4-4.一方そのころ皆さん方
そのころ、ジェレイン率いる託宣科と地下カードゲーマーとの全面戦争の舞台になった託宣科の本部はといえば、大竜巻の内部を思わせる死闘の様相を呈していた。
爆炎と轟雷と氷柱とたまに羊が飛び交う地獄、天井は崩れ壁は砕けで破壊のほどは熾烈を極め、瓦礫は飛ぶわ人間も飛ぶわのあの世に一番近い場所――そんな戦場の片隅に積み上がった瓦礫の一部がもぞもぞと動く。
「やっ、ばいやばいやばいやばい……。金目のもん掴んで帰るどころじゃないよ」
<スリープ・シープ>数匹に囲まれ、その羊毛をクッションとすることでどうにか下敷きを逃れたレマイズである。
瓦礫の下から這い出した彼女がまず目にしたのは、死屍累々の光景。
託宣科の制服を着た幾人もの男たち、筋肉ダルマ二人、その他大勢の地下カードゲーマー。両手で足りない数の人間が激闘に力尽きて倒れている。
そして、その中には――ぬらぬらと光る黒の長髪に、病院着を着た男の死体もあった。
「おい。……おい、グリープ!」
「……」
「起きんかい!」
「っぐぅぇっ」
実際のところはただ寝ていただけで、脇腹に強烈な蹴りを食らったグリープはそれで飛び起きた。部屋中散り散りになっていた十数匹の羊たちが一斉に駆け寄ってきて、グリープはきょろきょろとあたりを見回す。
「あんたがもうちょいシャキッとしてればもーちょい楽に抜けられたでしょーに。……んでこの男は大事なドンパチの前に五徹なんかしてるかなあ……!」
「……」
「聞いてんの!?」
「……何時だ?」二度目のキックが顎先に突き刺さったのとほぼ同時。
それこそ、目の覚めるような轟音の咆哮が二人の耳をつんざき、
直後、立ち上った雷の柱が二人の眼と耳を焼き――大爆発。
爆風と黒煙に包まれる室内、グリープとレマイズの二人が揃って咳き込む中――漂う煙を吹き払ったのは、二人のものではない別の声。
「は、……はははやってくれる。窓際といえど一部署の長か」
「花形部署の長といっても、引退したらこんなものですか?」
背後に<水晶薔薇の霊竜>を従えたジェレインの全身は、雷撃による新しい火傷跡をいくつも作っており。
それと対峙するハクローは、片腕を血に染めてこそいるものの――不敵な笑みとともにウインクを飛ばす。
「そんなにも僕が許せないか」ジェレインも肩を震わせて笑った。
「この世の欺瞞を暴いた僕は……神を名指しで糾弾した僕は。その神の下で、へらへら笑って生きている人間からしてみれば! どうしたって、許せないということか!?」
「……あなたの怒りはあなた一人のもの。そこに許すも許さないもない。ですが」
口の端から流れる血をハクローは親指でそっと拭い、それで雪のような頬に一筋の紅い線が引かれる。
「あなた一人のものである炎は、あなた一人にとどまらず……この国を燃やそうとした。この国を守ろうとした人を燃やそうとした。この国に生きる人を燃やそうとした。それは、どうしたって許されない」
選ばれたパイロットが負けてしまえば。乗り手ごと魔導巨兵を破壊されれば。その先にあるのは蹂躙の未来のみ。
それをわかっていながら、ジェレインという男は敵の手を引いた。
己の内で燃える怒りを、飼い慣らすことができなかったばかりに。
「……ふむ」
「ちょっ……」前髪をかき上げて立ち上がったグリープの腕をレマイズが掴んだ。
氷のような美貌に朱を差したハクローの迫力は相当なもので、今やその全身に刻まれた呪文の大部分が発光している。
対峙するジェレインの従える<霊竜>の圧力は言わずもがな、引っ込んでいろという意味の制止だが――
「目は、覚めた」その腕を振り払う。
羊の群れを引き連れながら瓦礫の海を進むグリープに、先に気づいたのは――
同じカードゲーマーだった。
「……地下二位の男か。グリープ・デザイアー」
「名を知られている。喜べばいいのか?」
「地下とはいえ『上り詰めた男』だ。名前くらいは聞き及んでいる」
長い黒髪に病院着姿、音もなくゆらりと歩くグリープはこの場においては幽霊にも似る。
ジェレインがすべてを捧げた<水晶薔薇の霊竜>というカードもまた、もはや幽霊にも等しい存在。
カードゲーマーという共通項で括られた二人の幽霊の対話は、その横で神経を張り詰めるハクローを置き去りに、とても穏やかに始まる。
「この前、やっと<召集令状>を三枚買った」
「そうだ。わかるはずだ」
「その直後に準禁呪になった。二枚分丸損をした……」
「カードゲームの中で生きてきた男にならわかるはずだ。理不尽な神が、どれだけ我々カードゲーマーを虐げてきたか!!」
「それを禁呪にするくらいなら他にもっとまずいカードがあるだろうと思わされることが多々あった」
「……そうだ」
「禁呪にするくらいなら、初めからそんなカードを刷るなとも思った」
「そうだ!!」
「それでも、あんたには賛同できない」
ジェレインが指示を下すまでもなく、<水晶薔薇の霊竜>が火を噴いた。
それはとっさに雷の防壁を展開したハクローでさえも一手遅れた速度で、グリープと羊たちは避ける暇もなく業火に呑まれる。
「どいつもこいつもネズミはネズミか。わからない奴が多すぎる!」
「――人生はとても短くて、かと思えば、そのわりには退屈だ」
グリープの従えていた羊は一匹残らず消滅し、グリープ自身も、瓦礫と炎の海の中でよろよろと身を起こす。
「ただでさえ短い時間の、さらに三割が睡眠に食われ……。そんな短い時間さえ、何もしなければ、無為に過ぎていく。ろくでもない環境だ」
揺らめく炎に囲まれて、グリープは血の混じった唾を吐いた。そして、
血のにじむ病院着のゆったりとした袖を揺らしながら、そっと右手を挙げ――指を鳴らした。
「開け地獄門。痛みの門――<フィードバック…→『悪夢』>」
その瞬間グリープの背後に出現した巨大な黒門が、部屋に残っていた炎をすべて吸い込んだ。
「ろくでもない神だと思うことはある。理不尽だと思うことも多々ある。だが……」
詠唱者の痛みを引き金に発動されるスペル<フィードバック…→『悪夢』>。
その効果によって、門を蹴り開けるのは――
「少なくとも、今はまだ、俺は……この
歯ぎしりの音が聞こえるほどに歯を食いしばったジェレインの瞳には、山羊頭の巨大な死神が映っていた。
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