EX.憎まれっ子世にはばかる

EX-.一方そのころ皆さん方―②



「――それで、【コンセプター】は?」

『……逃がしましたね。二戦目前に』


 ホロスクリーンに映るカラセルはばつの悪そうな顔をしている。

 再生途中の半壊状態で爆炎から這い出してきて、這う這うの体でそのまま逃げた【コンセプター】を【シルバー・バレット】は見送った。


『や、おれらのほうも大概勝ち方ギリギリだったんで……』

「うんうん、そこは全然問題ないです。っていうか、二戦目前ってことは一本目で勝ったわけか……」


 三本勝負の二本先取で魔導巨兵はやっと破壊できる。が、一度ネタが割れれば二度は通じぬ不意打ち、このままの二回戦突入にはやや及び腰になる部分がカラセルにはあって。

 けれど、もはやそのことに気づけるだけの余裕があったのかどうか、ボロクソに言い負かされて叩きのめされたユカグラは一目散に逃げ出した。

 それならまあそれでということで、死闘はひとまずの終わりを迎える。


「ゆっくり帰ってきなさいね、ユーレイ。どうせ戻ったら死ぬほど面倒な後始末が待ってるんだから」

『それで、その……ハクローさん』

「ん、なに?」

『そちらは……その、……大丈夫、なのでしょうか……?』

「……って聞いてるけど?」


 空中に投影した魔力スクリーン、その前に立つハクローの身体は呪文の黒に血の赤が混じってかなり攻めたファッションとなっている。元から守りのまの字もないも格好ではあるが、当社比という意味で。

 そんな彼女が振り返ってにこにこと微笑む視線の先には――力尽きて大の字に倒れ伏す、全身包帯男の姿。


「片付いてなきゃこんな通話できてないって話です。……お疲れさま、本当によくやってくれました。ほんと、ゆっくりでいいからね?」


 その言葉に合わせてスクリーンは掻き消え、荒れ果てた託宣科本部には再びの静寂が戻る。


「……さて」


 あちこちで燃え残る炎の中、足元の瓦礫にハクローは足をかけた。

 託宣科の反乱という形で起きた騒動をひとまず鎮圧後、この場でのとりあえずの責任者として通信のやり取りをしたのは【シルバー・バレット】とだけではない。


「……タネがわかってれば案外なんとかなる……みたいな?」


 同時刻【パーミッション】の襲撃に遭い、一戦目にして先攻ワンキルを食らって爆散した【エクストラ】。

 その【エクストラ】も三本勝負の二本目では勝利をもぎ取り、気圧されたか、それとも大事を取ったか、【パーミッション】はそこで決闘を中断して引き上げたとの報告。

 戦争を終わらせる超兵器と言われたわりには、どうにかなっている。

 小首をかしげるハクローの耳が、地を這うような低い声を拾った。


「初見殺しの側面は大いにある。……【エクストラ】がどうしたのかは知らないが」

「初見じゃなくて助かったってことか。……誰に感謝すればいいんでしょう?」


 ぶっつけ本番ではなかったから、事前に策を練ることができた。ぶっつけ本番ではなかったのは、事前にそれを見せられたから。

 デッキに絶対の自信を持っていたらしい敵パイロットは、ともかくとして。

 ――神の死を望んだはずのこの男が、なぜ?


「決まってる」答える声はジェレインのものではない。

「こいつが、中途半端だっただけだ」


 積み上がる瓦礫の山に腰かけたグリープの隣には、黒い巨神が大鎌を担いで立っていて、

 ――その鎌の穂先に突き刺さる、切り離された<霊竜>の首。


「……知った風に、言ってくれる……」

「わかるさ。一度闘えば」呻きながら身を起こすジェレインを見ようともせずに続ける。

「未練があることくらいはな」


 ずっと共に戦ってきたカードが、『強すぎるから』という理不尽な理由によって奪われて。

 自分で創ったカードのくせに、そんな、無責任な裁定を下した神を。ジェレインは憎み、憎み、憎んで、

 ――カードゲーム《こんなもの》に意味などないと、全部放り捨ててしまえればよかったのに。

 それはまるで、『<霊竜>を解放しなければおまえを壊すぞ』という、意思のない魔導巨兵をむなしく脅すような行為であり。

 彗星のように現れた超強力デッキを前にして、それに立ち向かうカードゲーマーがどんな策をひねり出すかは見たがった。


 すべてに失望したのなら、すべてを否定してしまえばよかった。

 カードゲームそのものを、まるごと捨ててしまっても。それでも、よかったはずなのに。 

 火傷だらけの体を起こしたジェレインは、瓦礫のてっぺんに座すカードゲーマーに向けて、こう問うた。


「君は……、……どうして、カードゲームを……続けるんだ?」

「そんなものは、決まっている」


 そこでグリープは言葉を切った。

 細かな石の破片が山から転げ落ちてくるかすかな音、ただそれだけが響く静寂。

 五秒、十秒、一分と続く沈黙の中、ハクローが遠慮がちに、そろそろと瓦礫の山を登り、意味ありげに目を伏せているグリープの顔の前で手を振って――


「……寝てるね、この子」眠っていた。

 物陰からそそくさと走り出てきたレマイズが「失礼しました」とその頭を小突き、それにより瓦礫の山から転げ落ちるグリープのどたばたという騒がしい音。

 ハクローが深々とため息を吐く傍らで、静かに、荒れ果てた地面にその身を横たえたジェレインが呟く、


「……負けだよ。僕の」


 それが合図だったかのように。

 決闘が終わり、グリープの呼び出した<怠惰なる死神>がその黒い影を薄れさせていく。

 切断された首と、無造作に転がされた胴体。

 <水晶薔薇の霊竜>も、同じように、決闘の終了に伴って――


 光の粒子になって、消えていった。


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