2-4.いつも命がけの制限改定


終極の死闘ファイナル・ラウンド》/通常スペル

 自分、および相手の手札をすべて墓地に送って発動する。

 これ以降、お互いのプレイヤーはカードをドローすることはできない。


 それは、五大国が一角:ルーコントの所有する魔導巨兵【パーミッション】が生成した呪文カード。掛け値なしに強力と――否、凶悪と言っていい性能で、この呪文を実用段階まで持っていくための調整・実験に、ルーコントは街ひとつが消し飛ぶだけの死者を出したと言われている。

 ごく単純に考えて、フィールドに何もない状態でこのカードを撃たれたら詰み確定。カードゲームの心得があるなら、赤子でさえもふざけた効果と断ずるであろう凶悪な性能。

 けれど、結局ルーコントはこのカードを戦争カードゲームに利用することができなかった。なぜなら、


 《終極の死闘》を三枚フル投入したデッキを、【パーミッション】の魔力札格納庫デッキホルダーにセットしたその瞬間――

 この世のものとは思えぬどす黒い色の炎に包まれて、パイロットが絶命したためである。


  *  *  *


『会議室』とプレートのかかった部屋に通されたカラセルとユーレイは、テーブルの一辺に並んで座っていた。

 真向いにはホワイトボードをバックにたたずむジェレインの姿。相も変わらず滝行は続行中だが、隣に控えるハクローは慣れたもので嫌そうな顔ひとつしない。

 《クソT》《滝行》《クソT》の三枚コンボ、ユーレイの袖のないドレス姿はこの空間において非常に浮いている。地肌を剥き出した二の腕が隣のカラセルと触れ合うたび、新雪のように白い彼女の肌は多大なる羞恥心とほんの少しの違う感情によってほんのり赤く染まってゆくのだが――


「こーいうの見ちゃうと、あれですね。……雲の上に来ちまったんだって、嫌でも実感させられる」


 ジェレインから手渡された魔導タブレット(防水仕様)を眺めるカラセルの目は、真剣そのものと言う以外なく。その口調は軽くても、ユーレイは口を挟めなかった。


「いーんですかね、おれみたいなネズミ……モグラだっけ。どっちでもいいか。おれみたいなのにこんなの教えちゃって。喉から手ぇ出るほどこのリストを欲しがる人間の心当たり……おれの知り合いだけに限っても、両手の指じゃたぶん足りない」

「それだけの立場にあるってことを、自覚しなおしてくれれば幸いです」


 この時ばかりはハクローの微笑も目がまったく笑っておらず、カラセルは軽口を引っ込めてタブレットを静かにテーブルへ戻す。

 画面に映っていた文字を、ユーレイは視界の端で捉えた。



『1525/03/01~1525/08/31適用:ジャイアント・レギュレーション改定内容一覧』



  *  *  *



 《終極の死闘》の一件を皮切りに、他四国でも似たような現象はたびたび確認されるようになった。

 そして調査の結果発見されたのが、このルール――"ジャイアント・レギュレーション"の存在である。


 それがどういうメカニズムかはわからない。

 確かなのは、魔導巨兵にはどうやら意思があるらしいということ。



 端的に言えば、魔導巨兵は『強すぎる呪文カード』を規制する。



 《終極の死闘》はあまりに強力すぎる効果を持っていたため、魔導巨兵【パーミッション】が自ら"禁呪指定"を施した。

 禁呪とされた《終極の死闘》は、現在、一枚たりとも魔導巨兵に持ち込むことが許されていない。この禁を破った者は即座に巨兵の怒りに触れて灰になる。

 禁呪0枚準禁呪1枚準々禁呪2枚まで。『同じカードは三枚までデッキに入れてよい』という基本ルールを、その強さゆえに逸脱してしまったカード。

 託宣科の使命のひとつは、どの呪文がどの階層の禁呪に指定されているかを特定しリスト化、作成した"禁呪一覧"を広く国民に公布することにある。

 魔導巨兵同士の決闘は、すべてのカードゲームの頂点に位置する、いわば究極の公式戦。禁呪リストは一般カードゲーマーに対しても強い影響力を持ち、禁呪に指定されたカードは『結局は公式戦で使えないクズ』と見向きもされなくなってしまう。

 そして何より厄介なのが、禁呪リストは半年に一度の周期で変動するということ。

 かつては強すぎるとして禁呪指定されたものの、呪文カードの増えた今となってはそこまで凶悪なものではない――と禁呪指定が解除されることもあれば、逆もまた然り。

 すべては魔導巨兵の意思次第だが、その意思次第で呪文カードの価値は大きく変動するわけで、つまりそれだけの力が禁呪リストにはある――


  *  *  *


 流れ落ちる水音の向こうから、ジェレインの静かな声がする。


「どう思うね」やや間をおいてカラセルは答えた。

「……《鎖状の牢殻》、禁呪になるんすか? でも準々でもなくて?」


 すぐさま、ユーレイは脳内から《鎖状の牢殻》のカードテキストを引き出す。


鎖状さじょう牢殻ろうかく》/永続スペル

 このカードの発動中、ドローまたはカードの効果で相手がデッキからカードを手札に加えた場合、このカードを墓地に送ることで以下の効果を発動可能。

 ●このカードの発動中に相手が手札に加えたカードの合計枚数×2まで、相手の手札・フィールドのカードを選んで墓地に送る。


 サーチ・ドローを多用するデッキへの強力な対策メタとして知られる呪文、それが禁呪0枚になるという。

 ジェレインは手の周りだけ水を消すと、タブレットを拾い上げた。


「当然ながら、我々はここ十年分の対戦譜をすべて保管している。ザイナーズとの決闘の記録を、だ。それで……」

「いらん世話ですよ。そのくらい読み込んでる」

「……モグラ風情がどこで手に入れたのかは、この際不問としておこう」


 雨男がタブレットをそっとテーブルに戻す横で、ハクローは自らの部下に視線を送る。ユーレイは咳ばらいをひとつしてから手を挙げた。


「敵国ザイナーズの使うデッキは、この十年ずっと変わっていない。【D.Pドリーム・プリンター】――デッキサーチとドローを多用して戦う、コンボデッキです」

「その通り。……ローゼストの妹か」


 よどみなく言い上げてみせたユーレイに、ジェレインは一瞬だけ不機嫌そうな視線を送った――ように、ユーレイには思えた。表情は相も変わらず滝に覆い隠されてしまっているが。


「面倒なのは、そこだ……。【コンセプター】搭乗者は毎年サーチとドローを多用する。だからこそ、ここ数年……いや、直截に言って、僕の代。僕は、【D.P】へのメタカードとして……毎年、《鎖状の牢殻》を採用していた」

「覚えてますよ。ぶっ刺さってましたよね」

「それでようやく五分ってところだ」有り体に言ってと短く前置き、ジェレインはさらりと言ってのけた。

「単純なデッキパワーで言うなら、ハイランドぼくらより、ザイナーズのほうが上だ」


 否が応にもユーレイは思い出す。

『【シルバー・バレット】じゃダメだ、勝てない。こんな国にはもういられねえ』――

 【シルバー・バレット】が生成する呪文カードと、【コンセプター】が生成する呪文カードは違う。そのため、二国間のカードプールにはかなりの部分で差異が生じている。

 あくまで『おおよその傾向』ではあるが、【コンセプター】は複数枚でのコンボを前提としたカードを多く生み、反対に【シルバー・バレット】は単体での性能が高いカードを生成する。そういった特徴がみられる。

 当然、それぞれの国民が組み上げるデッキも、かなり異なった様相を呈し――


「真っ向勝負じゃ、勝ち目は薄いと?」

「それが、僕の結論だ」三年、国を守り続けた男の結論がそれだった。

 対戦譜を読み込んだというからには、カラセルにも思うところはあるらしい。普段の軽薄さは鳴りを潜め、静かに背もたれへと身を沈め――


「今日って何月何日だ?」

「……はい?」唐突な問いをぶつけられたユーレイは、目を白黒させつつも「二月二十三日です」ととりあえず答えようとして、

「【コンセプター】の動向は、ある程度までなら掴めています。遠見と斥候様様ですねー」ハクローに言葉を遮られた。


 続くジェレインの淡々とした台詞は、単なる事実の確認である。



「動きがあったとの情報が入った。だが二月中はあり得ない。このまま行けば衝突は三月だ」



 ザイナーズ――【コンセプター】との"決闘"が迫っているという、事実。

 いつか来るとはわかっていても、いざ目の前に具体的な日付を突き付けられるのはまた違う。思わず息を呑むユーレイに構わず、ジェレインは粛々と続けた。


「現在、【シルバー・バレット】は旧レギュレーションと新レギューションの過渡期にある。我々託宣科は、そのわずかな魔力の揺らぎから次期レギュレーションにおける禁呪指定を探っているわけだが……【コンセプター】との決闘の際には、新レギュレーションへの移行が完全に済んでいると見て間違いない」


 《鎖状の牢殻》はその強力さでもって三年の間ハイランドを守った。

 そして今、《鎖状の牢殻》はその強力さゆえに禁呪となる。

 露出した二の腕が急に寒さを訴えてくるようで、ユーレイは自らの肩を抱いた。



「有力なメタカードが禁止カードに指定されているこの現状――何らかの代案を立てることをもって、それを搭乗者交代の儀とする」



 まるで動じた気配のないジェレインは紛れもなく歴戦の決闘者で、しかし今回ザイナーズと闘うのは彼ではない。

 しばらくの沈黙を間に挟んで、おれも使ってたんだけどなあ、と、カラセルは気の抜けた声でぼやいた。


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