4-7.『決別』―Final



「カードゲーマーなんてクズばっかだけど、クズはクズなりに図々しく生きてる。みんな違ってみんな生きてる。おれはそれでいいと思うけど……」


 シートにふんぞり返って足を組み、腕を組み。不敵にカラセルは言う。


「となると、馬鹿らしいって思わない? こんなやつ相手にビビってたなんてさ」


 そこで魔導通信から響く、壁か何かを殴りつけた音。

 全身から黒煙を噴きつつも【コンセプター】は再起動するが、その胸の手番灯は消えていた。


「……ターンエンド、です。……が!」それでもユカグラは吠えた。

「それで何ができるというのです。そちらのライフは残り五点、手札はゼロ! 止めたところで、何ができるわけでもない!」

「なんか手品と縁があるね、今日」

 その声を清々しいほど無視して、カラセルはユーレイに振り返る。

「ではではお嬢、よーく見といてね。おれのデッキは残り七枚なわけですが、このうち一枚、デッキの一番上のカードを墓地に送る。すると……どうなるか?」


 ひらひらとカラセルが振る右手に、根が素直なユーレイは真剣に見入った。


「タネも」指を一本立てる。

「仕掛けも」指をもう一本立てる。

「ございま――」その指を折って握りこぶしを作り、

「せん!」指をぱちんと鳴らす音とともに。

 大きく開いた手のひらの上には――<虹のリヴァイアサン>のカードが乗っていた。


「<シード・アンド・トリック>の効果。墓地の一番上のカードを手札に加え、それと入れ替えに手札のカードを一枚捨てる。が、手品はここで終わりじゃなくて……このカードを発動したターンの終了時。デッキの一番上のカードを墓地に送ることで、なんと! 最初に捨てたカードは、おれの手札に戻ってくる!」

「おおー……!」


 バカ正直に拍手をするその声とユカグラの歯軋りが奏でる狂想曲。

 今や決闘の流れは完全に【シルバー・バレット】の側に傾き、抑えようもなく場は盛り上がる。

 成功率八割と謳われた必殺のコンボは見る影もなく瓦解、そしてカラセルの手には切り札が舞い戻った。これは、これはもしや、もしかすると――

 期待と興奮に早まる鼓動、あふれ出さんばかりの高揚感。頬を紅潮させながら、ユーレイはひそかにガッツポーズを取った。

 そんな彼女を余計煽るように、カラセルは拳を突き上げて立ち上がる。


「そーいうわけで、ここでひとつ! おれからお嬢にお願いがあります!」

「なんでしょう!」


 なんでも聞きますよと言わんばかりに元気よく返事をしたユーレイの肩に手を置いて、


「この決闘が終わったら、おれと結婚してほしいんだ」

「はい!」




「なに言ってんですか?」


 交通事故の極みのような台詞がカラセルから飛び出した。

 頭のネジが本気で死んだと心配するユーレイをよそに、当の本人は今しがた<シード・アンド・トリック>で墓地に送った一枚のカードを眺め――渋い表情を浮かべている。


「……柄にもなく緊張してんだよ。いっそ笑うなら笑ってください」


 落ちたカードは<クロノス・レイド>。そのカードの何が気に入らないのか、ユーレイには何一つわからない。

 飲み二軒目のごとき熱狂を見せていた数秒前とは一転、風邪をひきそうなほどの落差――


「あー……、……今回のおれの戦略ってさあ、何がキーになってると思う? どのカードが一番大事だった?」

「……<ガラクタ錬金工房>では?」

「そー、その通り。どう考えても<ガラクタ錬金工房>がカギ。それはお嬢にもわかるよね」


『カラセルの使用デッキに同名カードは二枚以上入っていない』という誤った前提条件を刷り込み、それにより『同名カードを手札に加える』というテキストは見えていながら警戒の外となる。

 ユカグラの不意を突くために用意された、見えている仕込み刃。それが<ガラクタ錬金工房>であり、それはユーレイの目から見ても今決闘のキーカードであったはずなのだ。

 なぜそんなことをわざわざ聞くのかというユーレイの視線に、カラセルは重々しく頷いた。そう、<ガラクタ錬金工房>はこの闘いにおけるキーカード。


「つまり、<ガラクタ錬金工房>はなんとしても引きたいカードだったわけだよ。デッキに一枚じゃ心もとないくらいに」

「……」



「はい?」自分で思ったよりも数段素っ頓狂な声が飛び出した。

「いや、だから……まずサーチ用に<名指しの出禁措置>は二枚入れるじゃん? それはいいとして、その前に……。そもそもの話、この作戦って<ガラクタ錬金工房>が引けなきゃ始まんないのよ」

「……それで、どうしたのですか?」

「どうしようかなって考えてー、いや、時間も全然なかったから、……引けなきゃ始まんないんだからさあ、引く確率上げなきゃしょうがないよな、って考えて、結局……」


 そこで数秒の間を置いて、やがてカラセルはふいと目を逸らした。


「……<ガラクタ錬金工房>も……三枚、入れちゃった……わけで……」


 ユーレイはモニターに手を触れた。

 そこに映るのは盤面の詳細図。現在、カラセルの手札は<虹のリヴァイアサン>の一枚だけ。場には何もなく、デッキ残り六枚。つまり、差し引き二三枚のカードが墓地には眠っている。

 が、墓地のカード二三枚の中に――<ガラクタ錬金工房>は、さっき使った一枚だけ。

 と、いうことは、つまり。


「……まだ、二枚、残っている? ……残り六枚のデッキの中に?」

「そういうことになりますね」


 ユーレイはモニターに手を触れた。

 そこに映るのは、<虹のリヴァイアサン>のテキスト。



《虹のリヴァイアサン》/上級ファミリア/ステータス:5/5

 このカードの召喚成功時、デッキの上から5枚のカードをこのカードの下に重ねて置く。

 この5枚の中に『同名カードが2枚以上存在する』または『ファミリアカードが存在する』場合、このカードを破壊する。 



 ユーレイは静かに黙考する。残りデッキは六枚、次のターンカラセルはまず一枚のカードをドロー。それから<虹のリヴァイアサン>を召喚し、残された五枚のデッキをその下に重ねることになるだろう。

 ただし、残り六枚のデッキの中には<ガラクタ錬金工房>が二枚残っているわけで、つまり――


「――次のドローで<ガラクタ錬金工房>以外のカードを引いたら<リヴァイアサン>が自爆して負けです!」

「三分の二じゃないですかぁ!!」今世紀最大の絶叫である。

「どうするんですかこの状況!?」

「どうもこうもね――――んだよだから! もう祈って引くしかないんですー!」


 これまた今世紀最大のヤケクソで、【シルバー・バレット】コクピット内部に人間の愚かしさがこだまする。

 成功率八割と謳われたコンボ、その生存率五分の一の隙間を潜り抜けた矢先再びやってくる死亡率三分の二の決死圏。ユーレイはカラセルの胸ぐらをつかみ上げて揺さぶりながら吠え、答えるカラセルの声もくわんくわん揺れる。


「しょ――――がねえじゃんそんな細かい調整やってる時間なかったんだから! <ガラクタ錬金工房>使えばいいって思いついただけでも褒めてほしいよ!」


『カラセルのデッキは全カード一種類一枚のみの特殊構築である』という前提を事前に印象づけて、土壇場でそれをひっくり返す。

 ユカグラの不意を綺麗に突いた渾身の奇策ではあったものの、やはり付け焼刃は付け焼刃。ボーレイ失踪の真相を知ってから決闘開始までの短時間――急場しのぎのデッキ改修には、実際のところだいぶ無理があった。

 策が綺麗に決まったのも言ってみれば運がよかったからで、それでも、どうしてもカバーできない点というのは不可抗力的に出現する。それがつまり今のこの状況。


「そういうわけだからお嬢、帰れたら結婚するって約束してくれ。ローゼストの姓をおまえにやるって嘘でもいいから言ってくれ!」

「いや、だから……だから? ローゼスト?」ハナから婿養子を前提にしている。

「ずっと憧れてたんだ。人間としては多少クソでもカードゲーマーとしては神レベルの男だ! お嬢と結婚できればそんな男がおれの義兄になる!」

「……ちょっと待ってください。お兄様の話ですか?」

「あの偉大なカードゲーマーの、義理とはいえ弟になれるんだ」

「――お兄様の話をしているのですか!? 私目当てですらなくて!?」

「頼むよおれだって緊張してんだ。ドローする手が震えてしょうがねえ」


 実際のところカラセルはかなり本気で動揺してはいる。

 それもそのはずといえばそのはずで、彼のデッキはそもそもの設計思想コンセプトが『デッキに同じカードを二枚以上入れないことで、<虹のリヴァイアサン>を百パーセント召喚できるようにする』というもの。そのデッキでずっと戦ってきたのだ。

『<虹のリヴァイアサン>の召喚に失敗するかもしれない』という状況は、これが初めてなのである。

 デッキの上にかけた指先はかすかな震えを起こしていたし、顎先から冷や汗が滴るのも見えた。負ければ国が滅ぶ一戦、敗北確率八割超。薄氷を踏むような思いで長い長い綱渡りに臨み、抜けたかと思った先にまた綱。

 意味不明な冗談のひとつでも飛ばさねばやっていられないような、大変な状況なのだろう。

 というかもう極まりに極まった緊張で自分でも何を言っているかわかっていないのだろうと、ユーレイにもそのくらいは察せる。


「いやわかった。本人に行けばいいのか?」

「は?」察せるが。

「お嬢との結婚経由なんて回りくどい真似しなくても、ただ単に兄貴本人へ結婚申し込めばそれで解決するのか?」

「すみません、気をたしかに持ってください」察せるが。

「にしても仲人みたいなの要るよな。それお嬢に頼んでいい?」

「…………」ぐるぐると目を回しながら妄言を吐き散らすカラセルを前にして、ユーレイの肩は小刻みに震える。

「頼むよお嬢。震えるおれの背中を撫でて押すと思って。一言でいい、おれをお義兄さんと――」




「――私を!」




 突き飛ばすユーレイの強い力に、カラセルがシートから転がり落ちた。 


「私を、……『私を』、見てくださいよ。せめて、……お願いですから」


 床にひっくり返ったカラセルに馬乗りになって、その襟首を掴み上げて、


「……『お兄様の添え物』じゃなくて! 『ユーレイ』って呼んでくださいよ!!」


 口より喉よりもっと奥、胸の内からあふれ出したその言葉は、目の前のカラセルに向けられた台詞とするにはやや会話が噛み合いきらず、


「そうそう。そーいう感じで行こう」


 その割に、カラセルはスムーズに応じた。

 先程までのトチ狂いようが嘘のように、けろりとした顔でユーレイを見返す。



 ――カードゲーマーっていうのはね、お嬢。ジンクスを大事にするもんなんだ。



 初めて会ったあの日の台詞がふと耳の奥に蘇って、深々とため息を吐いた。

 この男は、もう、本当に―― 


「……ほんっ、……とに、……ほんとに、もう、しまらない人ですよね、あなたは……!!」

「おい。おい! おれそれお嬢にだけは絶対言われたくな……おっと」


 やんわりとユーレイを引きはがしてシートに座り直したその手が、デッキの上にかけた右手が、まだほんのわずか震えているのは本当だ。でも、もうわからない。

 何を、どこまで本気で言っているのか、ユーレイにはもうわからなくなった。

 わからなくていいんだろうと思った。


「あれか。……ユーレイって呼ばなきゃダメなんだっけ?」

「………………別に、いいです」


 今なんの話をしているのか、たぶんもう本人たちにすらわかっていない。

 研鑽を積み、知恵を巡らせ、罠を張って死力を尽くす。あらゆる手を尽くしたその先で、すべてを捧げた果てでようやく辿り着く、勝負事の極地。

 何の容赦も慈悲もなく、完全に、百パーセント純粋に、運だけで勝敗が決まる局面。

 どうあがこうとパーセンテージの裁断から逃れられない究極の分かれ道、そんな状況に放り込まれた勝負師たちが縋れるものは――自らの『運命』、それ以外にない。



「別に、あなたに、そう呼ばれるのが、……嫌いなわけでは、ありませんから」



 デッキの上に置かれたカラセルの手。

 その手の上に、そっと立ち上がったユーレイの手が重なった。


「私はユーレイ。ユーレイ・ローゼスト。……証明してみせます。私は……」



「私は――――兄の、劣化品なんかじゃ、ない!」



 ドローというのは時の運。本来、そこに理屈などつけられない。

 次に何のカードを引くかなんてプレイヤーにはわからないことで、引く前に何を言ったところで、それでデッキの一番上のカードがすり替わったりするわけではない。 

 それでも、彼らは信じて縋る。

 引けないはずがないのだと。これこれこういう理由があるから、今ここで自分が勝てないはずはないのだと。

 そんな虚勢を天に叫んで、不確定の未来という恐怖に立ち向かう。


 それが必然だと信じれば、きっと、望んだカードが引けるはずだと。

 運否天賦の孤独な戦場で、それだけを心の柱に据えて、――そして、彼らはこう叫ぶ。


 

「――おれと!」

「私の――」



「「―――――ターン!」」



 赤から紫へと推移する虹色の光。

 輝く手番灯は、虹の最後に金色の光を付け足した。


「この瞬間! 前のターン墓地に送られた<スプリング・トラップ>の効果が発動!」


 虹の軌跡を描きながら猛然と駆け出した【シルバー・バレット】を前に、【コンセプター】も逃亡姿勢に入る。


「<スプリング・トラップ>は普通に使っても何の意味もないスペルだが、その真価は墓地に行ってから発揮される。<スプリング・トラップ>が墓地に送られた、その次のターン開始時に!」


 逃がすものかとカラセルは吠えた。


「<スプリング・トラップ>よりも上に存在する墓地のカードの枚数まで! 場のカードを選択して手札に戻す!」


 墓地で<スプリング・トラップ>よりも上に存在するカード、すなわち『<スプリング・トラップ>よりも後に墓地へ送られた』カード。

 <スプリング・トラップ>が墓地に行ったのは<ガラクタ錬金工房>によるもの、<溺れる者の借りる猫の手>が<ディスペリング・ストーム>に無効にされたタイミング。

 それより後にカラセルの墓地へ送られたカードの合計枚数は――五枚。

 あたかも、一定重量を超えたことでスイッチが作動するかのように。


「はいせー、のっ! ――ワン!」


 さっき<出禁措置>を放ったロケットランチャーを今度は肩に担ぎ、発射。


「ツー!」


 色とりどりの紙吹雪を撒き散らしながら七色に光り飛ぶロケット弾。

【コンセプター】はとっさに小口径のビームライフルを生成、悪い冗談のようなその砲弾を空中で撃砕する。が、

 敵機に届くことなく砕けたその一撃は、しかし爆風で七色の花火を描き出し――


「――マジック!」


 びょいーん、と間抜けな音がして。

 出来の悪いびっくり箱を思わせる安っぽいバネ仕掛けが無数に、寝癖のごとく【コンセプター】の全身から一斉に飛び出した。

 握っていたライフル、肩のキャノン砲、およそ装備と名のつくものすべてが空の彼方へ跳ね飛ばされて――ユカグラの場のファミリア三体、プラス二枚の永続スペル<死人の目印>と<嘆きの代償>。すべてを手札に戻されて、今や敵陣は完全な丸裸。

「こんな、――こんな、はずは!!」金切り声をBGMに。

 二人で引いたドローカードを、カラセルはユーレイにそっと手渡した。





 ここでそのカードを引けたとして、それは別に何の証明でもない。




「……我が魂は、虹色に」



 当たりは六枚中二枚、三分の一に当たったというだけだ。

 ここでそのカードを引くことが、なぜ、ユーレイが兄の劣化品ではないという証明になるのか。



「しかし、この虹は――」



 何一つ因果は繋がっていない。

 ドロー前に何を言おうが、デッキトップは変わらないのだから。



「七色に、あらず」



 ユーレイが何もしなくたって、カラセルはそのカードを引いたはずなのだ―――― 








 今、ここで、彼らが<ガラクタ錬金工房>を引いたという事実を前にして。

 そんな理屈が、何の意味を持つのか。







「――――来い、<虹のリヴァイアサン>!!」


 青天の大海原を、一瞬のうちに豪雨と雷で塗り替え――

 逃げる【コンセプター】の行く手を遮る巨大な大渦潮から、虹の海竜が姿を現した。


「――<虹のリヴァイアサン>効果発動。<孤独と奮戦の証>の効果を、<リヴァイアサン>の効果として使用する!」


 それは、<ガラクタ錬金工房>を引き込むための<強欲の帳尻合わせ>でさりげなく仕込んだ切り札。

 <虹のリヴァイアサン>を活用するために組んだカラセルのデッキには、目立つ特色が二つあった。

 ひとつは『同じカードを二枚以上デッキに入れることがない』。これは奇策の為に潰れた。

 が、もうひとつはまだ生きている。その効果特性上どうしても、

『デッキに入れられるファミリアは、<虹のリヴァイアサン>の一枚だけになる』――


「自分の墓地にファミリアが一枚たりとも存在せず、かつ! 自分の場に存在するファミリアが、一体のみの場合! その一体を対象として発動できる!」


 ユカグラのライフはいまだ無傷、二十点をまるまる残している。が、 


「そのファミリアの攻撃力を――自分の墓地の枚数と同じにする!」


 合計二四枚、それがカラセルの墓地に眠るカードの総数。

 二十四色、それが今回彼らの描いた虹の総色。


「こんな、……こんなはずがない! このデッキが、このデッキがあれば……、カードゲームを、この世界を! 変えることが、できた、はずなのに……」

「この世に、同じ人間なんていない。三十枚中二十九枚が同じデッキがあったとして、でも、残り一枚に何を入れるかで、やれることってのは随分変わってくる。でも……」


 カラセルは冷たく言い捨てた。


「あんたの場合は一枚どころじゃないね。ネジが五本は外れてるよ」


 繰り返した破壊ループの中で、防御札になりそうな永続スペルの一枚でも手札に加えていればよかったものを。手を噛まれることなど想像さえしていなかったこの相手は、コンボ完成時点で勝利を確信し、それ以降<マンタレイ>の効果を使わなくなった。

 耳を弄する暴風雷雨に混じって<虹のリヴァイアサン>の咆哮、渦潮に四つ足をとられて【コンセプター】が海上でよろめく。

 ちらりと後ろを振り返ったカラセルとユーレイの目が合った――

 ――<虹のリヴァイアサン>の攻撃。



「"混色の―――――」

「――アルケミー・スパイラル"!!」



 押し寄せる虹の怒涛の奔流。<リヴァイアサン>が吐いた七色、否、二十四色のブレスに飲み込まれ、【コンセプター】が悲鳴を上げた。

 目を焼く極彩色の炎の中、コクピット内に響くアラートの中、【コンセプター】の全身が蒸発しゆく中。それでも、ユカグラは負け惜しむ。


「なにかの間違いに決まっている……っ!! これは天才の作り上げたデッキ! この世の土台を揺るがすデッキ! それが敗北するはずなど――!?」


 不意にすべての光が消え失せて、ユカグラは一時呆然とした。

 暴風雨は一瞬にして去り、渦潮も嘘のように消え失せた。澄んだ青空と凪いだ大海原、<リヴァイアサン>の姿はどこにもなく、

 振り返っても、【シルバー・バレット】すらいない。

 いったい、どこへ――――



「――――いいや」



 ――上。


 

 <虹のリヴァイアサン>:武装形態。

 空と海の色をそのまま写し取ったような紺碧の大剣を振り上げて、銀の巨人は跳躍している。

【コンセプター】をまるごと一刀両断できそうな刃渡りのその剣は今、淡い金色の光を帯びてすらいて――

 逃げようにも、焼かれたアメンボの足は崩落するばかりで動くことがなく。




「『おまえの』負けだよ。この決闘は」




 頭から入って股へ抜ける一閃。

 しばらくの間、両断されたことにまだ気づいていないかのように、その場で硬直した【コンセプター】は、

 真っ二つに割られた薪のごとく、分断された左右の体をそれぞれにゆっくりと倒していき――数秒ののちに大爆発を起こした。

 残りライフ、二十→ゼロ。



 誰の目にも疑いようのない、の勝利であった。

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