2.ジャイアント・レギュレーション
2-0.ある少年の昔話―①
戦火によって両親を亡くした、自分の年齢も知らない少年――そんな彼の昔話。路地裏のかびた石畳を這いずるようにして生きていたころの話である。
「……んだよ、くそ」
暗く、じめじめとした裏路地で――少年は、一枚のカードを握りしめて、うずくまっていた。
紺色の海竜が描かれたカード、名前は<虹のリヴァイアサン>。一目見て強そうなカードだと思った。値打ち物に違いないと思った。
だから、少年はそのカードを地下カードゲーム場に持ち込んで、あわよくばカードゲーマーの誰かに高値で買い取ってもらおうと考えて――鼻で笑われて、つまみ出された。
――んなカード、誰も使わねえっての。
拾った瞬間の高揚感など完全に消え失せてしまっていた。そもそも道端に落ちていた時点で察するべきだったのだ。
役に立たないなら、捨ててしまおう。そう考えて、顔を上げたときのこと。
いつの間に現れたのか。男にしては長めの銀髪、中性的な顔立ちをした少年が、自分を見下ろしていることに気づいた。
おそらく、歳は自分よりも二つか三つほど上だろう。が、しかし――
「……んだよ?」
「いや、最近のガキは渋いカードに目ぇ付けんだな、って……」
「……」
てめえも十分ガキだろうがよ、という罵声を黙って飲み込む程度には、少年の気分は落ち込んでいる。
いかにも裕福の家の出ですと主張せんばかりの上等な服、このあたりでは見ない顔だ。
「……おれは、やんねえよ。カードゲームなんか」
「え、初心者か? 初心者か……。初心者で<虹のリヴァイアサン>はだいぶ変なクセつきそうな気もするな……」
聞いちゃいねえ。
でもまあやっぱ最初は好きなカード使うのが一番だよな、と一人で勝手に納得した銀髪に、少年は深々とため息を吐いた。
「だから、興味ねえって言ってんだろ。カードゲームなんか、結局は金かけて強いカード用意したほうが勝つんじゃんか」
「ん? そうなの?」
さっさと消えろという意思を込めての悪態に、銀髪は目を丸くする。
「え、じゃあおまえ金持ち同士が勝負したらどっちが勝つと思ってんの」
「……知らねえよ。運がよかったほうじゃねえの」
一瞬言葉に詰まった少年を、銀髪は大声で笑い飛ばすと――少年の手から<虹のリヴァイアサン>を素早く奪い取って、踵を返した。
なにすんだと食ってかかる少年を制し、「ついてきなよ」――【グッドスタッフが人生の近道】、つまり地下カードゲーム場へと歩いていく。
「そりゃまあ、どうしようもない運勝負ってのもちょいちょいあるけどね。でも、そうまで言うなら見せてあげましょう。カードゲームというものを」
しばらくの間、その背中を呆然と見送ったのち、少年は――
「……おい! おいグリープ! おい、起きろ!」
「ぐえっ」
足元で寝っ転がっていた長髪の少年を蹴り起こして、後を追った。
さっき馬鹿にされたばかりだという話を銀髪にしてやると、それは誰かと質問された。だから、あのオッサンだと指をさした。
「<クロノス・レイド>の効果によって、おまえのターンは回ってこない。そしてとどめ! <虹のリヴァイアサン>で攻撃しての……<トリコロール・バースト>ォ!」
「ぐわあああああああ!!」
そしたら、オッサンが爆発した。
「まるっきり弱いカードじゃないんだよ。かなりピーキーではあるけどね」
「……すごいな」
それで火がついたのか、闘技場では即席のぶつかり稽古が始まった。次は俺だ、次は俺だとリングに上がるカードゲーマーたちを、銀髪の少年が操る<虹のリヴァイアサン>が蹴散らしていく。
「っくく、やっぱ地下は面白い! 家の連中は面白味のないデッキばっか作るからな」
ドラゴン使いに猛獣使い、使い魔ゼロ枚のフルバーン使い。バリエーション豊かなカードゲーマーたちを一通り地に叩き伏せ、銀髪の少年は笑ってみせた。
連れてきたグリープは感心したように<リヴァイアサン>の活躍を見ていたが、少年のほうは、そうも素直になれない。
「……つったって、結局は知れてるだろうよ。こんなお遊びじゃなくて……、もっと、真面目な勝負なら。もっと普通に強いカード。おんなじようなカードばっかり、使うだろ」
「うーむ。とりあえず地雷デッキって言葉の意味だけ教えたほうがいいかなあ」
ふてくされる少年の顔をじろじろと眺め回し――「たとえばだよ」そう続ける。
「三十枚中、二九枚が同じのデッキがあったとして。これ、おんなじデッキだって思う?」
「……違うのかよ」
「まあ同じだろうね。同じデッキって言って、別におかしくない。でもね」
――そこから先の台詞を、少年は今でも暗唱することができる。
「みんながみんな、おんなじようなデッキばっかり使うとして。二九枚が同じだとして。でも、ラスト一枚のスロットに何を入れるか……それだけで、できることってのはだいぶ変わってくるし。その一枚が勝負を決めることだって、ある」
ぽかんと、口を開けて聞いていた少年に――
「おんなじようで、同じじゃない。まるっきり同じ人間なんて、この世には、一人もいない! ……って、おれは思うんだけど。なんか、いまいちわかってもらえないんだよね」
銀髪の少年は、<虹のリヴァイアサン>のカードを差し出して――言った。
「やってみない? カードゲーム。ライフニ十点、手札は三枚、カードの扱い方さえ覚えれば……、始まってからは、あとは平等だ」
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