3-6.神への反逆/side:嘆く人


「自作のリストを差し出して彼は言った。これらのカードを密輸することはできないかと。当然、難しいと答えた」


 カードとは兵器だ。国の行く末を決める決闘で用いられる兵器。自国固有の兵器をむざむざ敵国に流す国などない。


「それからほとんど間がなかった。翌日だよ、翌日。翌日、彼は単身ザイナーズへ飛んだ。ならば自分で集めてくるとね」

『この戦時中、ああも堂々とした不法入国を許すはずはない。彼の身柄はザイナーズのほうで確保させていただきました。……取り押さえるのに死ぬほど骨を折りましたけど』


 愉快そうに忍び笑いを漏らしながら語るジェレインに、隣のユカグラが眉間を押さえる。相当暴れたらしいことが伺えた。


「ボーレイを捕らえたザイナーズ首脳陣は、彼のデッキレシピを入手した。先攻一ターン目で決闘を終わらせる、究極のコンボを搭載したデッキ。これが実現すれば戦争は終わる。だが、そのレシピを現実のものとするには……ハイランド、ザイナーズ、ルーコント。三国のカードが必要だった」

『なにせ、我々には時間がなかった。これだけ強力なコンボです、いつ魔導巨兵がキーカードに禁呪指定を施すかわからない。初動でもたつけば、それっきり実戦投入の機会もないまま……このデッキは、夢と消えるかもしれない。会議の時間は永遠のようでした』


 その記憶を既に過去のものとして、ユカグラは言葉を続ける。 


『水面下で事を進める時間はない。最終的に、我がザイナーズは……互いに同じ兵器を握り合うという落としどころを見つけました』

「先攻ワンキル実現に必要なカードを、お互いに提供し合う。二国はそう密約を交わした」

「算数苦手な人ですか?」カラセルが鋭く口を挟んだ。「それともおつむが緩い人かな。『三国のカードが要る』ってさっき言ったばっかなのにねえ」

『【シルバー・バレット】製のカードについては、そちらにいらっしゃるジェレイン氏から融通していただきました』


 隠す気もない舌打ちの音。カラセルは苦々しげな顔をする。


「……ザイナーズとルーコントは密約を交わしたとのことですが。ハイランドのカードが必要というなら、その輪の中にハイランドも入ることは可能だったはずです」

「そうだよねー、お兄さんとっ捕まってるぶん立場はちょい情けないけど。二国同盟を三国同盟にして、一緒に勝ち馬に乗るのも無理じゃなかった。って思うよね?」


 ユーレイの疑問をそのまま中継したカラセルに、ジェレインは――


「――君たちは、神を信じるかな」


 ずっと纏っていた水のカーテンを、今、完全に消し去った。



 ユーレイは――ぎょっとした。

 水の壁に遮られているせいで、これまでジェレインの格好には「なんとなく白っぽい服を着ている」程度の印象しか持てなかった。が、


「カードゲームというのはね。神がいなければ成立しないゲームだ」


 それは服ではなくて包帯だった。全身をびっしりと覆う包帯が服のように見えているだけだった。

 そして、ところどころ緩んだ包帯の隙間から見えている地肌は――

 赤黒く、焼けただれている。


「カードを作るのは神だ。ルールを制定するのも神だ。そのルールを『守らねばならないものだ』と、プレイヤーに強制するのも、神だ」


 首から下の大部分が焼けていた。加えて、包帯ににじむ血やら膿やらの水気を含む濁った色、かなり新しい火傷も混ざっているようにユーレイには見えた。


「ゲームをゲームとして成り立たせるには、『絶対』を強いる神が必要だ。ルールを破る無法者を排除する『絶対』の力が必要なんだ」


 ――そんなボロボロの体をさらして。クリスタルの薔薇を背後に背負って。どこか遠くを見るような、焦点の合わない虚ろな瞳で。

 そびえ立つ【シルバー・バレット】を静かに見上げるその姿は――語る内容も相まって、ある種の狂信者のような印象をユーレイに与えた。

 魔導巨兵を神として崇拝する敬虔な信者のように、そのときは、思えた。


「――だからこそ、僕は思った」


 銀の巨人の胸元、コクピットがある位置をぼうっと眺めたまま――ぽつりと、呟く。  



「そんな神なら殺してしまえと」



 水晶の蕾がめきめきと音を立てて開花し始める。

 満開の花びらの中央から、むくりと長い首をもたげる――薔薇のそれに似た鮮紅色の鱗を有する、巨大竜。


「<水晶薔薇の>、<霊竜>……!」


 格納庫全体を揺るがす咆哮。

 怒り狂って吠え猛る竜は、鋭利な牙のずらりと並ぶその大口にめいっぱいの炎を蓄え――自衛のためにユーレイは剣を抜いたが、カラセルは目を剥いてそれを止める。


「命知らずも――」ユーレイの両脇にすっと手を差し入れ、「大概にしようや!」右から左へすとんと移動させた。

 段ボールの仕分け程度の感覚ですとんと持ち上げられたユーレイには悲鳴を上げる暇すらなくて、しかし、それまで自分がいた場所をこの世のものとは思えぬ業炎が通過していったのを目の前で見てしまうと、抗議する意思もすぐに萎んだ。


「腐っても禁呪ですよお嬢さま。強すぎるから禁呪になるんだよ。カードゲーム的な意味でもそうだし、リアル生き死にの意味でもそうだよ」

「……き、禁呪と、言いますと」 

「<水晶薔薇の霊竜>は、もう禁呪指定されてんだ。今の戦力デッキでまともに相手しようって考えんのはおすすめしない」


 水晶の薔薇と薔薇の竜を背後に従えた火傷の男。険しい視線をジェレインにやって、独り言のように説明する。


「強かったからさ、年々、規制が強くなってった。……二枚、一枚って少しずつ減って、<鎖状の牢殻>の一個前の改訂で、ついにゼロ枚になっちゃった」


 対峙する相手プレイヤー。前任のパイロット、自らの先輩にあたる男を前にして。

 カラセルの視線に宿るのは――敵意と、ほんのわずかな敬意。


「三年、ずっと<水晶薔薇の霊竜>デッキで戦ってきたんだ。右に出る者はいないって言われた。でも前の改訂で禁呪になった。もうデッキには入れられない」


 一部はがれた包帯の端から、膿んだ黄色いしずくがしたたり落ちた。


「どれだけ水の魔法を磨いてもコクピットには立ち入れなかった。神の炎はとても熱い」


 ユーレイは不意に思い出した。


 ――最初に禁呪指定がなされたのは、ルーコントの<終極の死闘>だそうだ。

 ――禁呪指定された<終極の死闘>を、【パーミッション】の魔力札格納庫にセットしようとしたパイロットは、

 ――この世のものとは思えぬどす黒い色の炎に包まれて、即座に絶命したらしい。 


「は、は、ははは……。――おまえが作ったカードだろうが!」


 憎悪に目を見開くジェレインに呼応して、彼の使い魔<水晶薔薇の霊竜>も声を限りに吠え猛る。


「魔導巨兵はカードを生み出す。魔導巨兵は強すぎるカードを禁呪として拒絶する。――禁止するくらいならなぜ作った!? おまえが作ったカードだろうが!! なぜ事前にわからなかった!?」


 直立する【シルバー・バレット】の胸部手番灯のあたりをめがけて、<霊竜>は炎のブレスを吐き出した。


「そのカードを愛した者がいると……。そのカードに、すべてを捧げた者がいると! どうして! どうして考えない!!」


 魂が剥がれ落ちるような叫び。魂をぶつけるような攻撃。

 ブレスの直撃は銀の巨人の全身を爆炎に包み――しかし煙が晴れたそのとき、魔導巨兵には傷ひとつない。

 どこから来たのかもわからない、古代文明の超兵器。神にも等しい力を持つ兵器。

 サンドバッグを真面目に殺そうとするような滑稽さがそこにはあった。


「カードゲームは神のゲームだ。カードゲームを続ける限り我々は神の手のひらの上。――禁呪になるほど強いカードだと。あまりに強すぎるカードだと、作る前から気づけないような! 狂った神の手のひらの上だ!!」


 気圧されてしまったユーレイを、そっと自分の背後に回して。

 声を張り上げて叫ぶ前任のパイロットに、カラセルは向かい合う。


「いかに理不尽な仕打ちを受けようと、カードゲームを続ける限り我々は神の檻から出られない。ならば! そんな神なら!! ――壊してしまえ!!」


 ――この男は国を裏切った。自国の機密を敵国に流した。

 けれどその根底にあったのは、自他の利益や、個人への憎悪ではない。


「僕と、僕の愛したカードを拒絶した【シルバー・バレット】を僕は許さない。こんなものは、砕かれてしまえばいい」


 この男はただ神を憎んだ。

 もがき、苦しみ、炎に焼かれ、その果てに自らの神を破壊するための手段として国を売った男の、すべてを吐き出すような叫びだった。


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