4-5.『決別』―④
「いいんじゃないの? ならなくて」
「――――は?」
「いや、だから……なりたいってんなら止めないけどさ、別にならなくてもいいんじゃない? 『お兄様みたいに』なんて、さあ」
胸の中で泣くユーレイの背中をおそるおそる撫でた後、カラセルは一度咳払いをする。それから、ゆっくりとユーレイを引きはがし、もう一度咳ばらいをして、そして、どうでもよさそうな声で言った。
本当にどうでもよさそうな声だった。
あまりにもどうでもよさそうな声すぎて、ユーレイもがばりと顔を上げた。
涙すら止まる勢いだった。
「え、いや、……その、……はい?」
「あのねお嬢。冷静に、冷静に思い出してみてほしいんだけど……」
そんなユーレイをなるべく刺激しないようにゆっくりとした動作で、カラセルはそっと手を出した。……という気遣いよりも、どちらかと言えばそれは――『怒らないで聞いてね』という、制止に近かった。
「――いろんな変態がいただろう?」
あまりにも意味が不明すぎる言葉で、本格的に涙が止まった。
「いや、だから……意味わかんねー理屈で因縁ふっかけてくるマッチョとか、意味わかんねー理屈で徹夜して意味わかんねー理屈で因縁ふっかけてくる兄貴とか……意味わかんねー理屈で水ぶっかぶってる変態とか。今まで会ってきたカードゲーマー、いろんなクソ野郎がいたと思うんだけど」
あーあとあれだ、言質取って家賃と食費むしり取ろうとするクズとかね、と。思い出したように笑いながら、カラセルは言葉を続ける。
「『あいつらもあれで結構いいやつなんだ』とか、そういう話がしたいわけじゃなくて……。ぶっちゃけた話、カードゲーマーなんて八割がろくでなしなんだよ。たまに忘れそうになるけど、お嬢の上司さんも
矢継ぎ早に紡ぎ出されるその台詞は、現在のシチューエションにまったくそぐわないもので。だからユーレイには口をぱくぱくと開け閉めすることしかできなかった。ハクローさんも同じカテゴリに入れてしまっていいんでしょうか、などという疑問を挟む余裕すらない。
「そこで考えてみてほしいのだが」困惑するユーレイをよそに、カラセルは指を一本立てる。
「魔導巨兵のパイロットなのに。国が滅ぶか滅ばないかって話が全部自分にかかってんのに。責任重大もいいとこな立場なのに。そーいうの全部ぶん投げて出ていって、んで捕まった。それどころかデッキレシピ取られて今死ぬほど大変なことになってる。で、そもそもなんでそんなことをしたのかって言ったら、その理由は……自分が思いついたコンボを、どうしても試してみたかったから。………ご多分に漏れず」
そこでカラセルはいったん目を閉じて、それから、大きく息を吸い込む。
「――あんたの兄貴も大概クソ野郎だよ! 目を覚ませお嬢!! あんたのがまとも!」
「な、な、……な、……クソ、野郎……!?」
さて。
それはまあ、兄がそれなりに問題のある人間であるということは、ユーレイ自身も理解しているつもりではあったけれど。
どうしても捨てることのできなかった憧れの、その対象が。他者から、こうもはっきりと『クソ野郎』の一言で切り捨てられたことに。
ユーレイの思考は完全に停止した。
「……カードゲーマーとしてはさあ、そりゃ尊敬するとこもいっぱいあるよ。憧れる気持ちももちろんわかる。だけどねお嬢、たぶんお嬢の言う通り、お嬢は兄貴みたいにはなれない。それがなんでかわかります?」
そんな彼女の華奢な両肩を、カラセルは力強く掴んだ。
「まったくおんなじ人間なんかこの世にいるわけないんだよ。誰も、同じじゃないんだよ! お嬢と、お嬢のお兄さんは、どうやっても違う人間なの! 同じになれると思うのが間違い!」
と言い捨てたカラセルは硬直するユーレイの前髪をそっとかき分けると、その額の中心を人差し指で突いた。こてん、と綺麗にひっくり返ったブラコン少女を置き去りに、カードゲーマーは力強く立ち上がる。
「そーいうわけだから! さっさと上がってあのクソ女ぶっ倒しに行くよ」
ほら立った立ったと促すカラセルに、ユーレイはほとんど無思考で起き上がる。が――
「……でも、もう……」横目にモニターを伺った眉間には深い皺が寄った。
カードゲーマーの八割をクソ野郎と断じてみたところで、盤面に変化が生じるわけではない。相変わらずこちらの持ち札は<ガラクタ錬金工房>の一枚のみで、敵の場にはコンボが完成している。
これで戦場に戻ったところで、いったい何がどうなるというのか。
「ひとつ聞いていいかな、お嬢」
そんな迷いを隠せないユーレイに。座り込んだままのユーレイに。
「今でも、おんなじこと、思う?」
腰を落としてかがみ込み、少女と目線を合わせたカラセルは――つい先刻まで水死を考えていた水色の瞳をまっすぐに見据えて、言った。
「――おれより、兄貴のほうが強いって」
何気ないその問いは、しかし、ユーレイの中に眠っていた記憶を――
兄とのそれに比べればずっとずっと最近のものであるはずで、なのに、遥か昔のことのようにも思える記憶を、呼び覚ます。
『お兄さん、強かった?』
『……とても』
『おれより強い?』
『――――――』
「……あ――――っ、……!」
あのとき、自分はなんと答えたか。それがとっさには思い出せなかったのは、
このときカラセルの浮かべた笑顔が、本当に、心底から、楽しそうに笑っているように見えたから。
「っくく、即答できないか。……よろしい、なら――証明するよ」
ひとしきり肩を震わせて笑った後、カラセルは勢いよく立ち上がった。背中を反らせて大きく伸びをし、そして、ユーレイに振り返って、一言。
「お嬢の兄貴の亡霊よりも、おれのほうが強いって」
【シルバー・バレット】の胸の手番灯に、虹色の光が灯った。
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