1-11.ユーレイと虹のカラセル
「匿名希望はここでおしまい。おいこらレマイズ聞いてるかー!? 一見さんがいらしてるので、改めて紹介お願いしまーす!」
『……あんたもまあほんとにさあ、厚かましい男だよねえ……!』
魔導スピーカーを通して聞こえる司会の声が呆れたように揺れるのを聞いて、ユーレイの思考がしばらく止まる。
「え、……この実況、あの人がやっていたのですか!?」
「あいつの本業だよ?」
けろりとした顔で言うクライン――もとい、カラセルを怒鳴りつけるかのように、音割れ寸前の絶叫が響く。
『……ひょんなことから成立しました一位対二位の好カード。とうとう王座交代が成るかと思われたその瞬間に! 名無しのままひっそりと消えていくかと思われたその時に!! やはりこの男は本性を剥き出した! "おれのデッキは三十枚すべてが違う色の光を放つ個人主義――同じカードなんて一枚もない"てんでんばらばら色とりどりの光を束ねて虹とするこの男の名は――カラセル・クライン! 地下の天井に虹をかける男! 本日の虹は何色だ――↑↑!?』
途端、客席から降り注ぐ怒声。『てめーが死ぬほうに五万賭けてんだ!』『構うこたあねえ! 殺せグリープ!』『いいや、むしろ俺が殺す!』――あやふやに聞き取った野次の激しさに、ユーレイは頬をひくつかせてカラセルに目をやる。
「No.1たって、別にアイドルやってるわけじゃないからねー。ま、地下ってこーいうとこだよ」
ここは、カードゲームだけがものを言う世界――品のない罵声などこの男にとってはそよ風にも等しいようで、カラセルはなんでもないことのようにデッキに手をかける。
「効果発動! 《虹のリヴァイアサン》が召喚に成功したとき、おれはカードを五枚ドローし……その五枚をすべて、《リヴァイアサン》の下に重ねて置く!」
まとめて引いた五枚のカードを無造作に空中へ放り投げ――散った五枚のカードはひとりでに、五芒星の頂点を担う青いサファイアへと吸い込まれていく。
「重ねたこの五枚の中に、『①使い魔カードが一枚でも入っている②同じカードが二枚以上入っている』――どちらか一方でも条件を満たした場合、《リヴァイアサン》は即座に自爆する。が!」
内訳――《クロノス・レイド》《
ほとんどスペルオンリーと言っていいデッキに、一枚だけ忍ばされた使い魔。深い海の底を思わせる、濃紺色の鱗纏う海竜――『虹のカラセル』の切り札なのだと、ユーレイも一目で理解する。
「《リヴァイアサン》の召喚に必要なビットは五機、なのでステータスも5/5。それでは行きましょー、《虹のリヴァイアサン》で《怠惰なる死神》を攻撃!」
鱗に覆われていない《リヴァイアサン》の腹部がまばゆく光り輝き――赤/黄/緑/青/紫:光の五重螺旋を吐き出す。
襲い来る光の奔流を黒の死神は手にした大鎌の刃で受け止めたが、迸る虹光に照らされながら、グリープは苦々しげに眉をひそめた。
「15/5対5/5だ。普通なら相打ちになるとこだけど……」
「忌々しい……《猫の手》か!」
「そ! 《溺れる者の借りる猫の手》はしょうもない効果しか持ってないスペルだけど、その代わり二つの使用法がある。二本目の足を今使う!」
カラセルは浮遊していた自分の鉄製スタッフを手に取ると、短い詠唱ののちに杖先を《リヴァイアサン》へと向けた。
「墓地に存在する《猫の手》をデッキの一番下に戻すことで――一回だけ! 戦闘で発生するおれもしくはおれの使い魔へのダメージをゼロにする!」
大鎌と五光:拮抗していたはずの戦力がバランスを崩し、闘技場に食い込んだ死神の踵がじりじりと後ろに下がっていく。
ユーレイ・ローゼストは名家に生まれたとてもお育ちのいい淑女である。しかし、名家の施したその御立派な英才教育でさえも――このとき、彼女が思わず歓喜の声を上げるのを止められなかった。
「《虹のリヴァイアサン》の攻撃だけが、一方的に通る形……!」
「それではお嬢もご一緒に」
「はい?」
小さくガッツポーズをとって立ち上がったユーレイに告げて、カラセルは人差し指を天高く突き上げる。
その詠唱に意味はない。
カードをビットに置いた時点で呪文の発動は終わっているし、だから、魔導士が何か追加の詠唱をそこで行ったところで、召喚した使い魔の能力が向上したりはしない。
けれど、彼らはその呪文を唱える。
意味があろうとなかろうと、あらん限りの力で吠えたてるのが
「"混色の! アルケミィー―――・スパイラァ―――ル!!"」
《虹のリヴァイアサン》の、必殺技。
ぴんと伸ばした人差し指をまっすぐにグリープへと突きつけて、カラセルは声高に技名を叫んだ。
「えっ!? あ、え、えーっと……あ、あるけみー・すぱいらる!」
律儀に付き合うどころか一緒になって指を突き出すあたりがユーレイという少女の純真である所以。
心なしか勢いを強めた五色の光の渦が今、《怠惰なる死神》の全身を飲み込み――この世のものとは思えない、地獄の亡者が上げる悲鳴のような断末魔が闘技場に響き渡った。
「す……《
「バカな……やつらは四大欲求すべてを超越した存在だというのか!?」
《死神》が塵ひとつ残さず浄化されたことに筋肉二人は怯え、グリープは取り乱しこそしないが静かに唇を噛んでいた。《怠惰なる死神》を支えていたビット五つも粉砕され、グリープの残りライフは十→五。
ここに至って立場が完全に逆転したことをユーレイは感じ取る。一緒になって技名を叫んでバクバク鳴る鼓動とともに、感じる。
今、この場における死神は――《怠惰なる死神》などではなく、この男『虹のカラセル』であるのだと。
紺色と白の混ざった髪を攻撃の余波にさらさらと揺らして、死神は静かに死を宣告する。
「ではお立ち合い、《虹のリヴァイアサン》の効果。一ターンに一度! このカードの下に重なっているスペル一枚を選択し、そのカードを墓地に送ることで――そのスペルの効果を《虹のリヴァイアサン》の効果として発動する。選ぶのは《クロノス・レイド》!」
宣言と同時に《虹のリヴァイアサン》の腹部が緑色の輝きを放つ。
次の自分のターンが来たら即座にカードを引けるようにと、スタッフのデッキホルダーに手をかけていたグリープが――諦めたように目を閉じた。
《クロノス・レイド》――それは、カードゲームを本業としていないユーレイでも知っているような、魔導士なら誰もが知る呪文。
「《クロノス・レイド》は時を操る呪文。――次のおまえのターンをスキップして、おれのターンをもう一度追加で行う! よっておれのターン、ドロー!」
立ち尽くすグリープの背後にそびえる柵、《原風景の柵》を飛び越えて新たに三匹の羊が駆け付ける。都合七匹の羊をグリープは従えているわけだが、
「さてお嬢、《クロノス・レイド》には面倒なデメリットがあるんだけど、それは知ってるかな?」
もはやそんなものは問題にならない状況であるのだと、ユーレイは既に理解していたから。
小さく咳払いをして、答えた。
「時間操作の《クロノス・レイド》はとても強力な呪文として知られ、魔導剣士が戦闘において好んで使用する呪文です。ただ、この呪文は強力であるがゆえに厳しい副作用が付きまとう」
「その副作用とは?」
「《クロノス・レイド》の詠唱を行った魔導士は、しばらくの間……他の呪文を唱えることができない」
「そ! 《クロノス・レイド》を発動するとおれは追加ターンを得られるけれど、その追加ターンに他のカードを使うことはできない……が、しかし?」
ユーレイの解説を満足そうに聞きながら、しかしカラセルはちっちっちっと指を振った。
「おれは、あくまで『《虹のリヴァイアサン》の効果として』《クロノス・レイド》を発動したわけね。そのあたりちゃんと理解した上で……」
《クロノス・レイド》/通常スペル
次の相手ターンをスキップし、自分のターンを追加で行う。
このカードを発動した場合、次の自分のターンが終了するまで、自分はこのカード以外のカード効果を発動することはできない。
「このテキストの中の『このカード』が、いったいどんな意味になるのか。わかりやすく読み替えてみましょーか?」
《虹のリヴァイアサン(クロノス・レイド)》
《虹のリヴァイアサン》を発動した場合、次の自分のターンが終了するまで、自分は《虹のリヴァイアサン》以外のカード効果を発動することはできない。
ほとんど詭弁すれすれの理屈を、しかしカラセルは自信満々に叫び散らす。
そう、これはカードゲーム。詭弁のようでも、屁理屈のようでも、ルール上それが通るなら――
「――何一つ問題はなし! 《虹のリヴァイアサン》効果発動、《トップダウン・フレア》を墓地に送りその効果を《リヴァイアサン》の効果とする!」
再び《リヴァイアサン》の腹部が光り輝き、ただし今度の光は赤い。
「フィールド上の使い魔一体を選択し、それより攻撃力の低い使い魔をすべて破壊する――」
――召喚時五枚のスペルを下に重ねる《虹のリヴァイアサン》は、重なったスペルが一枚減るごとに攻撃力を一下げていく。《クロノス・レイド》と《トップダウン・フレア》の二枚を使ったことで、現在の攻撃力は三。
「――焼き払え!」
しかし、《スリープ・シープ》のステータスはそれより低い1/1:つまり――《リヴァイサン》の吐き散らす業炎が、七匹の羊たちを一匹残らず灰へと変えた。
グリープの場は、これでがら空き。
「無人の荒野を攻撃宣言! 食らえ二発目、"混色のアルケミー・スパイラル"!」
再び《虹のリヴァイアサン》が光の螺旋を吐き出して、しかし今回その光は黄・青・紫の三色のみ。しかし三色と言えど直撃すれば死は免れない怒涛の奔流を――グリープは残り五つのビットを三つ砕いてバリアを展開、かろうじて《リヴァイアサン》の一撃を受け止める。
「さて、これでおれのターンは終了……なのですが」
カラセルのターンエンド宣言を聞き入れ、グリープはデッキの一番上のカードにそっと手をかける。しかし、彼のドローはさながら絞首台に臨む死刑囚のように力のないものだった。
ユーレイだって理解している。下級使い魔や通常のスペルとは違う。永続スペルと同じ理屈。
常時ビットからの魔力供給を受けている上級使い魔は、相手ターンでも効果を発動することが可能――
「――《虹のリヴァイアサン》の効果。《
グリープのカード・ドローからコンマ一秒の間もなくカラセルが発動を宣言、《リヴァイアサン》の腹部が最後に紫色の光を見せる。
「《呪文洗浄》はコピーをコピーする死ぬほど回りくどい呪文で、自分デッキまたは墓地から『他の呪文の効果をコピーする効果』を持つ呪文を一枚選択し、その効果をコピーする。さて、おれが選ぶのはなんでしょう?」
「《命題用代用詠唱》……」
「《呪文洗浄》によって発動するのは、《命題用代用詠唱》。墓地の『ダメージを与える効果を持つ呪文』一枚をコピーする。では、その《命題用代用詠唱》によって発動するのは――《トリコロール・バースト》」
感嘆と驚愕から呆然とつぶやいたユーレイの言葉に、カラセルは静かにうなずくと――デッキから三枚のカードを引いた。
「デッキの上から三枚のカードを墓地に送って発動、その三枚と墓地のカードを照合し、同じカードが二枚以上存在しなかったならば……墓地に送った枚数分のダメージ。なんだけど」
「確認、要るか?」
「いいや」
《虹のリヴァイアサン》はその口から三色の光を放った。赤、青、白の光線――赤の一撃をグリープはビットで受け止め、青の一撃もビットで受け止め、
最後に残った白の光線を受け止める魔力は――ない。
闘技場の地面を抉り飛ばす白色光の直撃を受け、グリープ、およびセコンドの二人は、爆炎に飲み込まれて姿を消した。
ライフポイント、二→0―――――
「"我が魂は虹色に、しかしこの虹は七色にあらず"……《クロノス・レイド》込みの二連打八点に《トリコロール・バースト》三点とで、十一色。って感じでどうでしょう?」
誰の目にも疑いようのない、【
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