3-2.ゴーストも大概だけどな


「フラゲ情報? ……って、いったら、そりゃ……」

「デモ速……………………だろうな」


 餅は餅屋、蛇の道は蛇。アンダーグラウンドの情報を求めるならアンダーグラウンド、ということでユーレイは再び【グッドスタッフが人生の近道】を訪れていた。

 だいぶ不自然な間を開けたグリープをユーレイはいぶかしげに見やったが、「そいつ今五徹目だから」というレマイズの解説に、そういえばこの方も大概理解不能な人でしたねと認識を固め直す。


「デモ速、というと?」

「会員制のアングラ情報サイトだ……。……新パック収録カードのテキストや、……来期ジャイアント・レギュレーションのフラゲ等……、カードゲーマーにとって、宝の山の、ような、情報が……」

「情報が……?」

「……」そこで寝落ちしたグリープの頭をぺちんと叩いて、レマイズが後を引き取った。

「フラゲ情報をよく載せてる、カードゲームまとめサイトだよ。いろいろ耳が早いから重宝されてる」

「恥ずかしながら、その……『フラゲ情報』? と、いうのが。私には、いまひとつ理解できなくて……」


 首をかしげるお嬢様に「これだから温室育ちは……」とため息。アイスコーヒーのカップにしこたまミルクと砂糖をぶち込んで説明する。


「カードゲーマーっていうのはね、常に情報に飢えてるんだ。新しいカードのテキストは、発売日より一日でも一秒でも早く知りたいし……、何のカードが禁呪になるのか、何のカードの禁止が解除されるのか。そーいう情報ひとつ得るのだって、お国の正式な公布なんかを待ってられる連中じゃない。少しでも早く知りたがる」

「知りたがること自体は、まあ、理解できなくもないです。けれど、そもそもの話……」ありがとうございます、と礼を述べて口をつけ。

「正式な公布を待っていられない、と先ほどおっしゃいましたが。つまり、正式発表より早く情報を入手するということですよね。……どのように?」

「すこし考えれば、わかる」がばりとグリープが顔を上げた。

「虹はな……、あの、赤。外周が。食える。いちご。……いちごな……」寝言。


 デコピンを食らわせても起きない寝太郎に顔をしかめて、やはりレマイズが後を引き継いだ。


「ひとつのパックが発売されるまでの間に、どーいう過程があるのか。すこし考えれば、わかるでしょ」


 魔導巨兵が生成した呪文カードは、託宣科による解析ののちに量産体制へ移行する。魔導工場で大量に刷られた呪文カードは一袋十枚入りのパックに封入され、各地の呪文屋で販売されるようになる――というのが、ひとつのブースターパックが発売されるまでの流れ。という過程は無論一般教養として知っているものの。

 新発売のパックに入っているのが、どんなカードなのか――それを発売前に知る方法など、ユーレイには想像もつかない。 

 託宣科は新カード製造のみならずカード専門情報雑誌の発行といった業務も請け負っており、その雑誌で新カード情報が先行公開されることはある。とはいえあくまで一部だけ、パックの中身など半分わかればいいところ。実際に発売が開始されるまではまったく未知のカードも多い。


「だからね、そこの話をしてんの。工場で働いてるやつらなら刷られるカードが何か知ってるし、呪文屋だって売り物を発売日当日に仕入れるわけじゃない。もちろん、託宣科の連中なら発売前から知ってるよね。なにせ大元、オリジナルに触れる環境があるわけだから」

「――まさか!」

「そりゃまあ、簡単な話じゃないよ。情報漏らしたなんてバレたら即刻クビ切られるだろうけど……」


 末端に行けば行くほど、そうした自制心や監視の目というのは緩くなっていくもので。


「カード専門誌にしてもそうだよ。出版社、印刷所、そのあたりの人間なら本の中身を知ってるしー、早売りしてる本屋だって探せばどっかにあるでしょう」


 そのような連中から漏れた情報をかき集めているのが、<デモンコメット速報>――レマイズはそう話をまとめた。


 異様なほど白い上に甘いアイスコーヒーを一息に飲み干し、ユーレイは席を立つ。


「よくわかりました。――早い話が、そのサイトこそ悪の枢軸!」


 《貿易摩擦》の情報を知り得た人間はそれなりに多いようだが、目立つ的がひとつあるならとりあえずそこを叩いてみよう。



  * * *



 という思考のもと乗り込んだ悪の本拠地をユーレイはなんとか制圧。ハクローに頼んで人員を回してもらい、一晩がかりの家宅捜索である。

 フラゲ情報のバックナンバーは膨大な量が蓄えられていた。しらみつぶしの確認作業、いつの間にか窓の外が明るくなっている。


「ナンセンスはねえよナンセンスは……そのセンスがナンセンスだよ……」

「仕方ないんです、とっさの判断だったんです……。……だいたいですね、あなたがもう少しまともな格好をしてくれていれば……」

「はいはい」


 ぼやき合う二人の声にも覇気がない。

 華麗なる名乗りを決めた直後、どこに潜んでいたのか一斉に襲いかかってきた黒ずくめの男たちをユーレイは抜剣して迎撃。その隙に逃げ出そうとする管理人の姿を視界の端に捉え『ここはお任せします!』と雑魚の相手をカラセルに一任して追走。

 無事に管理人の身柄を確保して戻ってきたところ、カラセルは普通にボコボコにされていた。


『――あなた何しにきたんですか!?』

『だから、おれカードゲーム専門って言ったじゃん! っていうか来いっつったのお嬢だよ!!』


 ぐだぐだの果てに乱戦になった。

 狭く薄暗いオフィスの中を飛んで跳ねての大立ち回り、やはりタコ殴りにされている相方。混沌の中でカラセルは『奥の手』と称してTシャツに刻まれた呪文:《落とし穴》を発動(『その服にそんな呪文が……!?』『じゃなきゃ着ねえよ!』)。雑魚を一網打尽にしたのち、最終的には『俺もカードゲーマーの端くれだ!』とデッキを構えた管理人をカラセルがカードゲームで蹴散らして終結した。

 端的に言って、とても疲れている。

 呪文の発動によってカラセルのシャツはボロボロに破れてしまい、現在彼はユーレイが変装に使っていたスーツを着ている(ジャケットはどこかに消えた)。

 なにか着てくださいと頬を赤らめたのは、ユーレイのほうではあるのだが。 


「……なぜ私の服が着られるのです?」

「ん?」資料から顔を上げたカラセルは、まず自分の二の腕を撫でまわし、次に肩のあたりをつかんで確かめ、それから胸を撫で下ろして「ぴったりだけど」ぴったりだった。

 しばらくの間非常に釈然としない気持ちに囚われたユーレイだが、しかし眠気と疲れで頭が回っていないので、そのまますべてを忘れることにする。

 うずたかく積み上がった資料の山のてっぺんから、一枚を抜き出して――そこに載っていた一枚のカード画像に、ユーレイはふと目を留めた。



《モザイク・フュージョン・キマイラ》/低級ファミリア/ステータス:0/1

 自分の場に存在する低級ファミリア2体を破壊することによって、このカードは手札またはデッキから召喚することができる。

 このカードの攻撃力は、このとき破壊したファミリアの元々の攻撃力を合計した数値となる。



 発表前の情報を扱うサイトといえど、昔のフラゲならそれはもう昔の話である。日付が数か月前なのを見る限り、既に流通済みのカード。


「……あの」

「ん?」何がこんなに引っかかるのだろうと自分でも不思議に思いながら。

「このカード、って……」どれどれ、と指さす先を覗き込むカラセルと顔を寄せ合い、本職カードゲーマーの言葉に耳を傾ける。

「ちょっと前のパックで出たカードだよ。『手札またはデッキから』ってテキストからもわかるよーに、デッキからいきなり出てくんのが特徴」

「デッキから……」無論、おれは使わないんだけど――そう前置いてから。

「相手の場に下級ファミリアが二体揃ったその時点で、そっから何の前触れもなくこいつが出てくる可能性が浮上する」


 つっても、二体のままで殴っても総攻撃力は変わんないし、むしろ耐久力に関しては下がるし――見た目ほど強いカードではない、とカラセルは性能を総括した。


「で、どうでもいい話をすると、こいつ自身も低級ファミリアだから……この《キマイラ》自身を素材にして、二体目の《キマイラ》出したりとかもできる。そうする意味は特にないけど」


 それでこのカードがどうかしたの、という質問にユーレイは答えない。

 何か考え事をしているのはカラセルにも見て取れて、だから彼はひとまず、疲れきったため息とともに前髪をかき上げた。


「しかし妙だよ、お嬢。最近のぶんを一通り漁って、なんか最近じゃないぶんまで一通り漁って……だいたい見たはずだけど。ないぜ、《貿易摩擦》の話」


 <デモンコメット速報>は、《貿易摩擦》の情報を掴んでいなかった。

 この規模のフラゲ情報取り扱いサイトに載っていないとなると、そんじょそこらの一般人が《貿易摩擦》を知ることは不可能だ。

 ザイナーズ側でもなにかしらの諜報活動は行っていたにせよ――そもそもの話、《貿易摩擦》の存在を知っていた人間自体が、ごく一部の狭い範囲に絞られる。


「どうするよ?」

「当てはありません、が……気になることが、ひとつできました」


 漏洩ルートに関しては、まったく思い当たる線がない。

 が、《モザイク・フュージョン・キマイラ》の出どころについては思い出せた。


「私は、そちらを当たってみようかと思っています」

「なるほどねー。んじゃまあこっちもこっちで動くことにしようか」


 後の作業はハクロー直下の部下たちに任せることに決め、オフィスを後にしようとしたユーレイは――

 壁に、一枚のポスターが貼られていることに気がついて、足を止めた。

 暗闇の中では気づけなかった。窓から差し込む朝日によって照らし出されるそのポスターには、一匹の竜が描かれている。


「この竜は……」

「え。……え、お嬢。お嬢、まさか、これ知らない……?」

「……ああ、いえ。知ってはいます」


 薔薇のように華やかな形にあしらわれた水晶の中に、まるで閉じ込められているかのような。

 そんな一匹の竜を描いた絵――《水晶薔薇の霊竜》の絵である。

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