2-9.『前哨戦』―②





 【コンセプター】の手番灯ターン・ランプが消灯、逆に【シルバー・バレット】の胸には白銀色の光がともる。先攻は――ハイランド。


「そんじゃお嬢、クソみたいな手札だけど適宜合わせていく方針でよろしく!」

「は!?」初手から匙を投げたカラセルを乗せて。

 闇に溶けるように水上を滑り後退する【コンセプター】を――背部ブースターから魔力を噴き出し、【シルバー・バレット】が追走する。


「クソみてえな初手だけど、これは国を守る戦いなわけだから! 多少ブン回っても文句を言うな――スペル発動、《一点探査!》。デッキからカードを一枚ドローし、それが呪文であれば捨て、ファミリアであれば手札に加える。これをファミリアが出るまで繰り返す!」


 そこでユーレイも気が付いた。

 ファミリアが出るまでドローを続ける。この効果を、三〇枚中二九枚が呪文で構成されたデッキの使い手が発動したならば。引き当てるファミリアは、確定で――

 比較的デッキの上のほうに眠っていたそのカードは、カラセルが五枚のカードをドローしたのちに顔を出す。


「残存ビットを五機連結! 重ねるカードはこの五枚! 上級ファミリアを召喚する――」


 勢いをつけて迫りくる渾身のブースト・ナックルを、アメンボはその四脚のバネを効かせた跳躍によって回避。

 背中から白炎を吹かせて【シルバー・バレット】は急停止、遥か頭上へと跳び上がった敵機を見上げる銀巨人の足元に――巨大な渦潮が出現する。


「――――来い、《虹のリヴァイアサン》!」


 同じ色を二つと求めない竜。紺色の鱗に全身を覆った海竜。渦潮の目から姿を表すその長大な全身は、さしずめ、空にかかる虹の橋――

 《きまぐれ泉女神》《溺れる者の借りる猫の手》《ボトムアップ・フリーズ》《スクラップ・ディテクター》《トリコロール・バースト》:五種の呪文を下敷きに、『虹のカラセル』唯一無二のエースがこの場に降臨する。

 水面を震わせて海竜が吠えた。


「《虹のリヴァイアサン》の効果。《スクラップ・ディテクター》を墓地に送り、その効果をこの場で使用する!」


 呼応するように【シルバー・バレット】の左腕部が光を纏い、虚空から生成された小型のパラボラアンテナを巨人が装備する。


「手札を一枚捨てることで発動。墓地に存在するカードと同じ枚数ぶん、デッキの上からカードをめくって確認し――その中から一枚を手札に加え、残りは好きな順で戻す!」


 リヴァイアサンがパージした《スクラップ・ディテクター》そのものに加え、さっき発動した《一点探査!》、それによって捨てられた五枚の呪文、そして今捨てた手札一枚:計八枚。

 確認した八枚の中に目当てのカードが入っていたことを確かめて、カラセルはユーレイに視線を送る。ユーレイは安心したようにうなずくと指でOKサインを出した。


「先攻一ターン目は攻撃ができない。これでこっちはターンエンド!」

「『ブン回る』などとほざいたわりには、お堅い一ターン目ですこと。手札に加えたカードは何かしら?」

「心配せんでもわかります、遠からずね」

「違いないですわ。――私のターン、ドロー!」


 闇夜に潜む獣の眼光――【コンセプター】の手番灯がはじけんばかりの光を放つ。

 ターンを渡した【シルバー・バレット】はブースターを切って停止。魔力の消費を抑えつつ、緩やかに【コンセプター】から距離をとる。

 《リヴァイアサン》は銀巨人の周囲をぐるりとひとまわり旋回したのち、頭から海中へと潜って姿を隠し敵の動きを待った。


「さて! そちらが一手目から上級ファミリアを召喚してくるとあらば、こちらも初手より主力を展開して迎え撃つのが礼儀、というものですが……その前に」


 対するターンプレイヤー側:魔力を潤沢に扱えるはずの【コンセプター】は、しかしブースターの一つも吹かすことなく、どっしりと海上で静止している。

 現在、開幕二ターン目。アメンボと例えられたこの機体は、まず手始めに――小口径のスナイパーライフルを生成した。 


「後顧の憂いは断っておきましょう。スペル発動――《名指しの出禁措置》」


 【シルバー・バレット】と【コンセプター】が両方とも生み出した、二国間で共通の汎用カード――聞き覚えのあるカード名にユーレイは不審げな表情を浮かべ、カラセルも一瞬眉をひそめた。

 スペル名をひとつ宣言して発動。発動後、《名指しの出禁措置》が墓地に残っている限り、お互いのプレイヤーは宣言されたスペルの効果を使用できない。

 指定したスペルを完全に無力化する、強力なカードではあるものの――何を潰すかというターゲットを、名指しで絞り込まねばならない。『これを潰す』という明確な狙いをもって唱える呪文である。

 勝負は始まったばかりの二ターン目。『これ一枚抑えれば勝てる』という相手デッキの急所など、このタイミングではまだ見えないはずで――

 まして、カラセルが《スクラップ・ディテクター》で手に入れたカードが何なのかというのは、ユカグラには公開されていない情報であるはずだった。


 四つ足の巨兵が狙撃銃を構える――




「宣言するカード名は――《貿易摩擦》」



 【シルバー・バレット】の左腕に装着されたアンテナがその一射で爆発四散した。


「え――」

「――んだと!?」

 

 まず目を疑い、次に耳を疑い、ユーレイは思わず身を乗り出してモニターを見た。こちらの手札および盤面がディスプレイのひとつに表示されている。

 現状、カラセルの手札は二枚。そのうち一枚、最初のターンに《スクラップ・ディテクター》で加えたそのカードの名は――《貿易摩擦》。

 推測材料はなかったはずである。


 こちらの手札一枚を決め打ちで抜いてきたピンポイント射撃。

 ここは海上。海を渡るのに風向きというのはなにより重要で――なにか異様なことが起きているのを、ユーレイは肌で感じ取っていた。

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