172:宵闇の唄 その十一
ごちゃごちゃとした建物の入り組んだ路地は、普段計画的に配置された街並みで生活していると酷く違和感がある。
まるでここだけ外国のようだ。
「なんだ、この配管は」
「違法改造なんじゃないですか? この上の方の電線も正規の物とは思えませんし」
「火事とか事故がこええな」
「実際火事は多い」
建物の壁から地面に伸びた太い配管をまたぎながらの会話に由美子がぼそりと告げる。
おい、マジか? ヤバイな特区。
ビルとビルの隙間の空き地に建てたらしいバラック小屋がまるで工事現場の足場のような階段に添って階層を重ねている。
そのままビル沿いに立体構造になっているという、やたら不思議な光景だが、このバラック小屋が元あった通路を潰しているので、この怪しい階段を登る必要があった。
「もはや異世界の光景だな」
「あっちのビル半分崩壊してる」
「やべーだろ、撤去どうなってんだ?」
後で聞いた話によると冒険者同士のイザコザで建物が崩壊したり地形が変わったりすることがよくあるらしい。
なにそれ、怖い。
つまり建物のオーナーがよく変わるだけでなく、そういう直接的な変化がめまぐるしくて手がつけられないというのも、この特区の構造がどんどん複雑化している一因であるらしかった。
彼らは壊しもするが、自分たちで造りもする。
配管や電線、水道さえ、いつの間にか正式でない物が増えているという話だ。
バラック小屋の中から住人が俺達を胡散臭そうに眺めている。
明らかに倭人じゃない顔立ちの者が多いので、本当に外国のようだ。
と言うより、ここは外国だと考えたほうがいいのだろう。
俺達の常識が通じると考えないほうがいい。
住人達は俺達に関わりあうかどうかを決めあぐねているようで、とりあえずは好きに行かせてくれている。
とは言え、正直ナビがあっても道に迷いそうだったので誰かに道を訪ねたいんだが、言葉通じるのかな? こりゃあ翻訳術式が必要か?
「ユミ、翻訳術式あるか?」
「ハンター証の機能を使えばいい」
「え? ああ、そう言えばそういう機能もあったな」
ハンター証の翻訳術式はなんて言うかわかればいいというぐらいの乱暴な通訳で、あまり使い勝手がよくない。
余裕があれば使い勝手のいい別の翻訳術式を使うので、死に機能と化していた。
そのため咄嗟には思い付かなかったのだ。
「兄さん、ちょくちょくそういう物忘れがありますよね。老化現象ですか?」
「バカ言え、そんな訳あるか! 俺はまだ20代だぞ?」
「年齢のことを言い始めるのは気にしている証拠」
「いやいや、いくらなんでもそんな訳あるか」
うちの弟と妹が酷い。
いくら二十代後半だからってそんな、老化現象とか、そんな……。
「血族は認定試験の筆記免除という規定がよくないんだと思うんです。考えるのを止めた時から老化は始まると言いますから。是非協会にルールの改正を要求しましょう」
「同意」
「やめんか! 俺の問題でハンター全員に迷惑が及ぶわ!」
「そもそも血族は脳筋でもいいという考え方が古いのです。今は技術が使えないハンターなど、ゴミも同然です」
「ゴミって、お前ね」
実の弟からゴミクズ扱いを受けるという萎えイベントをこなしながら、通路を進む。
てか、いつの間にかビルの屋上に来ているんだが、ほんと、ここいらの道はどうなっているんだろう。
「ちょっとここで道を確認するか」
「うん」
屋上から周囲を眺めつつ手元のナビを確認する。
が、それも芳しくなかった。
ビルや独立した家屋以外は屋根と屋根が重なりあって蓋のようになってしまってその下にあるはずの道がほとんど見えないのだ。
「う~ん、迷宮のゲートと軍の駐屯地、ハンター支部を目印にして大体位置的には合っていることだけはわかる」
「大雑把ですね」
「やっぱ誰かに聞くか」
俺はハンター証を引っ張り出して翻訳術式の機能をオンにした。
使ってみれば簡単だ。
ビルの内部に入る扉は施錠されていて、降りるには外階段を使うしかないようだった。
隣のビルに渡る渡り板もあったが、そっちだと下に降りる時に大通り側に行ってしまう。
「もうここ自体が迷宮のようだな」
「ああ、それはわかります。迷宮っぽいですよね、この街」
外階段を降りると、呆れたことにその踊場が隣の家の屋上とつながって物干し台になっていた。
そこに女性や子供が何人か集まって洗濯をしたり、集まって話をしたりしている。
「すみませーん」
俺はあまり大声にならないように、かつ相手に声が届くように注意して声を出した。
振り向いた女性達や子供達は一瞬びくっとなる。
この反応には慣れている。
大体俺の顔を初めてみた相手はこういう反応になるのだ。
どうせ怖い顔ですよ。
だがさすが冒険者の身内というべきか、女性も子供も泣き出すことはなく、じっとこちらを注目している。
「この辺に冒険者協会運営の孤児院があると聞いたんですが、わかりますか?」
俺の言葉に女性達はヒソヒソと囁き合う。
うーん、凄い疎外感だ。
「知ってるよ」
と、ひょいと屋上から手すりを飛び越えてこちらの階段に飛び移った少年がそう言って来た。
年齢は十歳前後だろうか?
ぎりぎり手が届かない間合いを取って油断なくこちらを伺っている。
危険な大人との対峙に慣れているのだろう。
「場所を教えてもらえるかな?」
俺の言葉にその少年は片手を差し出して来た。
む、これはお駄賃を要求されているのか。
いくらぐらいが相場なんだ?
ジャンパーの内側のホルダーから財布を取り出した俺を少年は目を細めて見ている。
すげえ観察されているぞ。
「これでいいかな?」
相場がわからない俺は、とりあえず千円札を渡してみた。
少年の顔がニィっと歪む。
むむっ。
「いいぜ、案内してやる」
少年は千円札をポケットに突っ込むと、階段を先に立って歩き出す。
ちらりと先ほどの屋上を見れば、女性達は既に自分の仕事やおしゃべりに戻っていた。
しかし、時折こちらを伺っているのはわかる。
ううむ、結構精神に堪えるな、この状況。
少年の先導で道を行きながら、その少年が道の目印を説明してくれる。
最初の印象よりマメな子だったようだ。
そして、壁の横の細い道から入り込む小さな教会が目的地だと教えられる。
「教会が運営してるのか? でも、冒険者協会の支援で運営されているって聞いたんだが」
「ああ、そこはウィンウィンな関係なんだよ。教会は信者が欲しいから子供の頃から教育したい。冒険者協会は大した運営費は出せない。そこで設備は冒険者協会が、人材は教会が派遣してるんだな」
教会の活動は基本的にボランティアだと聞いたことがある。
神の奇跡はより与えた者に降りるという定義があるからだ。
「なるほど、箱は冒険者協会が作って運営管理は教会が行っている訳か」
子供たちの生活費なんかは冒険者協会が出しているらしい。
結構複雑な関係なんだな。
「ありがとう。これは成功報酬ってことで」
俺は少年にもう千円を渡す。
「お、わかってるね。まいどあり、まぁ渋ちんだったらたまり場に連れ込んで絞り上げるつもりだったんだけどさ、まともな報酬くれたから俺も久々にまっとうな仕事が出来てよかったぜ」
「おいおい、犯罪はやめとけよ、監視があるんだから」
この特区内にはあらゆる箇所に監視の目があり、冒険者の行動をチェックしている。
犯罪の発覚は早い。
だが、少年は俺の言葉に再度ニヤリと笑ってみせると、さっさと姿を消した。
う~ん、なかなかたくましいな。
細い通路を通って入り込むと、どうやらそこは孤児院の裏口のようだった。
あいつ、表側に案内してくれればいいものを。
たまたまそこで遊んでいた子供たちが突然現れた俺達にびくりとする。
「だれ?」
「あー、木村という者だが、タネルとビナールはいるかな?」
「お? タネル兄ちゃんとビナール姉ちゃんの知り合い?」
「ああ」
「ビナール姉ちゃんなら、ほら、あそこ」
子供が指差したほうを見ると、一人の少女がキャンバスを前に何かを描き入れている。
その横顔に見覚えがあった俺だったが、集中しているその様子に声を掛けていいのかどうか判断出来ずに躊躇った。
「絵を描いているのか」
「うん、ねえちゃんちょっと変わった絵を描くんだ。ああしている時は話し掛けても聞こえないよ」
「なるほど。じゃあタネルを呼んでくれるか?」
「う~ん、でもおっちゃん、まずは先生に挨拶するのが筋じゃね?」
「あ、ああ、そうだな」
おっちゃん呼びされた俺は動揺のあまり慌てて何度も頷いてしまった。
おっちゃんて、……おっちゃんて、俺はまだ二十代だぞ、こいつらからしたらおっちゃんなのか……。
結構ショックがでかい。
「せんせー」
子供が駆けて行く。
元気だ。
若いっていいなぁ、青春だなぁ。
「兄さん大丈夫ですか?」
いつの間にか隣に来ていた浩二が眉を寄せて俺を見ていた。
反対側の腕を由美子がつっついている。
ちょっと今メンタルが低下しているからつつくのやめてください。
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