T.C.G.とは?

 四本脚の巨人。

 というのが、敵国ザイナーズの魔導巨兵を形容するにあたって最も適切な言葉である。

 平べったく横に広がる下半身は、半人半馬と表現するより虫と呼んだほうが近い。アメンボに人の胴体が生えたか、脚の足りない蜘蛛か、そんなイメージを見る者に抱かせる。

 ――全高二十メートル超のスケール感を虫と呼んでいいものか、というのはやはり問題になるのだが。



 舗装された石畳と立ち並ぶ煉瓦の家々が美しく、そして整然と敷かれたそれら煉瓦や石畳の隙間を薄青の魔力光が常に走っているような街並み。

 ハイランドの首都グランピアンは、五大国の一角という肩書にまるで恥じない発展を見せる都市だった。魔法によって管理された都市、箒に乗った魔法使いでも飛ばせばそのまま絵本に出せるような魔導都市だった。

 それがハイランドという国だが、しかしこの国は十五年前、国土のほとんどが焼け野原と化していた。

 地獄のような炎に包まれた市街。無事な建物はほとんどなく、街路は散らばった瓦礫によってほぼ通行不能となっている。

 ――そんな瓦礫を難なく踏み砕きながら、四足の魔導巨兵は侵攻を続ける。

 地を這うように燃え広がる炎、黒と青の中間の色に塗られた暗い鉄の巨体は、煽る炎の逆光によって余計暗く、死神のように見える――


『だめだ! ここは退くしかない!』

『――ここで退けるはずが!!』


 逃げ惑う人々の悲鳴に混じって、攻撃呪文を詠唱する声。

 直後、瓦礫の陰から放たれた極太の熱戦が、悠然と歩みを進める巨人の胴体を直撃し、

 ――それで歩みを止めるどころか、魔導巨兵には傷ひとつつかない。

 何かしたかと言わんばかりに、巨兵は空中に魔法陣を三つ生成。首都防衛の任についていた魔導士が今しがた放ったそれよりも三倍は太い熱戦が無造作に三方を焼き払う。


「応答なし。応答なし! ダメです、歯が立ちません!」


 さて、こちらはハイランド王城。状況確認のため飛ばしていた使い魔がその一撃で焼き払われ、ブラックアウトした魔力スクリーンを見ながら通信兵が悲壮に振り返る。

 視線の先に控えているのは、当時ハイランドを治めていた国王。言われなくてもわかっておるわと歯噛みして、吠える。


「いつ尽きる。ロクな補給もなしに、いつまで動き続けるつもりだ!」

「も、申し上げます。魔導巨兵は大気中の魔力を自動で吸収して稼働する兵器、その魔力効率は異様の一言! おそらく動力切れは期待できず――」

「――知っておるわ! 報告通りということだろう!」


 テンパる通信兵を怒鳴りつけ、別の使い魔をまた戦場へ飛ばさせる。

 先日、湖の底から回収された銀色の巨人――魔導巨兵はすぐさまハイランド首都へと運び込まれ、国中の有力魔導士たちが総出で解析にあたったのだ。具体的にどんな仕組みで動いているのかは依然ブラックボックスの中だが、それが最強最悪の超兵器であることは皆が口を揃えて語った。

 五つの魔導大国で同時に発見された魔導兵器。こんな兵器を迂闊に動かすわけにはいかない、とハイランドは考えた。

 こんな兵器はすぐさま戦争に投入すべきだと考えたのが、ザイナーズだった。


『こんなものが人の手でどうにかなるか! 撤退だ! このままでは――』

『――後ろがもう首都だ。どこに退がる!』


 ハイランドという国はこのときまさに死地にあった。

 かつて存在した魔導文明の遺産とされるその兵器は、いざ動かしてみればとても現代の魔導士の手に負えるものではない。

 現代の魔導文明のレベルを遥かに上回る高度な呪文を、無尽蔵の魔力によって湯水のように撃ち放つ。

 例えるなら、それは――弓矢の開発すらおぼつかない、石を投げて喜んでいたような時代の人間に、文字通りの銃火器を与えるようなものだったのだ。 


『いいから、撤退だ! 化物と戦えるのは――』


 そこで敵魔導巨兵の左肩から突如として長大なキャノン砲が生えた。

 蓄えた膨大な魔力によって無から装備を生成することすら可能とするこの超兵器の、その照準が防衛軍たちの隠れた物陰にぴたりと合い――炸裂。


『――化物だけだ! それを待て……』


 吹き荒れる爆風に身を屈めて叫んだその魔導士は、話す相手が消し飛んでしまったことに気づいて舌打ちをする。

 この当時の魔導士たちはまだ、敵巨兵が生成する武装を適切に表す語彙すら持っていない。

 左手に機銃、右手にレーザーブレード、右肩にミサイルポッド――そうした武装を音もなく創出し、同時に複数の魔法陣を展開するその姿に、残された数少ない防衛軍たちの士気も折られかける。


「――まだか! まだ着かんのか!?」


 焦りに焦った王が通信兵の肩を激烈に揺さぶったちょうどそのとき、


 ――金属を打ち鳴らすような甲高い音が大気を震わせて、

 直後、敵魔導巨兵の進路を遮るような形で――銀色の巨人が、天高くから戦場へと舞い降りた。



 磨き抜かれた銀の体に燃え盛る炎を映して。ハイランド側の魔導巨兵が、四つ足の蜘蛛と対峙する。

 ほとんど一日足らずという猛烈な速度でハイランド国土を攻め上がった敵魔導巨兵に対し、ごちゃごちゃとした対策を練る暇はなかった。化物に対抗できるのは化物のみ、――こちらも魔導巨兵を出す。

 銀巨人のコクピット内部に、ハイランド首脳部からの通信が入った。


『――頼むぞジェレイン。まだ解析も何も十分に済んではいないが……こうなっては、その機体が最後の希望だ』


『敵魔導巨兵、確認できました。これより、迎撃に移ります……』

 もはや搭乗者を選定する時間すら惜しく、パイロットに選ばれたのは王が個人的に信頼を寄せていた魔導士だった。

 銀の巨人と蒼黒の蜘蛛、二機の巨兵が対峙する様はまさしく神話のワンシーン。

 この世の終わりを体現するように燃え果てた市街を見回して、いったいどんな死闘が始まるのかとその場にいた誰もが恐れた。

 恐れた、のだが。

 二機の魔導巨兵はにらみ合ったまま、まるで動く気配がない。どころか、【シルバー・バレット】のコクピットからはハイランド王城へと通信が入る。


『……あの、すみません』

『どうした。なぜ動かない?』

『いや、……いや、恐れながら、確認なのですが。――この机の窪みのところに、呪符を嵌め込む……と、術式が発動したり、武装を生成したり、そういうことができる。ん、ですよね……?』

『そうだ。……それがどうかしたのか?』


 魔導巨兵は呪符を自動生成する兵器。その中には現代魔導士にはまだまだ理解の及ばない高度なものも多いのだが、その呪符をどう使えばいいかは明確に示されている。

 デスクに呪符をセットした瞬間、魔力炉で練り上げられた魔力が呪符へと流れ込み、術式が起動。これにより発動した魔法は通常の魔導士が使うそれよりもずっとずっと高い出力を発揮する。

 の、だが。通信越しに、なにやらこちゃこちゃと手元のカードをいじる音が聞こえてきたかと思うと――


『あの、……発動、しないんですが……』

『――――は?』非常に気まずそうな声で、そう言った。

『いや、何が何だかまったく不明なんです! 急に……向こうの魔導巨兵と向かい合ったあたりから、これ……ええ? なんだ? この魔導巨兵、急に動かなく……』


 ぴくりとも動かない二機の魔導巨兵を見上げていた防衛軍の生き残りたちも、ここで異変が起きているらしいと気づく。


「おい、なんか……なんだ? あれは」

「ああ。……どうなってる?」


 視線の向く先は自軍ではなく、敵国の魔導巨兵である。

 先ほどまで、その全身にいくつもの兵器を装備していた四つ足の巨人だが――ハイランド側の魔導巨兵がこの場に現れた瞬間、敵巨兵が生成した武装は一瞬のうちにすべて消滅したのである。泡のように突如溶けてなくなった装備に、敵巨兵も困惑したような調子で自らの両腕部を眺めている。

『――あっ!』そんな混乱の中。

 二機の魔導巨兵のコクピット内部、ディスプレイにふと浮かび上がった謎の文章に――両パイロットは同時に目を留めた。


『どうした!』

『――なんか! なんか出ました! なんか書いてます! えっと、ですね――』


[ -Engage- 敵T.C.G.を発見しました ]

[ -Duel-mode:ON- ]

[ カードの使用は正式な決闘ルールに従って行ってください ]


『カードの使用は正式な決闘ルールに従って行ってください』

『……は?』困惑する王の声を置き去りに、ディスプレイは文章の続きを映し出す。


[ -Duel-mode:ON- ]

[ ホルダーにデッキをセットしてください ]


『――デュエルモードオン。デッキをセットしてください、って書いてます!』

『……………………は?』


  *  *  *


 滅びた古代文明の遺産、魔導巨兵。誰が何の目的で作ったのかは歴史の闇に消え去って、従ってなぜこんな機能が搭載されているかの真相は知りようがない。

 いち早く魔導巨兵を戦争へ駆り出したザイナーズ、それを迎え撃ったハイランド。この戦争でわかったことはひとつ。

 二機の魔導巨兵が同じ場所に存在する場合、それら巨兵は著しい弱体化を見せる。

 呪符が発動できなくなるどころか、まともに動かすことも難しい。この状態の魔導巨兵は『デュエルモード』と呼称され、そしてデュエルモードに陥った魔導巨兵を再び操縦するための条件は、二つ。

 ホルダーにをセットすること。

 そして、


 何かをまかり間違えた物語は、こうしてすべての始まりを迎える。

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