2-10.『前哨戦』―③
* * *
初顔合わせのあの日、ジェレインは一枚のカードをカラセルに手渡した。
《貿易摩擦》/永続スペル
このカードの発動中に相手が「デッキからカードを手札に加える効果」を持つカードを発動した場合、
そのテキストの最後に、以下のいずれかのテキストを書き足す。(どれを加えるかは相手が選ぶ)
●その後、この効果で手札に加えた枚数分、相手はビットを回復する。
●その後、この効果で手札に加えた枚数分、相手はカードをドローする。
●その後、この効果で手札に加えた枚数分、自分の手札・フィールドからカードを選んで墓地に送る。
クリスタルケースに厳重保管されたそのカードのテキストをしげしげと眺め、カラセルは一度挙手をする。
「回復とドローの『相手』って、こっちのことですよね? 《貿易摩擦》を発動した側」
「その通り。三つ目で墓地に送るのは、こちらから見た相手プレイヤーだ。……どう思うね?」
相手がカードを手札に加えるたび、何かしらこちらが得をするシステム。デッキサーチを多用するザイナーズへの対策として提示されたカードであるが――
「まあ、さすがに《鎖状の牢殻》よりはだいぶ落ちますよね」
カラセルは渋い顔で首をかしげていた。
「いろいろ書いてるけど、どれ選ぶかの選択権が相手にあるっていうのが気に入らない。結局その状況で一番痛くないのを向こうが選べるってことでしょう?」
「おおむね同じ見解だね」強そうなカードですね、くらいの印象しか持っていなかったユーレイはカードゲーマー二人との見解の差に目を丸くする。
「だが、この手のメタカードというのは……机の上でいくら話そうが、実際の使用感は掴めない。そういうものだと思わないか?」
「事前情報出た段階では微妙とかたいしたことないとか言ってたのに、いざ出てみれば大流行! ……そーいうの、ほんっと、しょっちゅうですもんねー……」
やけに実感のこもった台詞とため息を吐きながら――
ところで、とカラセルは目の色を変えた。
「――このカード。なんなんです?」
「三月末発売予定の新ブースターパックに入るカード。このパック一番の当たりカードになると予測されている」
「やっぱか。どーりで見たことないカードだと思った……」クリスタルケースをこつこつ叩き、カラセルは恍惚とした表情を浮かべた。
二人のカードゲーマーの間で交わされたその言葉の意味を、しばしユーレイは考える。
T.C.G.の魔力炉からは、三か月に一度・一度に百枚、おおよそその程度のペースで、新たな
生み出されたオリジナルの呪文はまず託宣科によって解析され、その後、問題なく量産が可能な体制が整えば――一般市民に向けての販売が開始される。
新カードの解析・製造・販売。それこそが、"ジャイアント・レギュレーション"の公布と並び立つ、託宣科のもう一つの仕事。
そして今、託宣科の長であるジェレインは――三月末発売『予定』のパックに入るカードだと、そう言った。つまりこれは、
「まだ、一般には流通していないカード……」
「いわゆるフラゲってやつかな?」カラセルはクリスタルケースを水の膜越しにジェレインの手へ返した。
「量産の目途はもう立っているし……、なにより、これは他ならぬ【シルバー・バレット】の手によって生成されたカードだ。使用に問題など生じるはずもない」
「ま、これ戦争ですもんね。卑怯もくそもない……そっかあ。制限改定に新カードフラゲに……おれもすっかり業界人かー……」
妙な感慨に浸っているカラセルはさておくとして、ユーレイは――
「《貿易摩擦》。このカードをデッキに投入すれば、【コンセプター】との決闘では有利に立ち回ることができる、と……」
「いいやお嬢。ちょっと違う」
「えっ」さておくとしたのだが、カラセルはすぐ戻ってきた。
「何も考えず、ただ単にメタカードをデッキに入れただけ。それだけで有利取った気になる……なんてのは、二流のやることです」
「に、二流……」それはまあ確かに、カードゲームの腕で言うならそうかもしれませんけど。
口ごもるユーレイに、カラセルは得意げに続ける。
「そもそもさ。相手のデッキへの対策カードを入れたとしてだよ、でもそれ引けなかったらどうするつもりなの? そんな三枚ガン積みしたって引けない時は引けないよ」
全カード一枚積みオンリーの男が言うことだと思うと、説得力があるような、ないような。
「大事なのは、入れたメタカード……『対策』を、ちゃんとデッキ全体になじませること。デッキ全体で、ものを考えること! わはは、言ってる意味わかるかな?」
その当時のユーレイにはわかるようなわからないようなといったところだったが、実戦でのカラセルの戦いぶりを見て、彼女もようやく理解した。
使用カードの特性上、カラセルは同じカードを二枚以上デッキに入れることがない。ゆえに、この男は《貿易摩擦》もデッキに一枚しか入れなかった。
が、《一点探査!》に《スクラップ・ディテクター》、《虹のリヴァイアサン》――デッキのカード、墓地のカード、ありとあらゆる領域のカードを自在に活用するカード捌き。それによってカラセルは、デッキに一枚だけのキーカード《貿易摩擦》を一ターン目から手札に呼び込むことができた。『デッキになじませろ』というのはつまりそういう意味であったはずで、
――そこまでは順調だったはずである。
* * *
「手札を一枚捨てることで――通常スペル、《極道入稿》を発動!」
――それが、どうしてこうなった?
「一枚につき一点のダメージを受けることと引き換えに、デッキから二枚のカードを手札に加える。私は《
四本脚の蜘蛛が再びその足をしならせて跳躍、さらに背部のブースターから濃紺色の炎を吹き出しそのまま滞空姿勢に入る。
水上移動を続ける【シルバー・バレット】に狙いを定め――狙撃銃の連射が始まった。
「《マテリアル・マンタレイ》が墓地に送られたとき、私はデッキから永続スペルを一枚――《
弾丸の雨をユーレイは機体を小刻みに降って回避するが、外れた銃弾が海面に着水するたび立ち上る水の柱。
魔導巨兵の絶大な力を目の当たりにして、少女の白桃のような頬には冷たい汗が一筋落ちる。
早々に支払ったコスト二点により、敵ライフは早くも十八点。だが――
「こ、ここぞとばかりにこの女……ッ! やりたい放題してくれる!」
「――どういうことですか、これは!?」
「どうもこうもないよお嬢。……《鎖状の牢殻》が禁止になるのは、ザイナーズでも調べてたかしんねーよ。だが、だが! だとしても!」
コクピット内のカラセルまでもがシートの肘置きを殴りつけて吠えた。
「未発売の《貿易摩擦》を名指しは舐めてるとしか言えねえよ。こいつ、知ってやがったな!?」
月明りにそびえ立つ水柱、柱が砕けた後に残る水煙――白んだ水しぶきの中に身を隠すようにしながら【シルバー・バレット】は逃げる。
「手札から《マテリアル・スモールフィッシュ》の効果。このカードを手札から見せることで、デッキから二枚目の《マテリアル・スモールフィッシュ》を手札に加える……こんなところでしょうか?」
ひときわ強い一射が海面を抉り、それによって巻き起こった大波に飲まれて【シルバー・バレット】は消えた。
【コンセプター】の手番灯がちかちかと点滅を始める。
「手札より、永続スペル《
魔導巨兵の絶大なる力は天候すらも左右する。
濃緑色の魔力を闘気のように放射する【コンセプター】。月明りだけが頼みの暗い海、その月を黒々と濁った雷雲が覆い隠してゆき、
「残存ビットを五機連結。上級ファミリアを召喚します。いでよ――《
遥か深くの海底から、とても膨大な質量を持った"なにか"が浮上する――――
見渡す限り水平線しかなかったはずの海上に、一つの島が出現した。
「な、なっ、……なんです!?」
「とりあえず距離を取ろうか、お嬢」
波に飲まれた【シルバー・バレット】は、海中に沈む途中でどういうわけだか地面に足がついた。
それを不思議に思う間もなく猛然と浮上した――鯨。
白く四角い巨大な機械を背負った、小さな島のような鯨――とっさに飛びのいた【シルバー・バレット】と入れ替わりに飛んできた【コンセプター】が、その背に着地する。
巨大兵器を載せて海を進む、航空母艦のごときその姿。《夢現の鯨》――上級ファミリア、ステータス:0/5。
黒雲に埋め尽くされた夜空から、一筋の稲妻が落ちた。
「ライフを一点支払い、《
「……どうします!?」
「決まってる。おまえのターン終了時! 《虹のリヴァイアサン》再浮上、《きまぐれ泉女神》を使用する!」
鯨から飛び降りた【シルバー・バレット】を迎えるかのごとく、渦潮から《リヴァイアサン》が顔を出す。
いかに巨大な海蛇といえど、さすがに鯨には見劣りするサイズ。しかし、鱗に覆われたその身体はぼんやりと薄緑色の発光を見せる。
「手札を一枚捨てることで、捨てたのと同じ種類のカードを墓地からランダムに二枚回収する。正直者のおれが落としたのは、一体全体どのカード!」
捨てたカードは《トップダウン・フレア》/通常スペル、つまり手札に加えるのは通常スペルが二枚――
「おれのターン、ドロー!」
《スクラップ・ディテクター》と《クロノス・レイド》を墓地から回収し、三ターン目が始まる。
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