魔導巨兵T.C.G.(β版)

胆座無人

0.歴史のお勉強

はじめに―まかり間違えた物語


 呪符、と呼ばれるマジックアイテムがある。


①一枚の紙に、魔法陣および魔法術式をあらかじめ記しておく。

②その紙に魔力を込める。

③術式が起動する。


 ごく単純な仕組みのアイテムである。

 さて、こんな説明から入る時点で察しが付くように――このお話は、剣と魔法の世界を舞台にした物語である。

 多い少ないの個人差はあれ、すべての人間がその身に魔力を宿して生まれてくる世界。魔法が当然のものとして存在し、石造りの街には箒で空を飛ぶ魔導士たちが溢れかえっている。

 魔導士たちによって運営される五つの巨大魔導国家が、地上の勢力図を争う乱世――


 これは、そんな魔法の世界を舞台にした物語である。

 これは、そんな魔法の世界を舞台にした物語、だったはずである。


 さて、こんな前置きが入る時点で察しがつくように――このお話は、ある一点をまかり間違えてしまった物語である。

 

 時系列的には、この話の開始から二〇年前にあたる年。

 この年に、世界のすべてを揺るがすような大発見があった。

 この発見によって、『魔法がすべてを支配する世界』は『カードゲームがすべてを支配する世界』へと変貌を遂げることになる。


 何をどうまかり間違えたのかは、物語の中で語られるのに任せるとして――

 お話を始める前に、それがどんな発見だったのかだけ、説明しておこう。



  *  *  *



 魔法が当たり前のように存在する世界とはいったものの、やはり魔導士というのは秘密主義。

 門外不出の秘伝の魔術を山奥で研究し続ける老魔導士、国が邪法として禁じた黒魔術を地下で研究する邪教徒。そうした「秘匿される研究」は昔から腐るほど存在した。

 ゆえに、かつて存在したそれら魔導士たちの秘密研究所を後世の人間がたまたま発見し、もはや遺跡と化したその場所から隠された魔術の研究成果を発見するといったことは、まあ、あった。

 この件に関しても同じこと。かつて確かに存在したらしい魔導士たちの研究成果を、たまたま発見しただけだったのだが――

 いくらなんでもこんなのが出てくるのはおかしいだろうよ、と誰もが口を揃えて言うものが出てきた。


「強いて言うなら、でいい。……どう見える?」

土人形ゴーレム、……が、一番近い。……ように見える。強いて言うなら」

「土。ゴーレム。なるほどな」


 問うた側の老魔導士は、皮肉げな笑みを口元に浮かべた。


「――これがか?」


 振り仰いだ老魔導士が指で示す先には――銀色の巨人が立っていた。


 地上を支配する五つの巨大魔導国家のひとつ、ハイランド。発見者は、かつてこのハイランドの中枢で国家運営に関わっていた老魔導士である。

 昔は敏腕魔導士として鳴らした彼も今では一線を退き、山奥で隠遁生活を送っている。目覚めるとまず陰険なローブを羽織ったまま朝霧の中を散歩に出て、家の近くにある湖のほとりでハイキングさながら朝食をとり、すがすがしい気分で家に戻る。そんな毎日。

 ある朝のことである。

 いつも通る湖から、なぜだかその日に限って妙な魔力の揺らぎを感じた老魔導士は――探査魔法を走らせた結果、湖の底の底、さらにその地下に、巨大な空洞があることを突き止めた。

 潜って調査を試みた。

 空洞の中には、巨人がいた。

 かつて彼が勤めたハイランド王城の玄関ホールに勝るとも劣らない大空洞。魔法によって作られたその空間には、巨人が立っていた。

 強いて言うなら土人形(ゴーレム)とは言ったが、なめらかに光る銀の体は誰がどう見てもなんらかの魔法金属によって作られたものだ。ただし何の金属かはわからない。

 何の金属を用いれば、こうも長大かつ精巧な巨兵を製造できるのか――わからない。

 全高二十メートルをゆうに超える異様なスケール、老体が見上げるには酷なほど。ここまで巨大なゴーレムなど現代魔導士の誰一人として作れない。

 はてさてどんな邪法が出るかと暢気して乗り込んだ老魔導士もさすがにこれには腰を抜かして、すぐさま昔のツテを辿って国家魔導士たちを呼び寄せた。

 調査員たちが空洞内部を慌ただしく駆け回る中、老魔導士とその旧友は並んで唸り声をあげている。


「……こんな、こんなゴーレムが動いてみろ。街ひとつくらい一瞬で踏み荒らせるぞ……!」

「試してみるか?」冷や汗を拭う旧友に、老魔導士は一枚のカードを差し出した。

 その材質は巨人と同じくなめらかに光る銀の板、老人の萎れた手のひらにちょうど乗るくらいのサイズ。そこには国家魔導士たちですら解読できない謎の言語がびっしりと彫りこまれている。

 ただし、彼らにも理解できるフレーズが一節だけあって――銀板の上部、これがこのカードのカード名であると主張せんばかりの位置に、四角で囲まれた――<emeth>の文字。

 老魔導士が大空洞に足を踏み入れた際、この銀板は何もない空間でひとりでに浮かんでいたそうだ。

 ――起動用の、呪符。

 しばし老魔導士の目を見返したのち、旧友は呪符に魔力を込めた。銀の板が黄金色の光を放ち、ワンテンポ遅れて二人の足元に光り輝く魔法陣が出現。

 直立不動の姿勢をとっていた銀の巨兵が、ゆっくりと膝を折った。

 重量感あふれる動作で、しかしまるで主に仕える騎士のようにその巨体が片膝をついた瞬間、魔法陣の発光もまた頂点に達し――

 次に目を開けたとき、二人はにいた。

 それは、巨兵の胸の内側をくりぬくようにして作られたスペース。実際以上に広いその空間は魔法によって広げられたもので、がらんどうのオフィスみたく白く無機質な四角い部屋の中、目につくのは壁の一面に設置された複数のディスプレイだ。膝を折った巨兵の周囲をうろうろと歩き回る魔導士たちの姿が映し出されていて、巨兵の周囲四方の様子を映し出すモニターであることがわかる。

 それらモニターの前に設置された大きなデスクと、ベルト付きのシート。困惑しながら腰かける旧友に、応援を呼ぶ前一度自分でも試していた老魔導士が告げる。


「心臓部、というか……操縦席(コクピット)、ということになるのだろう。たぶん」

「……搭乗式のゴーレムだと?」


 シートに座ったまま振り返った旧友は、そこで老魔導士が指さすものを見て驚愕した。

 部屋の中央に鎮座する、巨大なクリスタルボール。

 きっと老魔導士が抱き着いてみても球の半分にすら手が回らないだろうサイズ、少なからぬ圧迫感をもって部屋の中央に君臨する透明な球からは、同じく透明なパイプが床と天井に向かって伸びており――その内部には、薄青色の魔力がたっぷりと満たされていた。

 波打つ水のようでもあるし、漂う煙のようでもある。不思議な質感を見るものに感じさせるこの魔力を蓄えたこの水晶玉こそが、すなわち――この巨兵を動かす、魔力炉。

 が、魔導士たちを驚愕させたのは魔力炉の存在そのものではない。

 黒雲の中で、稲妻が光るように。青く漂う魔力の中で、紅い稲妻が鮮烈に駆け巡っている。

 ――原始の海に覆われていた地上に落ちた一筋の雷。それこそが生命の起源であると言われることがある。

 だから、というわけではないが。

 赤と青に輝く水晶玉の内部――満たされた魔力以外何もなかったはずの水晶玉の内側で。

 最初は輪郭、続けて内部。紅い稲妻が閃くごとに――虚空から、一枚のカードが生み出されていくのだ。

 やがてカードが完全に出来上がると、最後に一際大きな稲妻が迸る。まばたきをするともう水晶玉の中には青い魔力があるだけで、さっきまでそこにあったはずのカードは――魔導士の座るデスクの上に、そっと転送されていた。

 改めて、魔導士たちは操縦席と呼ばれたこの部屋を見回す。

 部屋中、いたるところにカードの山が積みあがっている。同じようにして生成されたと思しき、カードの山が。


「呪符……なのか?」


 今しがた作られたばかりのカードを拾い上げ、旧友は茫然とつぶやく。

 <水晶薔薇の霊竜>と刻まれたその呪符には、薔薇の花から鎌首をもたげる竜の絵が刻まれていた。

 使い魔を召喚するタイプの術式を刻印する呪符の場合、使い魔の絵をあらかじめ描いておくことはそう珍しくない。召喚したい使い魔のイメージを明確に描くことができるからだ。

 ただ、<水晶薔薇の霊竜>などという使い魔は聞いたことも見たこともない。


「改めて、聞くが。――どう見える?」


 老魔導士のこの問いに、もはや『強いて言えば』と前置いても『ゴーレム』などとは返せない。


「呪符を自動生成する魔導兵器……? いや、それも……」あちこちに積み上がる山の中から無造作に数枚を拾い上げ、愕然と。「まったく未知の、高度な呪文が刻印された呪符を……」


 彼らは国家に仕えた魔導士、その優秀さは折り紙付きである。ゆえに、彼らにはわかる。

 たとえそこに刻まれた呪文の意味そのものはわからなくても。

 それに刻まれた呪文が、現代の魔導文明のはるか先を行く――きわめて高度、かつ強力なものであることだけは、理解できる。

 座ったデスクの表面をそっと撫でながら、旧友は震える声で老魔導士に問うた。


「なんだ。……なんなんだ、これは。百年だか二百年だか昔の邪法使いが何人束になって、どんな禁術に手を出したって……こんなものが作れるか!」


 コクピット内部に積みあがる呪符の山。そして、自分が今座っているこのデスクには――ちょうどそれらの呪符がすっぽりと嵌まりそうな窪みが、いくつも掘られている。

 誰が、どうやって、何のために作ったものなのか? その答えは出ない――


「しいて理屈と名前をつけるなら」――ただ。

「百年二百年どころじゃない。もっと昔、太古の昔に魔導戦争か何かで滅んだ超古代文明の遺産……魔導巨兵、ってところだろう」


 二人の魔導士は、どちらもごく自然に、自明のことであるかのように――この謎の巨人を『兵器』と呼んだ。




 五つの巨大魔導国家が、地上の勢力図を争う乱世――うち一国、ハイランドが銀色の巨人を発見したのとほぼ同時期。

 いったい、どんな偶然なのか。

 他の四大国家も、それぞれの国土からこれと同質の巨大兵器を発見した。




  *  *  *



 地上の覇権を争う五つの国が同時に超強力魔導兵器を手にした時代。何をどうまかり間違ったのか、残りはお話の中で語られるものとして。

 ひとつだけ、説明を付け加えておく。


Q.〝T.C.G.〟とは何の略か?

A1.…〝Tragic Chronicle Giant〟――『悲劇の年代記を記す巨人』

 その絶大な力をもって地上を焼き払った太古の魔導兵器。その力は戦争のルールすら塗り替え、きっとこれからも数々の戦いと悲劇を生むであろう巨人を、魔導士たちはそう呼んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る