4-2.『決別』―②


 鞭を打たれた馬のように【シルバー・バレット】は駆けだした。一触即発の危険物と化したアメンボから、一目散に距離をとる。

 ここからは相手の一挙一動がこちらの死に直結する魔境。滅びを刻むチェスクロックに、どれだけ触れるかが鍵となる。


「――カラセルさん!」ゆえに、見たいと望むのは当然。

 カラセルは振り返りもしなかった。

「不運なことに。……運が良すぎる」


 カードを手にした腕だけを伸ばし、後ろのユーレイに手札を見せる。<クラッシュ・オープン>、<孤独と奮戦の証>、そして――<虹のリヴァイアサン>。

 三〇枚中二九枚がスペルで埋められたカラセルのデッキに、ただ一枚だけ入れられた切り札。見事に初手で引き当てたはいいが――敵に先攻を渡してしまったこの一ターン目において、その切り札は何の役にも立たない。


「それでは――わたくしのターンです」


 【コンセプター】の手番灯が深緑色の光を放つ。

 それを見たカラセルは、即座に目の前のモニターを殴りつけた。


「ライフ一点を支払って――クイックキャスト! 通常スペル、<クラッシュ・オープン>を発動!」


 魔力の強制解放――すなわち、ライフ一点と引き換えに、相手ターン中にスペルを発動する技法――クイックキャスト。残りライフ二十→十九。

 消灯していたはずの【シルバー・バレット】の手番灯が強烈な銀光を放ち、爆発した太陽を思わせる炎と熱気を銀巨人が纏う。


「デッキからカードを三枚選んで抜き出し、それを相手に見せる。この中から一枚だけを選んでおれの手札に加え、残りの二枚は破壊する!」

「ただし、その一枚を選ぶのはわたくしです」<クラッシュ・オープン>の効果処理、開始。

 見せたカードは<ディスペリング・ストーム><名指しの出禁措置><収束錬成術>の三枚。このうち、

「スペルを無効にして破壊する<ディスペリング・ストーム>、カード一枚を無力化する<出禁措置>。それらを通すはずがない!」


 ワンターンキルへの対策となりうる前者二枚は当然のようにスルーされ、結果、手札に加わったのは<収束錬成術>である。ユーレイは下唇を噛んだ。

 三枚見せた中から一枚選んで手に入れるというその特性、かつ『同じカードは三枚までデッキに入れられる』というルール。

 つまり、『三枚とも同じカードを見せれば確定で入手することができる』という性質が<クラッシュ・オープン>にはあるのだが――


「道化師の悲しき定めとでも言いましょう。あなたにはそれが限界です。あなたのその曲芸じみたデッキでは、どうしたって三分の一が限度!」


 ――カラセルは、同じカードを二枚以上デッキに入れることがない。

 【シルバー・バレット】の纏った炎はふっつりと消え失せてしまい、改めて、ユカグラのターンが始まる。 


「手札の<マテリアル・スクイッド>を召喚しその効果を発動。一ターンに一度、手札または墓地から<マテリアル>ファミリア一体を召喚できる……」


 水面から飛び出す平べったい体の白いイカ。その能力によって手札から追加召喚されるのは、もちろん――<マテリアル・マンタレイ>。

 なにひとつ猶予を与えずに、ユカグラの場には<マテリアル・マンタレイ>を含む二体の下級ファミリアが揃った。それすなわち、コンボ完成の合図。


「場の<スクイッド>と<マンタレイ>。二体の下級ファミリアを破壊することで! デッキから<モザイク・フュージョン・キマイラ>を召喚!」


 そこからはまるきり同じ展開になる。

 <マンタレイ>が墓地に行ったことで手札に加わった<死神労働基準法>で<マンタレイ>の連続蘇生体制を整え、それにより二体目三体目の<キマイラ>をデッキから召喚する。二度の破壊によって<マンタレイ>はさらに<死人の目印><必滅のトライアングル>を手札に集め、この二枚を発動。<必滅のトライアングル>が起動し、またも破壊された<マンタレイ>は、最後のキーカードをデッキから呼び込む――

 海上に直立不動を決め込む【コンセプター】の両肩から、それぞれ一本ずつ――キャノン砲が生えた。


「永続スペル。<嘆きの代償>を発動!」

「――だが!」そこでカラセルが吠える。

「見といて忘れたは許さない。クイックキャスト、<収束錬成術>!」


 【シルバー・バレット】の手番灯が今一度眩く光り輝き、強制解放された銀色の魔力を闘気のごとく纏う。残りライフは十九→十八。


「相手の手札・場に存在するカードと同じ枚数だけ、デッキの上からカードを墓地に送る!」


 コンボ完成時のユカグラの保持カードは、<モザイク・フュージョン・キマイラ><マテリアル・マンタレイ><死神労働基準法><必滅のトライアングル><死人の目印><嘆きの代償>に加えて手札が一枚の合計七枚。

 カラセルのデッキから墓地に送られた七枚は――<ボトムアップ・フリーズ><トリコロール・バースト><強欲の帳尻合わせ><一点探査!><呪文洗浄><ライトニングボルト><溺れる者の藁の砦>。

 七枚分デッキを掘り進めたこの効果もそうだが、<収束錬成術>の本領はここから始まる後半効果にある。


「そして! 墓地に送った七枚の中からスペルを一枚選択し、その効果を<収束錬成術>の効果として使用する。選ぶのは<強欲の帳尻合わせ>!」


 手札から<孤独と奮戦の証>、墓地から<呪文洗浄>をそれぞれデッキの一番下に戻し、カラセルがカードを二枚引く。

 墓地送りとドロー、デッキ回転の潤滑油によって引き込んだのは――<ガラクタ錬金工房>と、<シード・アンド・トリック>の二枚。

 その二枚にちらりと視線をやって、カラセルは鋭い声で叫んだ。


「――行くよお嬢。勝負どころ!」

「は、はい!」

 【シルバー・バレット】右腕周辺の空間がモザイク状に歪み――クイックキャスト。 

「永続スペル、<ガラクタ錬金工房>を発動。その第一の効果は!」


 残りライフ十八→十七、迸る白銀の魔力が虚空から武装を創出する。

 【シルバー・バレット】が生み出したのは、銀の巨人の全身をすっぽりと覆うほどの巨大盾。


「このカードの発動中に、自分相手問わず、場のカードが破壊された場合! 破壊されたのと同じ枚数分、おれはデッキの上からカードを墓地に送る!」

「しかし、その第二の効果が発動されることはない。……ひどく涙ぐましい努力です。応えてあげたくなってしまう」


 ぱちん、とユカグラが指を鳴らした音が魔導通信から聞こえてきたその直後――【コンセプター】の両肩に装備された砲身が、一斉に【シルバー・バレット】のほうを向いた。


「<死人の目印>の効果発動。<マテリアル・マンタレイ>の攻撃力をゼロにすることで、<エンジェル・リング・トークン>を召喚する。そして!」


 <キマイラ><マンタレイ><トークン>、ユカグラの場のファミリアが三体になったことで<必滅のトライアングル>が起動。<キマイラ>を除く二体が破壊され――砲口から白い光が迸る。


「二体が破壊されたことで、<嘆きの代償>の効果発動。二点のダメージをあなたに与える!」

「二体が破壊されたことで、<ガラクタ錬金工房>の効果発動! 二枚のカードをデッキから墓地に送る!」


 永続スペルの同時発動、二門の砲身から同時に放射された極太の魔力光線を【シルバー・バレット】は盾の陰で凌ぐ。

 残りライフ十七→十五。墓地に送られたのは<トップダウン・フレア>と<命題用代用詠唱>。かろうじて防御したとはいっても機体へのダメージは大きく、コクピット内部を襲った衝撃にユーレイはその場で尻餅をついた。

 二体のファミリアが同時に破壊されたことで、<死神労働基準法>の効果が発動。<マテリアル・マンタレイ>が墓地から蘇り、それを対象に発動した<死人の目印>がトークンを生成。

 ――<必滅のトライアングル>、起動。


「<嘆きの代償>の効果を発動!」

「<ガラクタ錬金工房>の効果!」くりかえし。

 <ID-ビジュアライズ・ボム>と<スクラップ・ディテクター>の二枚が墓地に落ち二点ダメージ、残りライフは十五→十三。

 さらに勢いを増す砲撃を【シルバー・バレット】は大盾で受け止めたものの、ループコンボはすでに完成している。


「<ガラクタ錬金>……っ!」

「<嘆きの代償>!」


 ただ受け止めているだけでは、この攻撃は無限に続くのだ。

 またも蘇った<マンタレイ>と<トークン>を<必滅のトライアングル>で破壊して二点のダメージ。残りライフは十三→十一、頼みの盾にも亀裂が走る。

 【シルバー・バレット】内部のモニターは白雷にホワイトアウトしてしまっており、それとは対照的にコクピット内部では赤色のランプが点滅を繰り返していた。残存魔力ライフは半分を割りかけており、度重なるダメージにアラートが鳴り響く。

 だが、<ガラクタ錬金工房>で墓地に落ちた二枚のカード。一枚目のカードは<走馬灯>、そして二枚目に落ちたのは――<溺れる者の借りる猫の手>。

 カラセルは最後の手札を切った。


「……タネも、仕掛けも、ありはしない!! クイックキャスト、<シード・アンド・トリック>!」


 残りライフ十一→十、ついに半分までたどり着いてしまったライフポイントを見て、今さらのようにユーレイは震えた。これが先攻一ターン目であることに。

 立ち向かうカラセルの後ろ姿も、その怒号も。震えるユーレイからはとても頼りないものに見えてしょうがなかった。


「自分の墓地の一番上に存在するカードを手札に加え、それと引き換えに手札のカードを一枚墓地に送る。つまり! 現在! 墓地の一番上にある<溺れる者の借りる猫の手>と、手札の<虹のリヴァイアサン>を入れ替えて――生き延びる!」


 <溺れる者の借りる猫の手>。それは、発動後このターン受けるダメージをすべてゼロにするスペル。

 唯一無二の切り札<虹のリヴァイアサン>を手札コストに使ってまでも。このターンを生き残る防御カードを、カラセルは手元に呼び寄せた。


「クイック、キャスト……スペル発動! <溺れる者の借りる猫の手>! このターンおれが受けるダメージを――」

「――ええ、ええ。本当に、ひどく涙ぐましい努力です」


 残りライフ十→九。崩れかけた盾の裏側で、【シルバー・バレット】は今一度その胸から銀光を迸らせる。

 全身をすっぽりと覆う、球状のバリアを展開。それによって敵の砲撃から身を守ろうとする、そんな光景を――ユカグラは、嘲笑った。


「<ガラクタ錬金工房>によって大量のカードをデッキから墓地に送り、墓地回収もしくはコピー系のカードで拾う選択肢を増やす。そうすることで、ワンターンキル阻止の妨害カードを手に入れる確率を少しでも上げようとしている。……涙ぐましい。残飯を漁る乞食のような努力です」


 それもそのはず。今回、ワンターンキルコンボは<マテリアル・スクイッド>と<マテリアル・マンタレイ>の二枚から開始した。そしてこのゲームの初期手札は三枚。つまり、ユカグラにはまだ一枚、コンボに使用しなかった手札が残っている。

 コンボ成立に必要なカードがわずか二枚で済むのなら、残りのスペースには当然、敵の妨害札を踏みつぶすためのカード――スペルへの対策札を投入するのが、自然な心理というもので。


「<溺れる者の借りる猫の手>に対して、スペル発動。<ディスペリング・ストーム>――発動中のスペル一枚を無効にして破壊する」

「――そんな!?」


 【シルバー・バレット】が展開した防壁は、【コンセプター】の生成したライフルの一射でいとも容易く砕け散る。


「……<猫の手>が無効にして『破壊』された。<ガラクタ錬金工房>の効果、場のカードが一枚破壊されるたびに一枚デッキを墓地に送る」


 淡々と<スプリング・トラップ>を墓地に送るカラセルの声は平坦で、その顔に表情はない。

 ユーレイは絶望的な気分になった。


「――さて。どんな気分です?」


 くつくつと忍び笑いを漏らすユカグラの声を、カラセルは手ぶらで聞いている。 


「<虹のリヴァイアサン>。<ID-ビジュアライズ・ボム>。あなたの切り札は二枚とも、まともに使うことすらできず墓地に送られて……手札はゼロ。場には、何の役にも立たない<ガラクタ錬金工房>が残るだけ!」


 手札・デッキ・墓地のすべてをフルに活用し、幾度となくクイックキャストで身を切ってきた。『初手の三枚に妨害札を引けなければ負け』という運勝負。その運勝負の運の比率を可能な限り下げるべく、縦横無尽のスペルさばきで、なんとしてでも対策カードを引き当てようと奮闘した。

 それでも止めることができなかった。

 先攻ワンターンキルを成し遂げるコンボは既に成立してしまい、こちらの手札にはもうカードがない。これ以上、何をすることもできない――

 <マンタレイ>と<トークン>の二体が<必滅のトライアングル>に破壊される。


「<嘆きの代償>の効果発動。二点のダメージを相手に与える!」


 場に残っていた<ガラクタ錬金工房>が二枚のカードを墓地に送るが、もはやそんな行為に意味はなく。三度、【コンセプター】は両肩のキャノンから白い魔力光を迸らせる。

 神の裁きを思わせるほどに強烈な一撃が砲口から放たれ――それでも、ユーレイは懸命に機体を操作して、必死に盾を突き出す。

 押し寄せる魔力の奔流を受け止めた盾は二秒ともたず砕け散った。

 それで直撃を避けられなくなった【シルバー・バレット】は、一瞬のうちに遥か後方の水平線まで吹き飛ばされて――滅茶苦茶に揺れるコクピット内部、なすすべもなく壁と天井と床とを跳ね回ったユーレイは、どこかに強く頭をぶつけて一瞬意識を手放した。


「――え。え? あ、ちょっ……お嬢? お嬢!? おい!」


 操縦者の片割れ、機動全般を担当するユーレイが沈黙したことによって【シルバー・バレット】は機能の大部分を停止。機体に行き渡っていた魔力も途切れ、銀の巨人はその重量に従って海中深くへと沈んでいき――残りライフ、九→七。

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