2-13.おかしいこと


「勝った! 勝ちました! ――勝ちましたよ!」

「おう。おう。勝ったよ。勝った。だからねお嬢、ちょっと落ち着いて」

「――はっ」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながらハイタッチを繰り返していたユーレイはそこで我に返り、ぴしりと表情を引き締めなおすと、取り繕うように咳払いをして、それが何か変なところに入ってむせた。

 十五点ダメージの直撃によって胸部は半分抉られて、それにより【コンセプター】の左腕はほとんどちぎれかかっている。露出した内部の配線やら何やらが煙と魔力を吹きながらショートしていた。


「こっから、どうするかなんだよね……」


 が――傷口の肉が盛り上がるかのごとく、【コンセプター】の破損部位は見る見るうちに再生していく。

 膨大な量の魔力を蓄え、きわめて高度な呪文を扱う超兵器――それが、魔導巨兵T.C.G.。破損した部位を自動修復する程度のことは容易い。

 ただし、二機以上の魔導巨兵が同じ場所に存在する場合。魔導巨兵は共振反応を起こしデュエルモードへと移行、その能力は平時と比べて著しく弱体化する。

 デュエルモードに移行した魔導巨兵を、カードゲームによって操縦。それにより敵魔導巨兵を破壊すればデュエルモードは解除され、通常通りのフルスペックで敵国を侵略することができる。

 つまり、カードゲームで負けるというのは、魔導巨兵を失うことを意味する。事実、たった今【シルバー・バレット】は【コンセプター】を破壊した。


「……これほどまでに盛り上がらない余興をお見せしてしまうとは。わたくしとしたことが、不覚をとりました」


 ただし、デュエルモード中の弱体化した魔導巨兵でも――一度だけなら、平時通りの再生能力を発揮することができる。

 半壊状態にあったはずの【コンセプター】は、台詞から数秒も経たないうちに、元通りの姿へと修復された。

 カラセルの座るシートにしがみつき、ユーレイはごくりと息を呑む。モニターの表示を見れば、そこには[ Sideboarding-time ]の文字。

 魔導巨兵同士で行う『正式な』決闘というのは、つまり、二本先取の三回勝負だ。一度だけなら再生できる、ならば二度破壊したほうが勝つ。単純明快な理屈である。

 が、過去十年間のハイランドvsザイナーズの決闘はすべて、『ハイランド側が一勝した』時点でザイナーズが撤退している。

 魔導巨兵を失えば、その国に待つのは侵略の未来のみ。徹底してリスクを避ける方針のザイナーズはストレート勝ち以外の道を捨てており、ハイランド側も必要以上に深追いすることはしていない。

 【シルバー・バレット】のモニターに通信が入った。


『――決闘はどうなった! 勝敗は!?』

「心配せんでも、おれらが勝ちましたよ」水音で声が聞き取りづらい、つまりジェレインからである。

「一本目、取りました。たぶん撤退するパターンだと思うんですけど、どうします? 追えって言われたら追いますよ」


 視線は【コンセプター】を見据えたまま、低い声音でカラセルが問う。

 そこで、何気なくレーダーに目をやったユーレイが、【コンセプター】のものとは別の、謎のもう一点を地図上に発見したのとほぼ同時――

 切羽詰まった様子の叫び声がコクピット内に響き渡った。


『もう一機、別のT.C.G.がその場所に接近している。ルーコント……【パーミッション】だ!』




 光沢あるメタリックレッドのボディ――【パーミッション】には足がない。腰から下は槍のような円錐形になっていて、重力に反発でもするかのように、常に宙に浮いたまま移動する。

 付け加えれば、【パーミッション】の腕部パーツには『手』が存在しない。平べったく伸びたその形状は腕というより翼に近く、鳥のようなその姿は【コンセプター】の四脚の横に並んでもなお異形と呼んで差し支えない。


「おれさあ、政治はよく知らないんだ。だからお嬢に聞きたいんだけど」


 カラセルは特に物怖じするふうでもなかったが、ユーレイは冷や汗が止まらなかった。


こいつパーミッションが、おれらの国の事情に割って入ってきたことって……あったの?」


 三体の魔導巨兵が一堂に会するという異常事態――そんな前例はこれまでにない。

 魔導巨兵の発見からは既に五十年が経っている。が、国の行く末がカードゲームの一試合によって決まるという異常性――どこの国でも同じこと、魔導巨兵の運用というのは嫌でも慎重になるものだ。

 だというのに、この赤い鳥は突如として戦場に姿を現した。


「業務連絡だ。議決がなされた」


 男の声としかユーレイにはわからないが、声の主は淡々と続ける。


「貴国ザイナーズからの申し出を正式に採択することが決まった。その表明に代えて、【コンセプター】の救援に馳せ参じた次第」

「『余計なお世話』と言いたいところですが……、『卓見ですわ』と言葉を変えましょう。そんな報告を持ってこられたとあってはね」


 【シルバー・バレット】には見向きもせずに、二人して意味ありげな言葉を交わす。

 どう出るべきか、静かに状況を読んでいたカラセルが口を挟んだ。


「ずいぶんと仲が良さそうなこと。おれたちも混ぜてほしいなあ」

「我々のどちらにも、この場でこれ以上の決闘を続ける意思はない。貴官がなおも戦闘を望むなら、そのときは二機がかりでの応戦になる」

「『我々』ね。隠そうともしないか」


 舌打ちをするカラセルに構わず、【コンセプター】と【パーミッション】の二機は静かにブースターを点火。


「そう気を落とさずともよろしい、あなたとはいずれまた会うことになる。それも、おそらくはかなり近いうちに。……ああ、それと」


 去り際、最後の最後にユカグラが残していった捨て台詞。それは、カードゲームで自分を負かした好敵手、カラセルに対してのものではなく――


「お兄様の行方を探しているとのことでしたが、それも心配いりません。あなたの兄はいずれ、その名を全世界に轟かせることになる。戦争を終わらせた英雄としてね」


 ――ユーレイに向けられた台詞だった。

 がばりと身を乗り出したユーレイを、カラセルがそっと制止する。

 猛スピードで遠ざかっていく二機の巨兵。歯噛みしながら見送る以外、ユーレイにできることはなかった。



 やがて、十分な距離が離れたことにより、【シルバー・バレット】のデュエルモードは解除。

 ふう、とそれまでの緊張をすべてため息に乗せて吐き出して――カラセルは、腕を組んで首をかしげた。


「ザイナーズと、ルーコント。ザイナーズと、ルーコント……。なんだ? 裏で手組んでた? なんで?」

「……お兄様」


 カラセルが浮かべるハテナマークの数々をユーレイは完全に無視、頭の中は完全に、兄のことで支配されている。

 いずれ全世界に知れわたる。戦争を終わらせた英雄として。

 ――あの女は、兄の何を知っている?

 うんうんとこめかみを押しながら、カラセルは指を一本立てた。


「いろいろわかんねーことばっかりだ。どこから手ぇつけていいかすらわからん。……が、とりあえず、絶対おかしい点がわかりやすくひとつあったよね」

「……そのひとつとは?」

「《貿易摩擦》をピンポイントで言い当ててきたこと。これに関しては絶対におかしい」


 探偵のような語り口に、ユーレイもしばし兄のことを忘れる。


「《貿易摩擦》は最近生成されたばかりの、 まだ一般には出回ってなかったカードだよ。それを名指しで抜いてくるのはどう贔屓目に見たっておかしい」


 一応、【コンセプター】も同じように《貿易摩擦》を生成した可能性はある。それなら《貿易摩擦》の存在を知っていたこと自体は片付くが、しかし――


「だとしてもだよ。仮に【コンセプター】が《貿易摩擦》を生成してたとして、でも、【シルバー・バレット】も《貿易摩擦》を生成してるって保証はどこにもなかったはずじゃない?」

「……たしかに」


 となると、どういうことでしょう――考え込むユーレイに、カラセルは毅然とした声色で告げた。

 向こうもフラゲしてたってことだよ、と。



「フラゲ情報をリークしてたやつがいる。敵国に情報を流してた蛇が」



 そいつ探してどうにかするところからだな、とカラセルは闘いを総括した。



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