1-3.ユーレイとカードゲーム


 魔導巨兵の心臓部には魔力炉が備え付けられていて、魔力炉からはおよそ三か月に一度、百枚ほどのペースで魔力札カードが生成される。そのカードに記されているテキストがつまり新たな呪文であり、魔導巨兵というのは呪文を自動生成する兵器である。

 巨兵が生み出す呪文の数々はどれも現代の魔導文明の二百年は先を行くものばかりで、五大国の文明レベルは飛躍的に向上。そうした高度な呪文を扱う魔導巨兵が殺戮兵器としてどれだけの性能を誇るかも、既に世に知れ渡るところ。

 魔導巨兵に搭乗した魔導士は、複雑な操作など何一つ要求されることなく、ただ頭で念じるだけで好きな呪文を使用することが可能。炉に蓄えた魔力は無尽蔵、もはや、これは無敵の最強兵器――で、あるはずの魔導巨兵には、唯一にして最大の欠点が存在する。

 今より遥かに進んだ文明を有していたであろう古代人の遺産。その古代人が何を目的にそんな設計をしたのかは不明だが――


 二機以上の魔導巨兵が同じ場所に存在する場合、魔導巨兵は著しく弱体化する。


 無尽蔵の魔力炉が突如として遮断され、魔力量に限りができる。のみならず、それまでは念じるだけで使えていたはずの呪文が全く使えなくなる。魔導巨兵を用いて他国を侵略しようと試みても、その国の巨兵が迎撃に出てくれば即座にお見合い状態なのである。

 この状態の魔導巨兵は『デュエルモード』と称されるが、ただし。デュエルモードの巨兵を操縦する手段も、存在しないわけではなく。


 魔導巨兵のコクピット内部には、魔力札格納庫デッキホルダーと呼ばれるスペースが存在する。

 このホルダーに三十枚以上六十枚以下の魔力札カードをセットすると、魔導巨兵はそれらの魔力札を『デッキ』として認証。この認証を受けたカードを魔力札置場カードゾーンにセットすれば、デュエルモード中の魔導巨兵にもその呪文を使用することが可能で――要するに。


 魔導巨兵同士の闘いというのは、カードゲームの形をとるようになっている。


 カードゲームの形をとれば、デュエルモード中の巨兵でも呪文を使用することが可能。それにより敵魔導巨兵を破壊することができればデュエルモードは解除され、巨兵はその本来のスペックを持って敵国を蹂躙できる。つまり――

 国の存亡を賭けた戦争をカードゲームによって行う、狂った時代が到来したのだ。




 塔に背を向けて歩き出したユーレイは、ハイランド首都グランピアンのメインストリートをしゃんと背筋を伸ばして歩く。

 石畳に石造りの建物が並ぶグランピアンの街。澄んだ水のさらさらと流れる用水路にかけられた白石の橋、点々と植えられた街路樹に色とりどりの花を咲かせる花壇――かろうじて戦火を免れた首都は、かろうじて、美しい景観を保てている。

 だが、今回ユーレイが向かうのは煌びやかな中心街ではなく、薄暗い裏路地の先だ。

 十五年前【コンセプター】に焼き払われた街々の復興はいまだ完全ではなく、首都の治安と景観も一歩裏に踏み込めばまるで違う色を見せる。方々から流れ込んできた難民たちの溜まるスラム街、そこが今回の目的地であるが―― ハクローに借りた魔導タブレットの地図アプリに何度も目を落とし、何度も何度も十字路を曲がり、


「……どこでしょう、ここ」


 普段あまり来ない場所ということで、当然のようにユーレイは迷った。


「……【グッドスタッフが人生の近道】。……お店の名前、なんですよね……?」


 何の店なのかすらわからないが、とりあえずそこに行ってみろとハクローは言った。ただし護身の用意はしっかりしておくこと、と言い添えた台詞は上司らしい威厳に満ちていたが、しかしそのときのハクローはいつの間にかまた下着を脱いでいたため、ユーレイとしてはお願いですから服を着てくださいと言う他なかったのである。

 右折と左折と直進だけを繰り返すうちに路地は奥まっていって、ユーレイはだんだん薄暗く、淀んだ空気の漂う裏路地に迷い込んでいく。

 だんだんと怖くなっていって、曲がり角の壁に手をついて立ち止まったところ。

 ちょうど向かいの角の建物から子供が二人飛び出してきた。


「すっげー、<クロノス・レイド>だ! おれ初めて当たったよこれ!」

「ほんと!? わたしにも見せてよ、おにいちゃん!」

「だーめだダメだダメだ! おれが当てたんだからな……」


 きゃいきゃいとはしゃいだ声を上げながら暗い路地を駆け抜けていく兄妹。身にまとう衣服はところどころ破けてあまり良いものではなかったが、兄の手には名刺ほどのサイズの魔力札カードが数枚握られていた。一瞬、ユーレイは自分が迷子であることを忘れ、ただただ微笑ましい思いだけを胸に抱いて子供たちを見ていた。

 少しだけ、自分と兄に似ている――そんな思いがふと脳裏をよぎって、少女の可憐なほほえみは失われる。


 ――魔導巨兵発見以前も、カードゲームというものはあった。魔力札カードを用いた呪文戦ゲーム自体は、魔導士たちのちょっとした暇つぶしとして世界各地で楽しまれてきた。

 魔導巨兵が発見されて以降。ちょっとした暇つぶし、あくまでも"ゲーム"であったはずのその遊びが、国の行く末を左右することになるとわかってから――すべてが変わった。


 ありとあらゆるスポーツ、娯楽、賭博がすべて塗り替えられた。

 すべて、カードゲームに取って代わられた。


 国の方針、ではあった。ゲームが戦争の鍵になる以上は、そのゲームを少しでも国民に浸透させ、ゲームの才能を持つ魔導士を発掘しようとするのは当然。そういう政治の影響もあった。

 が、そんなこととは関係なく――ただのスポーツ、ただの娯楽、ただの賭博。ただの、ゲーム。ただの遊びであったはずの"ゲーム"が、世界を滅ぼす力と直結する。その響きはとても魅惑的で、もはや政治の力など誤差の範囲に過ぎぬと言い切って問題ないレベルで人々はカードゲームに熱狂した。

 地下カードゲーマーというのは、その極北のような連中である。

 カードゲームとは言うものの、その基本思想は『呪文テキストを記したカードに魔力を通すと効果じゅもんが発動する』――つまりこれもれっきとした魔法、カード一枚扱うにもそこに記された呪文テキストを完璧に理解していなくてはならない。テーブルの上でカードを動かすだけならともかく、魔導士たちの行う『カードゲーム』は魔導の才と修練を要求する。

 他のすべてをかなぐり捨てて、ただただカードゲーム関連魔法の修練に時間を費やす――そういったカードゲーム狂いこそを、地下のカードゲーマーと呼ぶ。そんな荒くれたちにまで王は声をかけることにしたようだ。兄ボーレイの逃亡のせいで。

 ――はしゃぐ小さな兄妹を眺めながら、ユーレイは、とめどなく頭の中からあふれてくる記憶を抑えられなくなる。


 *  *  *


 およそ十年前――ユーレイ五歳、ボーレイ八歳。そのくらい昔の話になる。


「――信じられないな」


 ローゼスト家の家長:ユーレイの父が居間で苦々しげに呟いたのは、その日ボーレイが魔導学校でやらかした所業を聞いてのこと。

 魔導実験室を無断使用して魔法の練習をしていたボーレイは、爆発騒ぎによって実験室どころか校舎を一棟まるごと消し飛ばしてしまった。

 ただし、事故の発生を寸前で察したボーレイがとっさに遠隔防御壁を展開して校舎に残っていた生徒全員を保護したために、被害者はゼロというマッチポンプ。

 怪我人いないし、校舎は直すからまあいいだろ――悪びれる様子もなかったそうである。


「入学してすぐのことでしたよ。私のところに来て、『おれ、呪文の連結向いてるかもしんない!』って、嬉しそうに……まだ二年前ですか、これが」

「我が子ながらに末恐ろしい。才能に恵まれたのは喜ばしいが……手綱を握れるかどうか」


 父と母は二人揃って息子の行く末に複雑な心境を抱いた。

 様々な呪文を組み合わせ、その威力を爆発的に高める――呪文の連結を得意としたボーレイは、カードゲームについても優れた才能を示していた。

 子供の遊びに付き合うつもりでボーレイと決闘を行った教師は残らず再起不能にされた。匂い立つような才能の本流、そこから繰り出される鮮やかなコンボ攻撃。二桁に満たない年齢の子供がこれほどのデッキを組めるという事実に打ちのめされて戻れなくなった。

 のみならず、どうやらボーレイは刺激を求めて一人で地下のカードゲーム場に入り浸ってすらいるらしい――そんな報告もユーレイの両親はちゃんと耳に入れているのだが、いつも無傷で帰ってくる息子に危ないからと説教をしても無意味だろうと諦めている。

 父は、大きくため息をついた。


「……少しくらいは、下の子にも流れてくれればよかったものを」


 この両親が自分の子供について語るとき、そこにはいくつかの特徴がある。

 父のほうは、娘のことを『あれ』もしくは『下の子』と呼ぶばかりで、『ユーレイ』という名を使うことがほぼない。


「そう悲観するばかりでもありませんわ」


 それに対して、母のほうは『ユーレイ』という名をたびたび呼ぶものの、


「ほら……ボーレイは、ユーレイをとてもかわいがっているでしょう?」


 あくまでも、主格は『ボーレイ』になる。『ユーレイはボーレイにかわいがられていた』ではなくて、『ボーレイはユーレイをかわいがっていた』。そこから動くことがない。


「ボーレイはきっと、将来、私たちにも御しきれない優れた魔導士になるでしょう。でも……そのときもきっと、あの娘が、ボーレイをこの家に繋ぎとめてくれますよ」

「……そのくらいの役は果たしてもらわねばな」


 ――吐き捨てるように父がこぼす、その光景を。

 当時五歳のユーレイは、扉の陰からじっと見ていた。



 教育係の目を盗み、窓からユーレイの部屋にやってきた兄とカードゲームをする――この当時のユーレイの日課だった。


「わたしと兄さんは、なにが違うんでしょう」

「は? ……おれとおまえ?」


 ただし、カードゲームとはいっても魔力カートリッジを利用するような本式のものではなく、ただただカードを並べるだけの原始的なゲーム形式。

 魔力を通していないから、<スリープ・シープ>を召喚しても羊のもこもこは現れないし、<ライトニングボルト>を撃ったところで雷が落ちるわけでもない。文字通りのゲーム、お遊びのようなもの。

 黙々とカードを動かしていたユーレイがぽつりと呟いたのを耳にして、三歳年上のボーレイは怪訝そうな顔をした。


「なにって、おまえ女じゃん」

「……そういう話じゃ、ないです」


 ユーレイが発動した<雪だるま式追撃機構>をクイックキャストの<ディスペリング・ストーム>で打ち消しつつ、ボーレイは首をかしげて言う。


「いや、そういう話だろ。おれとおまえって男か女かってとこからまず違うし……おまえ、コーヒー好き?」

「にがいのは嫌いです」

「おれはよく飲むよコーヒー。そのたんびにガキが背伸びすんなって怒られんだけど」


 当てが外れたユーレイは、少しもったいないような顔をして<ライトニングボルト>を発動。ダメージを狙うが、それも<哀れな身代わり人形>によって回避される。


「父ちゃんと母ちゃん、どっちかっつったらどっちのほうが好き?」

「……お父さん」

「おれは母ちゃんのが好きだよ。おまえ、しょっちゅう本読んでるじゃん? 本好き?」

「……はい」

「おれは本ってあんま好きじゃないんだよねー。カードゲームの本なら読むけどさ」


 ダメージが一切入らなかったので、<報復ロウ>の効果は発動せず。ユーレイはターンを終了、替わってボーレイがカードを一枚引く。

 ステータス1/1、貧弱なままのフクロウを寂しげに見やり――小さく、こぼした。


「お父さまは、わたしも兄さんみたいだったらよかったのにって、いつも言っています」


 手札のカードを真剣に眺めていたボーレイが、ふと、ユーレイのほうに視線を移す。


「……親父、目ぇ悪くなったのか?」


 きょとんとするユーレイに「ちょっと立ってみろ」と短く告げて、ボーレイはユーレイの隣に並んだ。


「おまえのほうが髪が長くてー、おれのほうが背が高い。コーヒー、おまえは嫌いでおれは好き。おれは本読まない。おまえは読む。おまえ女でおれ男……」


 ひとつひとつ確認するように指をさしながら、ほら見ろと得意げに言って座り直した。


「おれとおまえってぜんぜん違うだろ? おれはおれで、おまえはおまえ。当たり前のことじゃんよ。そのくらい見てわかんねーのかな? おれみたいならよかったって、なんだそれ?」

「……」

「おんなじやつが二人いたって、別に、おもしろくねーと思うんだけどな」


 その日のカードゲームは、結局、いつものようにボーレイが勝った。

 兄とのカードゲームでユーレイが勝つことはめったになくて、けれど、ユーレイはこの時間が好きだった。

 ユーレイとボーレイは二人揃って人形のように美しい顔をした兄妹で、お兄さんに似ているねと言われることは昔からよくあった。

『才能は兄ほどでもないようだが』――言葉の裏に見え隠れする底意を少しずつユーレイは汲み取れるようになって、でも、当の兄がユーレイをユーレイのまま肯定してくれたことを彼女はずっと覚えていて、だからユーレイは兄のことが好きだった。

 決して妹が劣っていたわけではなくて、兄が優れすぎていただけの兄妹。

 二人揃って、さらさらと流れるような金髪が特徴的な――よく似た兄妹だった。


 *  *  *


 褒められた人間には育たなかった。やんちゃ坊主ではちょっと済まないほどの悪ガキではあったのだ。国防の任を放り投げ、殴り書きの辞表だけを残して、兄はいずこかへ消えました――そう実家に報告を入れれば、父も母も頭を抱えながら、それでも納得するに違いない。あいつならやりかねない、と。そういう男ではあった。

 でも、兄は昔からカードゲームが好きだった。カードゲームを、教えてくれた。

 時々、教育係の目を盗んで、こっそり兄とカードゲームをする時間が――ユーレイは、好きだったし、それに、何より――


「……お兄様」


 ――兄は、とても強かった。

 強かったのに。

 どうして―――――



「――あいたっ」

「…………ああん?」


 滲みかけた涙を飲み込んで気丈に歩き出したユーレイは、考え事をしていたせいで前をほとんど見ておらず、曲がり角で男とぶつかった。

 髪の毛を綺麗にそり上げたスキンヘッド、ユーレイより三十センチは身長の高い、筋骨隆々の屈強な男だった。

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