第5話 大好きなカレー

「そのお母さんのカレーを食べさせてくれる人、あるいは食べられる場所はないですか?」

「……えっ?私のカレーを食べられる場所?」


思ってもいない質問に、お母さんは一瞬黙る。そして……。


「……あります」

「え、どこですか!?」

私の言葉に、お母さんは答えた。


「私の母、つまり奈々子のおばあちゃんです」

「おばあちゃん、ですか?」

「はい。実は、このカレー、元々は子供の頃、野菜が苦手だった私のために、母が作ってくれたカレーなんです」

「じゃあ、奈々子ちゃんがいるのは、おばあちゃんの家なんじゃ?」

そう言うと、お母さんは首を横に振る。


「それはないと思います。母の家は岡山で、いつも新幹線で行っています。あの子一人で、しかも、たいしたお金もなく行くのは……」

「行けないことはないですよ」

「えっ!?」

本宮君の意外な言葉に、私とお母さんは同時に声をあげる。


その後、私達は、奈々子ちゃん親子が、いつも岡山に新幹線で行く時に使う新神戸駅に向かった。


駅員さん何人かに聞き込みをしたけど、欲しい情報は得られない。

次に本宮君は、売店で駅弁を売っている年配の女性店員さんに、奈々子ちゃんの写真を見せた。すると。


「この子、見たよ」

「え、見たんですか!?」

詰め寄るお母さんに、店員さんは続ける。


「最初、60代くらいの男性のお客さんが一人で弁当を買ったんだけどね。その後、向こうから来た、この写真の女の子に呼び止められて、少しの間二人で話してたんだよ。男性はビックリした顔して、少しの間考えこんでいたけど。その後、女の子を連れて、また新しい弁当を一つ買って、新幹線の改札の方へ二人で歩いて行ったよ」


店員さんの言葉に、お母さんは青ざめた。


「あの子は連れ去られたんですか!?」

「違うと思います」

取り乱すお母さんに、本宮君は冷静に言う。


「奈々子ちゃんは、きっと、その男性に交渉したんです。自分と岡山まで一緒に新幹線に乗ってくれないかと」

「えっ!?」

私とお母さんが声をあげた。


「奈々子ちゃんは幼稚園児なので、自由席なら料金は要りません。大人が同伴者なら、周囲から不審に思われ、途中で保護されることもないでしょう」

「あの子、そんなことを……!」


驚きで立ち尽くすお母さんに、本宮君はおばあちゃんに電話で、奈々子ちゃんが来ているか確認するよう勧める。


それから、約二時間後。


「奈々子!」

新神戸駅の新幹線のホームに、おばあちゃんと一緒に降り立った奈々子ちゃんへ、お母さんは駆け寄った。


「ごめんね、奈々子……!約束破って一人にして……!」

お母さんは、奈々子ちゃんの体をぎゅっと抱き締める。


「奈々子ね、食べたくなったの。あのカレー」

お母さんの腕の中で奈々子ちゃんが言った。


「でもね、おばあちゃんのカレー美味しかったんだけど……。お母さんのと少し味が違うの。やっぱり奈々子、お母さんのカレーが一番好き」

「奈々子……」


娘の言葉に、お母さんの両頬を涙が伝う。

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