EX-.ユーレイとわたしあの人……


 託宣科本部のみならずバベルの塔本部にまで及んだジェレイン・ラミソール反乱の火の手。それ自体はバベル所属魔導士たちの手によって鎮火されたものの、戦場となった塔は半壊。その修復に魔導士たちはてんやわんやの大騒ぎ。

 しかも、それ以前の問題として。首謀者ジェレインは牢にぶち込んで処分検討中とはいえ、一度は撃退に成功したとはいえ、ザイナーズとルーコントの二国がいまだに先攻ワンターンキルデッキを所有しているのは変わらない。

 半年後にはキーカードのいずれかが禁呪指定されるだろうという読みがカードゲーマーたちから出てはいるものの、その半年が峠である。防衛線の構築、すなわちワンキル徹底対策デッキの作成は何よりも優先される急務。

 そしてその役は当然、実際に敵機【コンセプター】を撃退したカラセルがメインで担うこととなる。


 国防とカード流通の役割を一手に引き受ける託宣科、そこが敵国と通じていたという大失態に人材は一掃され、といっても代わりがすぐに見つかるわけでもなく、のんびり組織再編と行く余裕があるわけでもない現状。

 このまま、なあなあでおれが新託宣科のトップに居座る展開、わりと真面目にあるんじゃねえかな――というのは、なんとなく対策メタデッキ構築の任を命じられたまま、気づくと数週間経っていることに気づいたカラセルの言葉。

 いやいや今回私も結構頑張ったと思うしね、栄転だってあり得ないわけじゃないかも――というのは、ひそかに野心を燃やしているハクローの言葉。

 なんというか、もう、本当に、本当に雑ですよねこの国は――と、ため息交じりにこぼしたのは、ユーレイ。


 そんなわけで、【コンセプター】との激闘からしばらく時間が経った後の話である。



「祝勝会! ……と、言ってしまうには、時間が経ちすぎた気もしますが。まあいいや、騒いでも許されるくらいの活躍はしただろ」


 肩の凝る正装でお上品な店にお呼ばれするのはもうこりごりなんだ、というカラセルの要望があって、その会場はいつも通りの【グッドスタッフが人生の近道】。

 実際のところ【コンセプター】との決闘後は国中上を下への大騒ぎなので、本人の言うように豪勢なパーティに招かれて賞賛されたりとか、そういったイベントはほとんどないのだが。

 こんな居酒屋とは縁遠い、お嬢様育ちのユーレイのほうも「わたしもいい加減道に迷わなくなりましたね」などと心もち満足げにオレンジジュースを飲んでいるので、問題はないものとされている。 

 ……が。

 道に迷うこともなく、途中で変態に絡まれることもなく、無事この店までたどり着くことができるようになったユーレイは。

 どういうわけだか今この瞬間、不意に、何かとても嫌なことを思い出しでもしたかのように、その額にしわを寄せた。


「……どしたの、お嬢」

「……いえ。……手紙が届きまして」

「手紙……。手紙?」


 持ち上げたジョッキをごとりと置き直すカラセルに、ユーレイは手紙の内容を読み上げる。

 数日前に届いた手紙。両親を卒倒させ、ユーレイに目まいを引き起こさせたその強烈な文面は、そう何度も読み返したわけでもないというのにすらすらと暗唱できた。

 雑に雑を極めたような汚い字で、そこに書かれていたのは――


『早いとこ帰ろうかなとはおれも思ったんだけど、考えてみれば、ハイランドの外に出てきたこの機会を逃す手もないなと思うので……もう少し、いろんな国のカードを見て回ろうと思います。なんで帰りはもーちょい遅くなるっていうか、いつ帰るか未定っていうか、帰るかどうかもわかんないけど、まあ、ご了承ください』


 ――byボーレイ・ローゼスト、と。ユーレイは棒読みで言い終えた。


「……ザイナーズのほうで捕らえたというような言い方をしていましたから。今ごろどうなっているのかと、毎日、毎日、気を揉んでいましたのに……」

「自力で……逃げたわけね」


 カラセルは苦笑を押し殺しながら答えた。

 どんな手を使ったのかは不明だが、手紙は出せる程度にはたくましく、そして堂々と開き直る程度には厚かましく、異国の地で生きている。元気そうで何よりじゃんと茶化すカラセルに、元気すぎるのも困りますと返して――

 兄は、いつまでも憧れの兄だ。でも、憧れであると同時に、


「……どうしようもない兄ですよ」


 本気で憎々しげに唇をひん曲げるユーレイを見て、重症だなとカラセルはまた笑った。

 笑い事じゃありませんと告げて、ユーレイはぶつぶつと続ける。


「お母様など卒倒してしまいました。おかげで切り出すタイミングがなかなか掴めなくなってしまって」

「はー。切り出すって何の話?」

「これです」


 胸ポケットから取り出したカードを、テーブルの上にそっと置く。

 カード名は、<録音ロック・オン>。

 なにこれと口を挟ませることすらなく、ユーレイは素早く指を鳴らした。




『この決闘が終わったら、おれと結婚してほしいんだ』




『この決闘が終わったら、おれと結婚してほしいんだ』

『この決闘が終わったら、おれと結婚してほしいんだ』

『この決闘が終わったら、おれと結婚してほしいんだ』


「……」

「……」


 淡々とリフレインされるそのフレーズに――

 カラセルは静かに指を組むと、肩を震わせて笑い始めた。


「【シルバー・バレット】に残っていた録音データを回収しておきました」

「っくく、やるようになったよねお嬢も。笑いのセンスが磨かれてきた感じ」

「教育のたまものと言いましょうか」

「違いない」


 談笑しつつも、カラセルはそっと机上の<録音>に手を伸ばし、

 それよりも早く、さりげなく伸ばされたユーレイの手が、そのカードを掠めとる。


「……」

「……」


 しばしの沈黙があったのち。


「ところでお嬢。おれ今回お嬢の上司さんは招待してないつもりだったんだけど」

「ハクローさんにはハクローさんで予定があると聞いていますが……。それが何か?」

「いや、うん、おれも呼んではないはずだと思うんだけど。でもさ、あそこで裸踊りしてんのっておれの幻覚じゃなきゃどう考えてもあの人だよなって」

「えっ」


 指さす先をとっさに振り返ったユーレイの一瞬の隙を突いて。

 その手から<録音>のカードを奪い取り、カラセルは小さく肩をすくめる。


「……いないじゃないですか。ありえそうな冗談はやめてくださいよ、悪質です」


 そしてほっと胸をなでおろしたユーレイは胸ポケットから二枚目の<録音>を取り出した。


「……」

「……」



『この決闘が終わったら、おれと結婚してほしいんだ』

『帰れたら結婚するって約束してくれ』

『ローゼストの姓をおまえにやるって言ってくれ!』



「……」

「……」


 しばしの沈黙があったのち。


「ま、終わってみれば笑い話だ。実際、ほら、わかるだろ? わかっただろ? これが別にそういう意味じゃなくて――」

「そういうわけですので、しばらく時間をいただくことにはなるかと思いますが。落ち着き次第、あなたにも挨拶に顔を出してもらえればと」

「待って」

「うふふ」

「うふふじゃない」

「ふふふふふ……」

「うふふじゃないんだよだから。いや。いや、ほんとちょっと待って」


 ――あの兄にしてこの妹というか、あの兄のせいでこの妹というか。兄というか、周囲の環境というか。

 ユーレイはそこそこ負けず嫌いな性格をしている。というよりかは、根が素直なのもあって、打てば打ったぶん響く性格をしている。

 周囲の奇人どもにさんざっぱら好き放題言われてきた彼女は、一度爆発してしまうと、それまでの鬱憤を晴らすかのごとく、まったく引っ込みがつかなくなる。 

 この行為も、つまりこれまでやられてきたことへの反逆ではあるのだが、にしたっておそらく彼女はもう引っ込まない。

 この微笑みはそういう笑みだと、カードゲーマーの直感で感じ取り――対ユーレイにおいてこのとき初めて、カラセルは額に冷や汗を浮かべた。





 じりじりと火花を散らす二人の様子を、遠巻きに眺めていたカウンター席で。


「……見込み違いだったかもなー、やっぱ」

「何が」

「いや、最初見たときは向いてないと思ったんだけど……」


 レマイズがそう一人ごちる横で、グリープは黙々とグラスに口をつけている。


「あれで意外と……なんていうの? ノリがこっち寄り? だよね、あの子」

「当たり前だろう。あの人の妹だ」

「妹? ……あー、あの、なんだっけ。すごいワンキル作った人。……あんたもその話聞いてたんだ?」

「聞いてたも何も。見ていれば気づく」


 そう短く言い捨てて、グラスの中身を一息に煽る。

 ふーん、と一度は流しそうになって、けれどしばらくして、違和感に気づいた。


「ん、……え? 気づく?」

「……最初はわからなかったがな。髪の色が正反対だ」

「気づく、ってそれ、あの……え? 会ったことあんの? その人と?」

「何度も見ていれば、さすがにわかる……。……よく似ているよ、あの人と」

「ちょっと待って、どういうこと……おい。おいこら! グリープ! 寝るな! おい……」




 *  *  *



 ――それは、遠い日の記憶。

 今より十年ほど昔の【グッドスタッフが人生の近道】店内、カウンター席に腰かけているのは、大きなビールジョッキがとても似合わない、銀髪の少年。

 そして、風のようにドアを蹴り開けて走り込んできた、もう一人の少年の姿。銀髪よりもさらに幼い風貌。


「おい。――おい、こら!」

「ん……? おお、カラセルじゃん。どう? 少しはまともなデッキ組めた?」

「デッキ以前の問題だよ!!」


 小さな少年は自分の頭、もとい髪の毛を指さして憤慨する。

 元は深い紺色であったはずのその髪色には、今ではなぜかところどころに、白い色が混じっていた。

 紺のウィッグと白のウィッグを重ねて振ったらなんか混ざった、とでも言わねば説明できないような、普通に染めてもこうはなるまいという不思議な色合いである。


「イカしたセンスしてるよねー。おれはあんまり好きじゃないけど」

「あんたこれ誰のせいだと思ってんだ」


 目の前の銀髪のせいである。

 事の始まりは数日前。銀髪の少年は『おまえを男前にしてやろう』と少年カラセルに何の意味も断りもなく魔法をかけ、その髪を銀色に染め上げた。


「戻らねえんだよいつまで経っても。あんたこれどうしてくれんだよ!?」


 全面くまなく銀色であった当初のことを思えば、これでもだいぶ戻ったほうではあるが。ここから先に進む気配がない。どころか銀が白にすらなった。


「あれ? おれが染めるときに使ったやつなんだけどな……。……あれかな? 自分に撃つのと他人に撃つのとで勝手違ってくるやつ」

「なんで、なんでそれ、あんたなんでそういうの他人に撃ってから気づくんだよ?」


 昨日今日からの付き合いというわけでもなく、これが初めてのやらかしというわけでもない。

 少年カラセルはただただ『クソ野郎』の一言だけを呟いてがくりと膝を折った。 


「この野郎……ほんと親の顔が見てみてーよクソ……」

「どこでそういう言葉覚えてくんの?」


 自分も大して変わらない歳だろうに、銀髪の少年は嘆息する。


「おれの親なんか見てもしょーがねえって。まだ妹の顔見たほうがマシだな」

「……あんた妹いたの?」

「いるとも。かわいいかわいい妹が」


 昨日今日からの付き合いではない割に初めて知った情報、誇らしげに胸を張る銀髪に、少年は渋い顔をした。


「……かわいいっつってもな、これと似てるわけだからな……」

「そこは別に心配しなくていい。おれとあいつは違う人間、ぶっちゃけおれらはそんなに似てない」

「安心していい?」

「ばっちり安心しろ。あ、でもおれの妹なのは間違いないからね。ちゃんと敬意をもって接しろ。おれに接するときと同じように」

「この髪戻してからほざけよクソ野郎」

「無理」

「クソ野郎」



 *  *  *






 ――初めて会ったあの日から。


 こいつがあの妹かとカラセルは一発で気づいていたのだが、ユーレイはそのことを知らない。


 どことなく兄と似ていて、でも兄とはすこし違う距離感に、

 言語化できない複雑な感情をユーレイは抱き続けているのだが、

 カラセルは、そのことを知らない。
















       魔導巨兵T.C.G.    

         FIN

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