2-12.『前哨戦』―⑤
「わたくしのターン、ドロー。《徹夜の作業現場》の効果! デッキから《
再び水を吸い上げる鯨は、《マテリアル・マンタレイ》を糧として――《ブースター・トークン》を一体召喚する。
「《マテリアル・マンタレイ》が墓地に送られたことで、私はデッキから永続スペル:《
霧の中から生成された追加ブースターユニットを、【コンセプター】はその背中に装着する。
全ブースター、一斉点火――
「加えて! 《ブースター・トークン》を破壊することで、私はカードを一枚ドローできる!」
深緑の炎を轟々と噴き出して、四つ足の蜘蛛は鯨の背からほぼ垂直に飛び立った。
ファミリア一体を犠牲にして一枚のカードをドローする、損得ゼロ、使い切りのブースター。たかが一枚引いただけ。
にもかかわらず、その一瞬ユーレイの全身を襲った悪寒の正体。
引いたカードを横目に見て、獲物を前に舌なめずりする蛇のような笑みを浮かべたユカグラの顔が、その一瞬見えた気がしたのは――
「――いい加減、その曲芸じみたデッキにも飽きてきたころですわ」
それは、戦いの場に直接身を投じた者にだけ感じ取れる――直感というもの。
「手札を一枚墓地に送り、ライフを一点支払うことで……通常スペル、《裏面使用》を発動」
残りライフ十五点、捨てたカードは《名指しの出禁措置》二枚目。妨害札を投げ捨てるその姿勢、守りを捨てるということは、というユーレイの思考はその後に続いた効果ですべて吹っ飛ばされた。
「――私は、デッキからカードを五枚ドローする!」
「ごっ、ま……!?」
「あっははは……。ほんとやりたい放題するよねこの女」
「そう心配することはありません。この効果でドローした五枚は、すべて効果が無効化され……カード名は、《
ああそれなら、と安堵の息などつけず。
再び海中に出現する穴、海水を吸い込むブラックホール、
滞空中のアメンボに向けて鯨が魔力の潮を吹き上げる。
「五枚の《印刷用紙》を《夢現の鯨》にセット。 使用する《設計図》は《アームズ》!
【コンセプター】の両肩部が翼のごとくまっすぐ横に伸び――枝に吊り下がる葡萄のように、翼にミサイルランチャーの実が成る。
左右に二機ずつ、プラス胸からも生えるミサイル格納ボックス。《
「さらに付け加えて、永続スペル《
ではない。
「自分の場に同じ名前のファミリアが五体以上存在する場合――それらすべての攻撃力を、二倍にする!」
「……嘘でしょう!?」葡萄の数は倍に増えた。
左右四機ずつプラス胸に二機、広げた翼に蓮の実さながら密集したミサイルを吊るして、天に座す【コンセプター】のその姿は――
「どうです。この、美しいシンメトリー!」
「――逃げるよお嬢!」
「逃げられるとでも?」人を裁くために下りてきた天使のようだと感じたユーレイの眼前で、
ミサイルの雨が降り注ぐ。
【シルバー・バレット】の残りライフはニ十点、しかし敵の総攻撃力は三十点。一人殺してまだお釣りがくる数値。右の大剣で砲火を打ち払いつつ、銀の巨人は跳躍する。
「クイックキャスト――《走馬灯》!」
ライフ一点を犠牲とした相手ターン中の魔力炉強制解放、消灯していた【シルバー・バレット】の手番灯が銀色に輝く。
「残りライフを半分にすることで発動! このゲーム中、互いのプレイヤーが使用した呪文の中から一枚を選択し、その効果をこのカードの効果として発動する――」
巨人の左腕に装着された機関砲の名は――《トリコロール・バースト》。
デッキの上から三枚を墓地に送る。
「――《
「だから潰しに行くんだよ!」カラセルはさらに一点支払い、「クイック《命題用代用詠唱》! これも《トリコロール》をコピーする!」ガトリング増設。
「この二枚で《ランチャー・トークン》二体に三点のダメージを与えて破壊する!」
「――なんのために二枚残したと?」掲げられたのは《マテリアル・スモールフィッシュ》。「三度! 《夢現の鯨》を起動!」
六門の砲身が【コンセプター】の翼めがけて一斉に火を噴くが、瞬時に出現した巨大盾がそのすべてを引き受けて身代わりとなった。
「いかなる攻撃も、《シールド・トークン》二体が盾となって対処。――さあ!」
舞い散る盾の破片の向こうからダメ押しと言わんばかりの一斉砲火。
死ぬ思いで機体を滑らせるユーレイは――どれだけ加速しても追尾してくるミサイルの群れに、絶望的な表情を浮かべる。
「ど、ど、……ど、――――どうすれば!?」
「そうだなあ。いっそ潜ったらどうだろう?」
「潜る!」天啓を得たユーレイは即座に機体を海中へと突入させる。
魔力をエネルギー源とする魔導巨兵のブースターは水中でも問題なく使用でき、ゆえに【シルバー・バレット】はカジキもマグロも相手にならないほどの速度で海の中を移動するのだが――
当然、敵のミサイルも魔力で生み出されたものなわけで、つまり、
「――普通についてくるじゃないですか! 愚か者ぉ!!」ユーレイは非常にテンパっていた。
「そんなにキレんでもいいじゃんよー、どうせおれら死ぬときは一緒なんだしさ」
「あなたと死ぬなんて真っ平ごめんです……。メロンが切れない程度のことであんなに人を馬鹿にする男と一緒に死ぬなんて絶対に!!」
「あ、けっこー気にしてたんだ……」わーん、と声を上げて泣き始めたユーレイにカラセルは苦笑をひとつ浮かべて、
「ま、んじゃあヤケクソついでに。ここで狙うべきは《鯨》だよ」
海面近くを泳ぐ《
ユーレイは後方モニターのミサイル群と前方モニターの鯨の腹を交互に眺め――
「あの鯨まで行けるかな? いやまあ、行けなきゃ心中なんだけど」
「――お願いします!」その場で深々と頭を下げた。誰にかといえば【シルバー・バレット】に。
深く深く、海の底を目指して進んでいた銀色の巨人がV字状に進路を転換。一直線に水面を目指す。
「そ、こ、――だ!」
すれ違いざま、【シルバー・バレット】は大剣を鯨の脇腹に突き刺した。
剣を置き去りにそのまま浮上。水しぶきを月明りに煌めかせて、猛然と海面から飛び出す銀体。
「――《虹のリヴァイアサン》の効果発動。《ボトムアップ・フリーズ》の効果を使用する」
《ボトムアップ・フリーズ》/通常スペル
場のファミリア1体を選択して発動する。
それより攻撃力の高い場のファミリアすべての攻撃力を、このターンの間0にする。
モニターに映るカードテキストをしばしユーレイは黙読して、
「《
「オール、フリーズ」カラセルが指を鳴らす。
瞬間、立ち上る氷の城。
鯨の巨体がまるごと、どころか周囲一帯が完全に凍り――《ランチャー・トークン》の攻撃力は、このターンに限り、すべて無力化される。
ユーレイはぺたりとその場にへたり込んだ。今更のようにコストが支払われる。クイックキャスト二回で二点、さらに《走馬灯》の発動に支払ったライフコスト半分(端数切り上げ)によって、残りライフは既に八点。
加えて《命題用代用詠唱》は、与えたダメージと同じ枚数デッキの上からカードを墓地に送る。
《走馬灯》《命題用代用詠唱》の連続発動によって九枚のカードをデッキから失い、その上十二点ものライフを支払って、それでなんとか生き延びた。
「非常に往生際が悪い。非常に、見苦しい方々です。けれどまあ、いいでしょう。《徹夜の作業現場》の効果発動、ライフ一点を支払って次のターンに完成原稿を得る。……どうです?」
生き延びこそはしたものの。
「そちらの残りライフは、もはや一桁。手札はゼロ、場には出涸らしの《リヴァイアサン》が一体残るのみ」
それに比べて敵ライフは十四点。今の攻防で《マテリアル》ファミリアは一通り吐き出したものの、向こうには《徹夜の作業現場》という補給体制が整っている。印刷用紙の補充は容易い。
「これにて、わたくしはターンを終了します。……さあ、そちらのターンですわよ? おそらくはそれがラストドロー、せいぜい味わって引くことです」
宣言によって氷は砕け散り、復活した鯨の背中に【コンセプター】は着地した。《ランチャー・トークン》五体が復活し、総攻撃力三十の悪夢が再び場を支配する。
このターンで何か反撃の手を打てなければ、間違いなく自分たちは負ける。だが《虹のリヴァイアサン》は既に四回の効果発動によって攻撃力が一まで下がっているし、最後に一発残されたのも《溺れる者の借りる猫の手》。ダメージをゼロにするだけの、その場しのぎ――にもかかわらず。
「『おそらく』ってのはちょっと違うよ。正真正銘、これがラストだ」カラセルは微塵も動じないどころか、むしろ不敵に笑ってみせた。
「負ける自覚がおありでしたか。これは失礼をいたしました」
煽る言葉も耳に入らず、ユーレイは怪訝な目をコクピットに向ける。
言ったはずだけどなと続けて、カラセルはユーレイのほうを振り返った。
「対策立ててきたはいいけど、それが完全に空振った。なら、あとは自力の勝負。自分のデッキの動きをどれだけ押し付けられるかどうかです。お嬢にひとつ問題を出そう」
デッキの一番上のカードに手をかけて、言う。
「次におれが引くカードは、なんでしょう? お嬢なら知ってるし、答えられるはずだよ」
「はっ?」寝耳に水のクイズだった。
次に引くカードが何か? そんなことがわかるのであればカードゲーマーは誰も苦労しない。カードゲーマーは次に何を引くかわからない恐怖といつも戦っているんです――
「――いや、なぜ私がカードゲーマーの心構えを語っているのですか?」ユーレイは早々に思考の迷宮へ迷い込んだ。
「わかんないなら、大ヒント」そんな彼女に差し出される、迷宮を出るための一本の糸――
「どっち下にしたっけ?」
その一言で聡明なユーレイはこれまでのすべてを一本に繋ぐ。
デッキは全部で三十枚。初期手札がまず三枚あって、一ターン目。
《一点探査!》で都合六枚のカードをドロー、《虹のリヴァイアサン》の下に五枚のスペルを重ねて、《スクラップ・ディテクター》で一枚サーチ。この時点で残りデッキ枚数は十五枚。
二ターン目開始。一枚ドロー。もう一度、《スクラップ・ディテクター》で一枚サーチ、《トリコロール・バースト》で三枚墓地に送り、それをコピーした《走馬灯》で三枚墓地に送り、《命題用代用詠唱》でも同じように三枚、さらにデメリットで三枚。計十四枚のカードをデッキから消費。
そして今、三ターン目のドローを前にして――
『スペル発動、《強欲の帳尻合わせ》。手札から一枚と墓地から一枚、計二枚のカードをデッキの一番下に戻し――』
「残りデッキ――一枚!」
コクピットの中にいなかったユカグラはそのことを知らない。
カラセルが最後のカードを引く一瞬、その一瞬だけ、彼の手にしたカードが虹色の光を放ったことを知らない。
コクピットの中にいたユーレイはそのことを知らない。
消えていた【シルバー・バレット】の手番灯が、ターン開始と同時に虹色に光り輝いたことを知らない。
「――おれのターン、ドロー!」
《虹のリヴァイアサン》効果発動、《溺れる者の借りる猫の手》。このターン、カラセルが受けるダメージをゼロにする。そして、
海中からまっすぐに飛んできた大剣をがっしと掴み――【シルバー・バレット】は突撃した。
「《虹のリヴァイアサン》で、《ランチャー・トークン》一体を攻撃!」
「《徹夜の作業現場》の効果で、デッキから《マテリアル・プランクトン》を手札に加えますが。……馬鹿ですか?」
雨あられと飛来するミサイルを、銀の巨人は大剣によって打ち払うが――《ランチャー・トークン》の攻撃力は《同志達の縁》で倍加して六、一方、《虹のリヴァイアサン》の耐久力は五点。大剣はボロボロに砕け散っていく。
コクピット内のの各種モニターが一斉に赤く点滅を始めた。五機のビットを連結して召喚した《リヴァイアサン》が破壊されることで、五点のライフが失われる。残り三点。死は間近。
「――スペル発動。《
だが、【シルバー・バレット】は身ひとつでミサイルの嵐をかいくぐりながら――【コンセプター】に肉迫する。
「このカードは発動後すぐ墓地に置かれる。そして、その真の能力は!」
デッキの底に仕込んだこのカードを最後の最後で入手する、それがカラセルの描いた
曲芸と評されたカラセルのデッキにおける、《虹のリヴァイアサン》と並び立つ切り札。その能力は――
「自分の墓地に存在するカードの種類÷二のダメージを、相手プレイヤーに与える」
「――は?」
爆弾。
手札はゼロ。場には何もない。それどころかもうデッキだって一枚も残っていない。
進退窮まった究極のラストターンで――しかし、完璧なお膳立ての果てに発動されたこのカードは、その一枚ですべてをひっくり返す。
「おれの墓地にはカードが三十枚。よって与えるダメージですが! 困ったなあ、なにせおれは地下出身の学のない愚か者だから! 二けたの割り算はちんぷんかんぷんで!」
結局、【シルバー・バレット】からは【コンセプター】に傷ひとつつけることができなかった。
が、連日連夜の《徹夜》が祟って、敵ライフは残り――十四点。
「というわけで、計算してくださいよお姫様。三十÷二って何点です?」
「――――種類!」
「お?」
「そのカードは! ……墓地に存在するカードの『枚数』ではなく、その『種類』を参照する効果のはずです!」
「はい、そうですけど。それが何か?」
「墓地に三十枚のカードがあるからといって、三十種類のカードがあるとは限らない! 同名カードが存在すればそのダメージはもっと減るはず――」
カラセルはそれを聞いてひとしきり笑った後、ユーレイにちらりと視線をやった。
「我が魂は虹色に。しかし、この虹は?」
「……七色にあらず!」
「よろしい!」
ガッツポーズをとって立ち上がったユーレイをびしりと指さして。
「――誰の相手してると思ってんですか?」
底冷えのするような声色で、告げる。
今更のように【コンセプター】が逃げた。ブースターから緑色の炎を吹きながら空中を逃げる。両翼のランチャーからやたらめったらにミサイルを撒き散らしながら逃げる。
そのすべてを乱数調整じみた最小限の軌道で回避。【シルバー・バレット】は、【コンセプター】の四本脚のうち一本を鷲掴みにして――真下へと放り投げた。
銀の巨人の右腕に生成された武装はパイルバンカー。
勢いのまま、体勢を整えることすらできず落ちていった【コンセプター】が着水するのとほぼ同時。
白銀色の炎を噴き出して、隕石のように降ってきた銀の巨人が――四つ足の蜘蛛の胸部手番灯を、まっすぐに殴りつけた。
「おれの虹は七色に収まらない。三十枚三十色、全部が違う色の――【ハイランダー】だよ」
《ID-ビジュアライズ・ボム》、起動。
暗い夜の海、月明りの下で組み合う二機の魔導巨兵は――否。
一機の魔導巨兵と、かつて魔導巨兵だった残骸が――噴き上がる爆炎と水煙に包まれて、見えなくなった。
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