171:宵闇の唄 その十

 端末を操作してデータを表示させる。

 先日会社でニュースを見て、うっかり昏睡事件のことを口にしてしまったがために、伊藤さんに俺がその事件を気にしていると気づかれてしまい、強制的にお手伝いをされてしまった。

 いや、もちろん無茶なことはしないしさせないんだが、なんと事件の全データを纏めて、現場を地図上に一括表示出来るようにしてくれたのだ。

 しかも話した次の日のことである。

 仕事早いよ、伊藤さん。

 その地図を見て、結局俺はハンター支部に、つまりうちの駄目師匠に連絡をすることにした。

 元々持っていた疑いが、その地図を見て確信に変わったからだ。

 事件現場を全部辿ると特殊な形になるとか、全部繋げて円形にすると中心部が割り出せてそこが犯人の住居だとかそういうわかりやすい話ではないのだが、そもそも俺はこの事件は迷宮か冒険者に関係していると薄々感じていたのだ。

 そしてこの地図を見て確信した。

 なぜなら事件現場は必ず、特区から2km以上離れた場所で発生していたからだ。


「もちろん2キロ以上って言ったって、10キロの所もあれば5キロの所もある。共通しているのは離れているってことだけだ、だからこれは最初から結論ありきで情報を見た結果でしかないんだが、俺の考えすぎと思うか?」

「いや、俺もね、おっかしいな~とは考えてたんだよねえ、ほら、あの事件って、なんていうか猟奇的? オカルト的? だろ?」


 パチンと指を弾きながら言うバカ師匠ことカズ兄を嫌々視界に入れながら俺は顔を竦めた。


「猟奇的じゃねえだろ、今のとこ血は流れちゃいねえんだから、単に、昏睡した者が誰も目覚めないだけで」

「血が流れなければ平和っていう考えは甘いんじゃないかなぁ~、昏睡って言うと軽く聞こえるけどさ、犠牲者は段々衰弱しているんだよねぇ~、怖い怖い」

「それだけど、どんな具合なんだ?」

「最初の犠牲者はもう半ばミイラだねぇ、生きているのが不思議なぐらい? 栄養を入れるそばから抜かれている感じかな?」

「くっ」


 思ったより酷い話だった。

 もっと早く行動していればと悔やまれる。

 その俺の前で馬鹿師匠が鼻を鳴らした。


「なんだお前、まーた自分の責任のように思っちゃってる訳? あれか? ガキみたいなヒーロー願望を拗らせてるまま? ぷっ、おっこさまだなぁお前」

「ちげえし!」


 ゲラゲラ笑うバカを睨みつけながら窓の外を見る。

 特区外の近代的な町並みとは違い、特区の中は未来的な建造物とバラック建てのような建造物、木造と石造の古代様式のような建物など、カオスな町並みになっている。

 土地と建物のオーナーの変動が激しすぎるため、政府も管理がままならない有様なのだ。

 しかしまるで話に聞くスラム街のようなこの街こそが冒険者達にとっては夢の一攫千金の黄金郷なのだろう。


「しかしまぁ、お前の話はわかったよ。俺もどうせ出処はこの特区だろうとは思っていたけどな。なるほど、特区の『人間』が自分のやったことと思われないように出来るだけ特区から離れた場所で事件を起こしているという考え方はシンプルでわかりやすいな。お前の見立てではこれは怪異のやらかしではなく、人間の計画的な仕業ってことか」

「ああ、怪異はそういうアリバイ作りとか考えないからな。だが事件を起こしているのが人間なら、それも冒険者なら、確実に記録が残っているはずだ」

「事件の起きた日の特区の出入りの記録なら特区庁に申請して既に貰っているぞ」

「そういう所はさすがと言うべきだろうな」

「おっ、タカくんに褒められたぞ、クロウ」

「カァ」


 肩のカラスが返事する。

 今までいなかったのにわざわざこれだけのために出現させたのだ。

 うぜえ。


「しかしな、全部の日に共通して外出している奴は案外と多いんだな、これが。冒険者達は結構外が好きでな、素行の悪い奴らは出られないが、まともな連中は割りと外出してる」

「とりあえずデータくれよ、勝手に探るなというんならやめてもいいが」

「へっ!」


 カズ兄は思わずといった感じに肩を竦めてみせる。


「嘘を言え、お前、こっちがやめろと言ったって気になっていることをそのままに出来るような奴じゃねえだろ? ぜってー首を突っ込んでくるにちがいねえんだよ。バーカ、お前みたいな馬鹿を放置すると思ったか? 甘いわ! コウくんとユミちゃんには連絡済みだかんね」

「て、てめえ、何勝手なことしてんだよ!」


 アホか、ハンターとしての正式な仕事でもないのに、何うちのチームに勝手に話を回してるんだよ。

 立場を利用して横暴だろうが。


「ちっ、ちっ、ちっ、残念、ハンター協会からの正式な依頼です」


 むっとなった俺を宥めるようにカズ兄はニィっと笑って指を振る。

 と、同時に扉をノックする音が響いた。


「失礼します」


 ノックとほぼ同時に扉を開けて入って来たのは浩二と由美子だった。

 浩二のいつも無表情な口元に珍しく笑みがあるが、目が怖い。


「うちのチームリーダーが先行してしまい揃うのが遅れてしまって申し訳ありませんでした」


 弟よ、ちょっと怒っているのか? いや、怒られるようなことでもないだろ? 俺はまだ何もしてないぞ?

 対して由美子は何かニコニコとしている。


「カズ兄、久しぶり」

「ユミちゃんはいい子だなぁ。そうだ、来客用のスイーツ食べるかい?」

「やった」


 おのれ、こいつうちの妹を餌付けしてるからな。

 昔から由美子にだけはええかっこしいなんだよな、こいつ。


「正式な依頼ってなんだよ。ハンター協会が関わるのは怪異事件のみのはずだろ? 冒険者が起こした事件はハンター協会の管轄外のはずだ」


 俺が抗議をすると、バカ師匠はにこやかに振り向いて、浩二の方へ顔を向けた。


「コウくん、君んとこのリーダーに説明してあげてくれるかな?」

「わかりました支部長」


 一礼して、浩二が俺を見る。

 こいつ、俺よりもずっとカズ兄を天敵のように嫌っていたはずなのに、なんでつるんでるんだ?


「兄さん、今回の事件は人間業ではありません。この意味、わかりますね?」

「ん? 魔術とか術式とかではないってことか?」

「そうです。魔術や法術といったものはいわば方程式のような物、答えとヒントがあれば逆算して元になる数式を見付け出すことが可能です。しかし、今回の事件はそういう方程式が抜けているのです。なんらかの意思があり、それが結果に繋がっている。これは怪異の技に近い」

「だが、人間の仕業だ」

「既に人間ではないのかもしれませんよ?」


 浩二の言葉に、俺は以前に出会ったグールや更には同じ人間を依代にして怪異を生み出していた冒険者のことを思い出した。

 だがあの者達の中で最も醜かったのは人間であるはずの冒険者の男だった。あれは本当に人間だったのだろうか? そして人間の境界線はいったいどこにあるのだろう?

 ぞっとした。

 背中が急に嘘寒くなる。


「わかった。それを調べるのが俺達の役割ってことか。んで犯人が普通の人間だったら警邏隊に任せるってことでいいんだな」

「まぁ普通ということはあり得ませんから、任せると言っても特務隊辺りになりそうですけどね。かねがねそんな感じの認識でいいかと」

「だけど、カズ兄、俺らは政府と長期契約中なんじゃねえの? まぁ仕事はあんま無いんだけどさ」


 とりあえず話はわかったので気になっていることを確認する。

 普段意識することはあまり無いが、俺達は迷宮担当のハンターとしてこの日本政府と長期契約を結んでいるという話になっていた。

 たまに呼び出されて迷宮潜るぐらいで本当に意味がある契約なのか疑問に感じるが。


「それはだいじょーぶ、政府からしてみればお前たちに迷宮から離れて欲しくないだけの話で迷宮近くでの怪異事件にはむしろ積極的に関わって欲しいってこったから、問題ないってさ」


 カズ兄はいそいそと由美子に給仕しながら俺を振り返りもせずにおざなりに返事をした。

 いらっとしたが、このぐらいはこのバカにおいてはまだまともな行動なので、俺は気にしないことにする。


「……まぁ、そういうことなら、いいけどな」


 正直協会のバックアップがあるのは助かる。

 こういう調べ物は一人で動いてもたかが知れているので、どうしてもある程度支援が必要だ。


「タカ兄、このお菓子、美味しいよ」


 由美子が手招きをしていた。

 お前何食ってんの? それケーキじゃないよね、さっきそこの棚から出して来たはずなのにアイスの乗ったやたら凝ったデザートみたいなんだけど、それ。


「ふふん、美味かろう、それはこのカズ兄特製のバナナクレープとこだわりベリーのストロベリー仕立てだよん」

「いつ作ったんだよ、なんで棚から出て来たのにアイスが溶けてないんだ?」

「ふふ、いい質問だな探偵君。実はこの棚のこちらがわは冷凍室と冷蔵室になっているのだよ。ふふっ気づかなかっただろう?」

「うぜえ」


 何無駄な改造してんだよ、それハンター協会の資金でやってんの?

 俺達の稼ぎの一部がそんなことに使われているかと思うと腹が立つんだが。

 白いプレートの上に盛られた淡い黄色のクレープの上を鮮やかな紅と紫のベリージャムが細かい網目のような模様を描いていた。

 いちごアイスの上には半分に切られたイチゴと白い生クリームが飾り付けられ、周囲には宝石箱の中身を散りばめたような野苺のような物とブルーベリーなどが配置され、悔しいが、確かにそれは見事なものだった。

 もっとも、端っこのほうとアイスの一部はもう由美子に食われたらしく崩れてしまっていたが。


「兄さん、あーん?」

「あーん」


 細長い先割れスプーンに綺麗な赤いベリーを刺して、由美子がそれにアイスとクリームを付けてこっちに差し出して来るので、つい、子供時代の癖で口を開けてしまう。

 食べさせて貰ったそれは、ベリーの酸味と甘さがふわりと広がり、その後を追うように生クリームとイチゴアイスの味がして、甘すぎない優しい味わいになっていた。

 これは確かに美味いかもしれない。


「うんうん、仲良きことは良きかな良きかな」

「あんたなぁ」


 ニコニコしているバカ師匠に若干引き気味になりながら、俺は由美子に礼を言うと、応接ソファーに片手をついて身を起こし、楽しげなその顔を睨む。

 後ろでは何かを達観したような浩二のため息が聞こえた。

 お前ね、言いたいことは口にしたほうがいいよ、マジで。

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