4.己の神を殺せ
4-1.『決別』―①
天を衝き、雲の上へと消えていく巨大な塔――そのあちこちから黒煙やら爆炎やら、これでもかというほど火の手が上がっている。
謀反人の手はバベルの塔本部にまで及んでいるようで、コクピット内のユーレイは言い知れぬ焦燥感に身悶えする。けれど自分たちには使命がある。こうしている間にも【コンセプター】はここグランピアンに接近中なのだ。速やかに迎撃へ向かわねばならない。
「ちょっと待ったお嬢! 一回おれの家寄って!」
「――はい!?」
古代文明の超兵器、国防の要である魔導巨兵【シルバー・バレット】は木造二階建てアパートを踏みつぶさんばかりに着地した。
一旦降りて自室に戻ったカラセル、非常事態も非常事態のこのときにこの人は何を言っているのですかとユーレイはその場で跳ねまわり、その際【シルバー・バレット】の直感操作法が仇となってユーレイの意思を反映した二十メートル超の銀巨人はアパートの真ん前で地団太を踏み始めた。何事かと飛び出してきた近隣住民は燃えるバベルと暴れる巨兵を見てこの世の終わりが始まったことを直感、泣き叫びながらどこかへ逃げ出し、青い顔をしてすみませんこれは違うんですと弁明するユーレイに応えて【シルバー・バレット】は透明化呪文を発動、ご近所の目から逃れる術を得て一安心かと思いきや今度は部屋から出てきたカラセルが【シルバー・バレット】を完全に見失いまさか置いていかれたのかとこの世の終わりのような顔をした。
速やかに迎撃へ向かわねばならない。
レーダーの索敵範囲を拡大、発見した【コンセプター】の反応めがけてユーレイはブースターを噴かす。急いでくださいと巨兵に祈る傍ら、コクピットのカラセルに視線をやる。
自宅から持ち出したカードを使って、カラセルはデッキの調整に取り掛かっている。
「……あれの何がヤバいってさ、<マテリアル・サンフィッシュ>の一枚しか使ってないんだよ。手札一枚から始動できるワンキル。挙句、<サンフィッシュ>は<マテリアル>の1/1だから、<極道入稿>とか<召集令状>とか、サーチの手段も豊富にある」
集中の邪魔になりはしないかとユーレイは黙って見ていたが、この男はあれこれ話しながら手を進めるタイプのようだった。
「でなくても、正味の成立条件は『<マンタレイ>込みで二体の下級ファミリアが場に並ぶこと』なわけだから。始動ルートはいくらでも作れる。応用が利く。成功率八割もそこまでハッタリじゃあないかもなー……」
「妨害することはできないのですか? 相手の先攻一ターン目といっても、クイックキャストで手札のスペルを発動することはできるはずです。それで……」
「そりゃまあそれしかないんだけどさ、このゲーム初期手札が三枚なんですよ」
カラセルは深々とため息を吐いた。
「初手三枚にコンボ止めきる妨害札引いてなきゃ負け確ってのは、まあ、だいぶ厳しいね」
そんなゲームは、もはやゲームとして成立していないのではないか。
シビアな状況であることは計算するまでもなく理解できて、その状況を作り出したのが自分の兄であることに、ユーレイはただ黙るしかない。
そんな思いを知ってか知らずか、デッキのカードを数枚取り替えながら、カラセルが独り言のように――
「ほんとにすごい人だよ。お兄さん」
そうこぼしたときにはもう、モニターに映るのは水平線。
「……ええ」
海上を滑る【シルバー・バレット】。もともと一人乗りが想定されているのであろうそのコクピットに、ユーレイが座る席はない。
カラセルが座っているシートの後ろ、通路と呼んでいいのかも微妙な、半端なスペースにユーレイは立っている。
「神のような――兄でした」
背後で彼女が呟いたその言葉に、カラセルが何か言う暇もなく。
レーダーに敵反応が出現すると同時――遠くの海面で、勢いよく水柱が立ち上った。
以前と違うのは時間帯。夜の海に溶けるようだった【コンセプター】の青黒い色は、晴天の下へ出ると周囲の明るい色から非常に浮く。四脚という異形の肢体も相まって、そこだけ空間を歪ませているような、異界からこの世界へとやって来た使者のようにユーレイには見えた。
「靴と素足と。どちらが好みです?」
「開口一番意味不明。死んでやり直したほうがいいですね」
「今すぐ【シルバー・バレット】を降りてわたくしの足を舐めるというなら、あなた方の命については見逃してやると言っています」
「今そんなセリフ吐いちゃうと、負けて逃げ帰るときがつらくないですか?」
「負けて。逃げ帰る。わたくしが。うふふ、涙ぐましい強がりですこと」
カラセルとユカグラの会話はこれまでも常時一歩でも引いたほうが負けの煽り合いチキンレースじみた様相を呈していたが、事ここに至ってはその煽りもむなしく空回るだけに聞こえてしまう。
――鼓膜を突き刺すような甲高い音に、ユーレイはとっさに耳を塞いだ。
【シルバー・バレット】と【コンセプター】をそれぞれ中心として、幾重もの波紋が海面に立つ。二機の魔導巨兵が同じ場所に居合わせたことによる共振反応、デュエルモードへの移行――
調整を済ませた三十枚のデッキをカラセルはその手に握り、しばしの沈黙を挟んだのち、覚悟を決めて【シルバー・バレット】の
おそらくはまったく同じタイミングで、向こうも同じことをしている。ただし、【コンセプター】の
天才ボーレイ・ローゼストの作った、先攻ワンターンキルデッキ。相手に何もさせることなく、開始一ターン目でゲームを終わらせる。カードゲームの枠の中で生み出されておきながら、カードゲームそのものを否定するところまで育った――最強最悪のデッキ。
銀の巨人と藍のアメンボ、両機の胸の手番灯から同時に光が消えていく。
ユーレイには密かに期待していることがあった。こちらが先攻を取ることだ。
無論、漫然と先攻を取っただけでは先攻ワンキルが後攻ワンキルになるだけだが、しかしこちらの先攻一ターン目、その一ターンについては安全が保障される。後攻ではクイックキャストの妨害に望みを託すしかないが、先攻ならファミリアの召喚が可能。布陣を敷いて迎え撃つことができる。
期待というより祈りと呼ぶのが正確だが、とにかくユーレイはその可能性に賭けていた。
が、先攻後攻を決めるのは純然たる五分五分の確率。完全にランダムで選ばれる以上――
「わたくしの、先攻のようですわね?」
取れないものは、取れない。
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