

「真也がまだ、実菜を愛しておったならば、一度降霊術を行い話をさせてみてなぁ、もしヨリを戻したいと願うようであれば……真也の中の、ワシに関する記憶を全て封印して、じゃ。実菜に変化をした後に依り代となれば……変化した肉体だけでも側に居られると、なぁ……考えておったのじゃ」

一旦、車を脇道に停めて、真っ直ぐ壱を見つめる。

「壱、ありがとな。その気持ち、凄く嬉しい。でもな?俺はもう大丈夫だし、今はありのままの壱を好きになったから。確かに実菜も好きだ。だけどそれはもう、過去の話で。俺に必要な存在は他の誰でもない、壱だけだよ。俺は人間で、壱とは種族が違う……でもそんなの関係ない程に、壱を愛してるって事だけ分かって?それに、俺から壱の記憶を亡くしたら……俺にはもう何も残らない。例え壱が実菜に化けて再会したとしてもだ、きっと心にポッカリ穴が開くと思う」

「…………」

嬉しい、は、不謹慎だったかもしれないけども。真剣に、優しい声で嘘偽りの無い気持ちを告げて、微笑んでみせた。

空の盃を持つ、壱の手は震えていた。今まで必死に堪えていたのだろう涙をポロポロ溢れている。

「……このままで、真也の側に居て良いのじゃな?真也が他の者を思い出して不安定な時はの、疑いたくなくても疑ってしもうて、胸がチクチク痛くなってたのじゃ。その度にの、やはり人間のおなごには敵わぬからのぅ。側に居られるのであれば、妾でも良いのじゃと……でもなぁ、ワシは本当はそんなの嫌なのじゃ……うぅっ、真也は、このままで良いと言ってくれて、凄く……安心したのじゃ」

「い、壱っ!?」

ある程度の事は覚悟していたけれど、まさか泣かれるとは思っていなかった俺は、ギョッと目を見開いて少し慌てた。軽蔑され嫌われるという事態は免れた事は、ひと呼吸置いてすぐに分かった。

壱は壱で、辛かったのだろう。泣くのは仕方のない事で。俺は優しく壱の頭を何度も撫でて、片手を握る。

「当たり前だろ?それに、俺が前にポロッと言った事……忘れたか?離れて行かないで、もう誰も失いたくないって。俺はやっぱり人間だから……どうしても思い出してしまうし、不安定になる時もある。だけど、今こうして俺が心から笑っていられるのは……壱のおかげなんだよ。まぁ、それは壱も一緒か。疑うな、とは言わない。それでもこれは信じて欲しい、俺……女でも男でも、人間でなくても関係なく、どんな姿の壱でも……きっと好きになってた。確かに……俺だって不安にはさせたくないから……これからは出来るだけ自分に素直になって、壱が不安になりそうになったら……その度に何度でも愛してるって言ってやるから」


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