4-6.『決別』―⑤
国の行く末がカードゲームに左右される狂った時代。そんな時代に生み出されたこの先攻ワンターンキルデッキは、カードゲームという概念を崩壊させる力を持っていた。
先攻一ターン目で勝負が終わる――そんなデッキの存在がまかり通ったならば、カードゲームはもはや『ゲーム』として成立しなくなるからだ。
そうなれば、これからの戦争のカギを握るのは先攻を取れるかどうか――以前に。『ワンターンキルデッキを持っているかどうか』という一点で、五大国はふるいにかけられる。
このデッキをルーコントと二国で独占できた時点で、ザイナーズの勝利は決まっていた。
だから彼らが見据えていたのは勝利した後のビジョンであって、今回、ザイナーズがハイランドとの決闘に乗り出した理由のひとつに、面子の問題というのがある。
世界の法則を切り裂く剣。そんな伝説の剣を手に、地上のすべてを統治する。
筋書きそのものはいいのだが――その剣を作ったのが、元をたどれば他国の人間であるというのは。どうしたって、体裁がよくない。
だから、ハイランドという国家にだけは、完全なる敗北をくれてやらねばならない。はっきりと『下』に置かねばならない――そうしたお国の事情と、そんな事情があったにもかかわらず逆に土をつけられてしまったという、ユカグラ個人の感情もあって。
【シルバー・バレット】が海中に沈むのを見送って、それでもなお【コンセプター】は海上に佇んでいた。
浮上してくればその瞬間にブチ抜いてくれるという殺意。
このまま浮いてこないのであれば、むしろこちらから海の底まで潜ってトドメを刺してくれるという意思。
まさか逃げたわけでもあるまいがとレーダースクリーンを確認し――ユカグラは、口の端を吊り上げて笑った。
「……このまま自決の道を選ぶなら、それを認めてやってもいいと。今まさに、そう考えていたのですが」
心にもない台詞を吐き捨てた直後――勢い良く立ち上る水の柱。
舞い散る水しぶきを虹色の光に煌めかせながら、【シルバー・バレット】が戦場に帰還する。
「ええ、ええ。ここまで戦った仲です、もちろん許しましょう。腹を切るにも介錯が要るというのなら……、その役を引き受けてさしあげます」
「勝手な解釈は困るなあ」相対するカラセルも笑った。
「どっちかってーと、これから腹切りたくなるのたぶんそっちのほうだよ」
あはは、うふふ、とほんの一瞬だけの談笑を挟んだのち――再開の合図などひとつもなく。
「破壊された<マンタレイ>は、<死神労働基準法>の効果で蘇り。<死人の目印>の効果を発動、<マンタレイ>の攻撃力をゼロにして<トークン>を一体生成します」
【コンセプター】の両肩に搭載されたキャノンが左右連動して動き、砲口がまっすぐに銀巨人を捕捉。濃緑色の光を放つ胸の手番灯と、二門の砲身から迸るプラズマ光。
三点の光が形成する死の三角――
「そして、わたくしの場のファミリアが三体になったことで……<必滅のトライアングル>を起動!」
混ざり合い、練り上げられた翠緑の光は雷のごとき激しさを帯び、三角形の中心点で球状に膨れ上がっていく。
緑色に染められゆくモニターを眺めて、ユーレイは息を呑んだ。
結局のところ、このコンボをどうにかできなければ未来はない。無限ループが完成した以上、このまま行けば負けは確定している。
だというのに、カラセルは余裕たっぷりにシートでふんぞり返っていた。
「まったく同じ人間なんか、この世に存在するはずがない。その証拠ってわけじゃないけど、面白いものを見せてあげよう」
そして彼は正真正銘、残された最後のカードを切った。
「――――<ガラクタ錬金工房>の、第二の効果を使用する」
「――え?」
その声がダブって聞こえたのは、事実、ユーレイとユカグラの二人が全く同じリアクションを取ったから。
「『発動中におれの墓地へ送られたカードの合計枚数が十枚を超えている』こと。この条件を満たした<ガラクタ錬金工房>を墓地に送ることで、発動!」
<嘆きの代償>によって発生するはずの二点ダメージ、翡翠色の雷は今にも解き放たれんばかりに【コンセプター】の眼前で荒れ狂っている。
その威圧感をまるで意に介すことなく、【シルバー・バレット】は右手を伸ばした。
「おれの墓地に存在するカードを一枚選択し――それと同名のカードを一枚、デッキから手札に加える!」
銀の巨人が虚空から生成したその武装は、両手持ちのロケットランチャー。
選ばれたのは、一手目に<クラッシュ・オープン>で墓地に送られたカード。手札に加わった『二枚目』のそのカードを、
「クイックキャスト。<名指しの出禁措置>!」カラセルは即座に詠唱した。
カード名をひとつ宣言して発動、このカードが墓地にある限り宣言したカードの効果は無効となる。
腰だめに構えた長い砲身がまっすぐに【コンセプター】を捉え、
砲撃、
命中、
大爆発――
「――砕けろ、<必滅のトライアングル>!」
音を置き去りに空中を駆けた<名指しの出禁措置>の砲弾を、四脚のアメンボは避けられなかった。
反動に【シルバー・バレット】が後ずさる中、【コンセプター】は爆炎に包まれる。両肩のキャノンは中ほどからへし折れ、蓄えた魔力光も拡散して消えた。
<必滅のトライアングル>による破壊と、<死神労働基準法>による再生を無限回繰り返すコンボ。そこに<嘆きの代償>を挟むことで破壊と連動してダメージが生じる。
そんな仕組みで回るこのコンボは、その一角、破壊担当の<トライアングル>が封印されてしまうと――
「ば、……か、な……!」完全に、機能停止する。
ユカグラの場にはファミリアが三体、<モザイク・フュージョン・キマイラ><マテリアル・マンタレイ><エンジェル・リング・トークン>。
<必滅のトライアングル>で破壊されるはずだった後ろ二体は今も生き残っており、破壊が発生しなかったので、<嘆きの代償>のダメージも発生しない。
晴れゆく黒煙の隙間から、ちらちらと点滅を見せる緑光。通信から聞こえるユカグラの声には苦々しさと困惑が多分に入り混じっていて、
「あ、あ、あ、……あ、……あなたという人は……!?」
だけでなく、こちらも相当に困惑していた。
わなわなと唇を震わせて、というか全身を震わせて。震える腕をゆっくりと持ち上げて、震える指でカラセルを指す。
当の本人はと言えば、慌てふためく同伴者と敵対者の様子をそれはそれは満足そうに眺めており――
「あれはお嬢の兄貴じゃない。あそこにいるのは、ただの亡霊。どういう意味かわかるかな?」
トリックの解説を求められた手品師のように、とても得意げな顔で。
目の前のモニターに手を触れた。
「コンボの手順さえ覚えれば、誰が使っても先攻でワンキルができる。そういうふうにあいつは言ったけど……」
そこに表示されるのは、<ガラクタ錬金工房>のテキスト。
<ガラクタ錬金工房>/永続スペル
場のカードが破壊されるたびに、破壊されたカードと同じ枚数分、デッキの上からカードを墓地に送る。
このカードの発動中に墓地に送られたカードの合計枚数が十枚を超えている場合、このカードを墓地に送ることで、以下の効果を使用可能。
●自分の墓地に存在するカードを一枚選択し、その同名カードをデッキから手札に加える。
「――これがお嬢の兄貴だったら、こんなミス絶対にしなかったはずだからね」
だろ? と促すカラセルの声などもはや耳に入っていなくて、そのときユーレイの頭の中でぐるぐると回り続けていたのは、
『人間がひとりひとり違うように、おれのデッキは三十枚三十種、同じカードは二枚と入らない。負けたあんたは骨身に染みて知ってるはずなんだけどなあ』
ここに来る前、託宣科本部でユカグラ相手に言い放った言葉。
「――あれだけ! あれだけ大見得を切っておいて……!?」
ここからは、手品師の独壇場。
「最初に<クラッシュ・オープン>で三枚別々のカードを見せた。で、<ガラクタ錬金工房>では<ID-ビジュアライズ・ボム>が墓地に落ち、<シード・アンド・トリック>の手札コストで<虹のリヴァイアサン>も見せてやった。おれの主力カードは変わらずデッキに入ってるってのを、しっかり見せてやったわけだよ。で、それでどうなった?」
手品師は決して手品のタネを明かしてはならない。ただ、彼の本業は手品師ではない。
そして何より、一度変わった『流れ』はタネ明かし程度では戻らない。
「それで、こいつは何を考えたか。『同じカードを二枚以上入れない』おれのデッキに前回ボロ負けしたこの女は、いったい、何を考えたのか! ――<ガラクタ錬金工房>使ったときになんて言ったよこの女は! はい、リピート!」
ぱちんと大きく指を鳴らすと、なんとも気の利いたことに【シルバー・バレット】は魔導通信の録音データをその場で再生した。
『しかし、その第二の効果が発動されることはない。……ひどく涙ぐましい努力です。応えてあげたくなってしまう――』
「――あろうことか。こいつは、おれのデッキが前回と同じままだと思い込んだ。<ガラクタ錬金工房>の第二効果が何かを知っていながら、その警戒を怠った。……要するに! 『同じカードは二枚以上入っていない』と、無防備に信じ込んだせいで!」
魔導通信からはもうあの尊大な声は聞こえてこない。
「『<ガラクタ錬金工房>から二枚目の<出禁措置>を手札に加える』という、予測できて当然の手を……なんと、この女は見落とした!」
カラセルのぶち上げる大演説に、図星のみを突き続ける糾弾に。敵機【コンセプター】からは、ユカグラが声を詰まらせるわずかな音しかもはや聞こえてこない。
『デッキから大量のカードを墓地に送り、それを墓地回収・コピー系カードによって再利用することで、ワンターンキル妨害札の入手率を上げる』。
<ガラクタ錬金工房>はそのために入れられたカードなのである、と。
そのためだけに入れられたカードなのだと、ユカグラは疑いなく信じた。
「先攻ワンキルって簡単に言うけどね。実際んとこ、覚えなきゃなんないことって結構あるんだよ。後攻取った場合にどう動くか。妨害食らったらケアはどうするか。別のルートからコンボを再開する手はあるのか、そうでないならコンボ停止後にどんな盤面が作れるか、万一のときにどんだけアドリブが効くか……。覚えることは腐るほどあるけど、こいつは何一つできてない」
単なるプレイングの問題、カードの扱い方の上手い下手にとどまらない――とても巨大な隙を、ユカグラは晒した。
どうやっても回復しない『格』。カードゲーマーとしての『底』を、眼前の相手に知られるという隙を。
そして、カードゲームにおける『隙』というのは当然のように突かれるもの。
「こいつはその程度の女だよ。この手のコンボデッキを扱う経験値がそもそも乏しく、そのくせデッキに胡坐をかくから本番でアドリブが効くわけでもない。……その程度のプレイヤーが相手なら。<ディスペリング・ストーム>を、あんなタイミングで切るようなやつが相手なら!」
そこで、カラセルは目の前のモニターを力の限りぶっ叩くと――そこに映る【コンセプター】めがけて、まっすぐに指を突き出した。
「先攻ワンキル――――恐るるに足らず!」
当然、そんなアクションなど敵機パイロットには見えていないはずである。が、ユーレイはその瞬間はっきりと見た。
カラセルの放った言葉の銃弾に額を撃ち抜かれ、その場でひっくり返るユカグラの姿を。
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