3-5.【核兵器】


 水晶の像は閉じた薔薇の蕾のような形をしていて、ジェレインはその前で直立不動の仁王立ちを決めている。

 頬を伝う冷や汗をぬぐって、ユーレイは毅然とした態度で問うた。


「あなたは、過去三年間……【シルバー・バレット】のパイロットとして、この国を守り続けてきた、名誉あるカードゲーマーのはずです。それが、どうして」

「……やってねーとピンと来ないのかな? やっぱ」

「はい?」質問の答えはなぜだか隣のカラセルから返ってきた。

「三年パイロットやってたやつが、なんで今年になって降りたか。そのへんの話、お嬢知らない?」

「なにか事情があるというのは、噂程度に……」

「そ。辞めざるを得ない事情があった」鋭い目をジェレインへと向ける。


 水の暖簾からは、スタッフを握る腕だけが飛び出していて――その杖をひと振りすると、突如空中に水の幕が出現。

 磨き抜かれた鏡のような水のスクリーンに、見覚えのある顔が映る。


『――あら。やっと繋がりましたか』

「……このラインで繋がってたって相当だと思うんだけど。大丈夫かよこの国は」


 雨粒をはじく紫陽花のような、つややかな紫色の髪。猫科の動物を思わせる、細められた黄金色の双眸。ザイナーズ魔導巨兵:【コンセプター】パイロット――ユカグラ。

 ユーレイは状況についていけない。《貿易摩擦》の情報を漏らしていたのが、他ならぬ託宣科の長で――しかも、敵国のパイロットとダイレクトに繋がっていたというのか?


「お久しぶりですお姫様。ぼちぼちハンカチ噛まなくなりました?」

『その節は、どうもお世話になりまして』


 ジェレインに注意を払いつつも煽るだけは煽っておくカラセルに、ユカグラは吐き捨てるように返事をした。が、ユーレイが気にしたのはそこではなく。

 スクリーンに映るユカグラが、体にぴったりと張り付くパイロットスーツ姿であることと。

 彼女が座っている場所が、【シルバー・バレット】のそれとよく似たデザインの――コクピット内に見えること。


「察しの通りだ、ローゼスト妹。まさに今、彼女は【コンセプター】に乗って……一直線に、ハイランドを目指している」

「でもって、俺がここで足止めするからおまえたちは【シルバー・バレット】に乗れない、反撃不能、一方的敗北、みたいな感じの計画ですか?」

『せせこましい発想ですこと。わたくし涙が出てしまいます』


 およよと泣き真似をするユカグラにはゴミを見る目を向けたのみだが。

 ジェレインまでもが低い笑い声を漏らし始めたのを聞いて、さしものカラセルも緊張感を高める。


「冥途の土産とでも言おうかな。これでも、一応のところ、僕はハイランドの国民であるわけだから……」


 もう一度杖をひと振りすると、ユカグラの反対側にもう一枚、水のスクリーンが立ち上る。


「最後の国孝行をしよう」


 ざわざわと揺れる画面に杖の先端を突き付けて、ジェレインは鋭く言い捨てた。


「立てられるのなら立ててみればいい。この災厄への対策を」


 スクリーンに映し出されたのは――

 一面に広がる果てしない砂漠と、そこで対峙する二機の魔導巨兵。





 砂面を舐めるように飛行する赤い鳥――ルーコント所有魔導巨兵:【パーミッション】。相対するは、緑色の巨人。

 【シルバー・バレット】と同じ、人型の魔導巨兵。ただし、ライトグリーンの塗装がなされたその手足は【シルバー・バレット】のそれと比べて二回りは太く、砂の海に足首まで沈む姿は"重量級"という言葉の意味を見る者の魂に刻む。


『宣戦布告もなしに突っかかってくるとはな。舐められたものだ』

「アルタネイト所属魔導巨兵:【エクストラ】! ……何がどうなっているのです!?」


 スピーカーから響く低い声にユーレイは困惑を隠せない。

 地上を支配する五つの国家、魔導巨兵を有する五大国。

 このハイランドという国に、ザイナーズとルーコントの二国が手に手を取って顔を出してきただけでも大概だというのに――四つ目の国、アルタネイトまでが土俵入り。

 【エクストラ】の胸の手番灯は消えていて、つまり、向かい合う二機の魔導巨兵は既にデュエルモードに入っている。

 どうやら、決闘はたった今始まったばかりであるらしく――


『当機の先攻』


 対する【パーミッション】の手番灯は、真紅の輝きを放っていた。


『当機は、手札より下級ファミリアを召喚。《マテリアル・サンフィッシュ》――このカードの召喚に成功した際、当機はデッキから《マテリアル》と名のつくファミリアをさらに一体召喚できる。出でよ、《マテリアル・マンタレイ》!』


 砂の海から飛び出したマンボウとエイの姿を見て、ユーレイは思わず身を乗り出した。


「――《マテリアル》! なぜルーコントがザイナーズ製のカードを使っているのです!?」

「……そんだけじゃ済まない気がするなあ」事実カラセルの懸念は当たっている。


『そして《サンフィッシュ》と《マンタレイ》、場の下級ファミリア二体を破壊することで――デッキより、《モザイク・フュージョン・キマイラ》を召喚!』


「な、あ、っ……!?」もはや言葉も出なかった。


 【エクストラ】を翻弄するようにその周囲をぐるぐると旋回飛行する【パーミッション】――ルーコントのターンはまだ続く。

 《マテリアル・マンタレイ》が墓地に送られたとき、その主はデッキから永続スペルを一枚手札に加える。


『加えたカードをそのまま発動、《死神労働基準法ノーワーク・デスサイス》! 第一の効果を使用――このスペルの発動時、当機は墓地からファミリアを一体選んで復活させる!』


 砂をかき分けて浮上した《マンタレイ》が【エクストラ】に飛びかかり、当然、緑の巨人は蚊でも払うようにエイを打ち払う。

 《モザイク・フュージョン・キマイラ》と、復活した《マテリアル・マンタレイ》。ルーコント側の場には、これで再び下級ファミリアが二体。


『――二体の下級ファミリアを破壊し! デッキから、二枚目の《モザイク・フュージョン・キマイラ》を召喚!』


「え、えっ……?」


 《キマイラ》を素材に《キマイラ》を出すことは可能だとカラセルは言った。それが意味のないことだとも。 

 《キマイラ》は破壊したファミリアと同じ数値攻撃力を上げるカードで、《マンタレイ》1/1と《サンフィッシュ》1/1を破壊した一体目のキマイラの攻撃力は二点あった。が、《キマイラ》が参照するのはファミリアの『元々の攻撃力』。そして《キマイラ》自身の素の攻撃力はゼロ。

 ゆえに攻撃力が累積するようなことはなくて、二体目のこの《キマイラ》の攻撃力は一点しかない。ただ、《マテリアル・マンタレイ》が破壊されたことで、【パーミッション】はさらなる永続スペル《必滅のトライアングル》を手札に加えこそしたものの――

 渦巻く疑問に、すがるような視線をカラセルに向けたユーレイは――ひどく渋い顔をしているカラセルを見て、心をざわつかせる。


『そして、《死神労働基準法ノーワーク・デスサイス》第二の効果を使用! このスペルの発動中、二体以上のファミリアが同時に破壊された場合――その中から一体を選んで、場に復活させることができる。蘇れ、《マテリアル・マンタレイ》!』


 こちらも兄の部屋で見た、ルーコントのエンブレムが刻まれたカード。ハイランド/ザイナーズ/ルーコント、三つの国のカードが入り混じる混沌としたデッキ内容。

「……これは……?」しかし現在ユーレイの注意は盤面にのみ向いている。

 《キマイラ》と、復活した《マンタレイ》。さっきとまるっきり同じ状況が、盤上に再現されている――


『再び! 《キマイラ》と《マンタレイ》の二体を破壊し、三枚目の《モザイク・フュージョン・キマイラ》をデッキから召喚!』


 《マンタレイ》の破壊によって、永続スペル《死人の目印エンジェル・リング》をサーチ。さらに《死神労働基準法》の効果で《マンタレイ》は三度蘇る。

 見たままの戦況をユーレイは口にした。


「これで、《モザイク・フュージョン・キマイラ》は使い果たしたはずですが……」

「……もう手遅れだと思うな」眉をひそめたカラセルの言葉に答えたわけではないだろうが。


『先攻の一ターン目だというのに、ごちゃごちゃとターンの長い男だ。さっさと仕掛けるなりターンを回すなりしたらどうだ』


 【パーミッション】は様子を伺うように砂漠を飛行するだけで、【エクストラ】に近づこうとはしない。もともと機動力では劣る上に、現在非ターンプレイヤーである【エクストラ】はそれを黙って見ているのみ。

 しびれを切らしたような声にも動じることなく、【パーミッション】搭乗者は淡々とプレイを続ける。


『《必滅のトライアングル》《死人の目印エンジェル・リング》――二枚の永続スペルを同時発動。まず一枚目、《必滅のトライアングル》が発動している限り、我々は互いに三体以上のファミリアを使役することはできない』

『で、それがどうしたというのだ』苛立ちが声に現れている。

『当機の場には既にファミリアが二体。仮に、この状態から三体目のファミリアが召喚された場合……当機は、三体のファミリアの中から一体だけを選択し、それ以外の二体を破壊しなくてはならない』


 この状況、【エクストラ】はまだ一体もファミリアを出していない。むしろ展開しているのは【パーミッション】のほうだ。

 自分のファミリア展開をわざわざ縛るようなその戦術の意図がまるで読めず、ユーレイは言いようもない不安に襲われる。


『ゆえに、二枚目の永続スペル《死人の目印エンジェル・リング》の効果を発動。場に存在する、『墓地から召喚されたファミリア』を一体選択し、その攻撃力をゼロにすることで。当機の場に、《エンジェル・リング・トークン》一体を召喚する』


 《マテリアル・マンタレイ》の攻撃力を一からゼロに下げ、それと引き換えにステータス1/1のトークンを一体生み出す。が――


『これで当機が使役するファミリアは三体になった。よって、《モザイク・フュージョン・キマイラ》を除く二体のファミリアは、《必滅のトライアングル》によって破壊される』


 《マンタレイ》と《エンジェル・リング・トークン》の二体が破壊され――二体が、同時に破壊されたことで。


『《死神労働基準法》の効果。《マテリアル・マンタレイ》を墓地から蘇生する!』

「……あっ!」ユーレイが目を見開いた。

 《死人の目印》の効果発動によって、《マンタレイ》の攻撃力は一度ゼロになった。が、その後破壊され、墓地を経由して再び場に戻ってきた《マンタレイ》の攻撃力は――リセットされている。


『四枚目の永続スペル、《嘆きの代償》を発動』


 《マテリアル・マンタレイ》が破壊されたことで手札に加えたそのカード――《嘆きの代償》を発動し。【パーミッション】は、仕上げにかかる。


『《死神労働基準法》によって蘇生された《マンタレイ》を対象に、《死人の目印》を発動。その攻撃力をゼロにして、《エンジェル・リング・トークン》を生成し――三体目のファミリアが召喚されたことで、《必滅のトライアングル》が起動。《マンタレイ》と《トークン》を破壊する。そしてこの破壊によって《死神労働基準法》を起動する!』

「――これは……!?」

「完成、しちゃったね……」


 ①《死神労働基準法》の効果で《マテリアル・マンタレイ》を蘇生、②蘇生した《マンタレイ》を対象に《死人の目印》を発動、《トークン》を召喚。③場のファミリアが三体になったことで、《必滅のトライアングル》で《マンタレイ》と《トークン》の二体は破壊され、①二体のファミリアが同時に死んだため、《死神労働基準法》で《マンタレイ》は蘇る。

 《死人の目印》のトークン生成は、対象にするファミリアが場に存在する限りは何度でも使用可能――三枚の永続スペルによって生み出された無限ループ。

 それ自体では破壊と再生を繰り返すだけの無意味なループ。しかし、このループ・トライアングルに加わった四枚目の永続スペル――


『《嘆きの代償》の効果を使用。このカードの発動中に、当機の場のファミリアが破壊された場合。破壊されたファミリア一体につき一点、相手プレイヤーにダメージを与える』

『――なんだと!?』


 《マンタレイ》と《トークン》の破壊によって、【エクストラ】には二点のダメージ。ライフ二十→十八点、だがそんなことはもう問題にならない。

 地面を這いずるように飛んでいた【パーミッション】が突如高空へ飛翔。

 太陽を背に静止した赤い鳥が胸部のハッチを展開すると同時。内部からせり出してくる――巨大な、大砲。


『《死神労働基準法》の効果で、《マンタレイ》を蘇生。それを対象に《死人の目印》、《エンジェル・リング・トークン》を生成。《必滅のトライアングル》の効果、《マンタレイ》と《トークン》を破壊する』


 破壊と再生を無限回繰り返すループに、破壊が発生するたび相手にダメージを与えるシステムを組み込む。必然、与えるダメージも――無限。

 血のようにどす黒く濁った赤い光が大砲に収束されていき――


『あ……ああ……や、やめろ! やめろ!!』


 今更のように逃げ出そうとした【エクストラ】をあざ笑うかのように。

 砂漠の砂をまるごと消し飛ばすかのような極太の光線がすべてを抉り飛ばし――スクリーンには何も映らなくなった。





 隣に立っているカラセルの腕を、すがりつくようにひしと掴んで。崩れ落ちそうになる自分の体を、ユーレイは必死に支えていた。


「ワン、ターン……キル……」絞り出すような台詞が漏れる。

「【シルバー・バレット】ではダメだった。【シルバー・バレット】"だけ"ではな」


 そんなユーレイを嘲るような声音でジェレインは言ってみせた。


「パイロットに選ばれておきながら、突如として姿を消した。だが逃げたというのは正確ではない。あの男は骨の髄までカードゲーマーだった」


 何かに魅入られたかのような、恍惚とした表情で続ける。 


「抑えきれなくなっただけだ。試してみたいという欲望を」


 カラセルも、ユーレイも、ユカグラも。誰も、口を挟もうとしない。


「諜報活動も託宣科の仕事だ。託宣科には他四国の新カード情報が集まる。当然、【シルバー・バレット】のパイロットを務めることになった者には、その情報も公開するようにしていた。いつか闘うことになるかもしれない相手のカードだからな。だが――ボーレイ・ローゼストは天才だった」


 その独白を、この場の誰も止めることができなかった。



「ボーレイ・ローゼストは完成させてしまった。ハイランド、ザイナーズ、ルーコント……三つの国のカードを組み合わせることによって完成される――先攻ワンターンキルコンボを!」

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