173:宵闇の唄 その十二

「裏口から来てしまいまして大変申し訳ありませんでした」


 子供たちが引っ張って来た先生なる人物に頭を下げる。

 別に意図してやった訳じゃないが、いきなり知らない人間が裏口から入って来たらそれは不審者と思われても仕方がない。


「いえいえ、本来我ら父の元に共にある者に分け隔てはありません。教会の門戸は常に開かれているのが当然なのです。しかしここには年端の行かない子供たちがいるので私達も少々気を使っていまして」


 やっぱいるのかな? 人攫いが、この特区はこんな有様だが完全な管理都市だ。

 特に街の出入りには厳重なチェックがある。

 無許可のゲートも開くことが出来ないようにネットが張ってあると聞いたことがあるしな。

 誘拐しても連れ出せないんじゃないだろうか。


「もちろん、この国の管理体制を疑っている訳ではないのですが、世の中には思いも掛けないことを考える輩がいるものですから」


 疑問が顔に出ていたのか、相手はそういう風に説明した。

 万が一のことがあるかもしれないってことか、なるほど。

 この先生という人は意外なことに倭人のようだった。

 正統教会の牧師らしい質素な装いで胸には鉄で出来た聖印アンクを下げている。

 年齢は五十から六十といった所だろうか? 穏やかな雰囲気の男性だった。


「確かに世の中何があるかわかりませんからね」

「ええ、それで、今日はタネルとビナールに用事とか」

「ああ、はい。ちょっと仕事を依頼しようかと思いまして。彼らはここの職員扱いなんでしたっけ?」

「一応年齢的にそういう扱いになっていますが、本質的には子供たちと同じように一定期間の保護の目的もあるのです。彼らの父親は協会に保険を掛けていて、その項目に子供たちの独り立ちまでの保護という要項がありまして」

「なるほど、冒険者の掛ける保険というのは通常の保険とは意味が違うことが多いようですね」


 浩二が興味深そうに尋ねた。

 先生と呼ばれた男はそれに頷く。


「実際、私もまだ冒険者の流儀はよくわかっていないことが多いのです。むしろ子供たちに教えられてばかりですよ。ああ、失礼しました。私は当孤児院の運営管理を行っている松田ともうします」

「あ、こちらこそ失礼しました。自分は木村と言います。二人は妹と弟です」

「ご兄弟ですか、冒険者の方は家族単位でパーテイを組むことが多いようですね」

「ええ、そうですね」


 もちろん俺たちは冒険者ではないのだが、別にその勘違いについて訂正する必要はないだろう。

 わざわざハンターだと言う利もないしな。

 応接間のドアからノックの音が響いた。


「先生、失礼します」


 言葉を掛けて入って来たのはタネルだ。

 迷宮から離れてこうやって改めて見ると、少し肌色が違うだけの普通の青年に見える。

 髪色も同じ黒系だし、ロシア人のアンナや新大陸のピーターのように銀色とか赤毛とかの派手な外国人を見慣れたせいだろうか。

 タネルの後ろに隠れるようにビナールの姿もあった。

 ビナールは可愛らしい帽子のような被り物をしていて、ワンピースに前掛けという先ほど見掛けた時とあまり変わらない姿だ。

 タネルも質素な白シャツにズボンという格好で、用事を片付けてそのまま来てくれたのだろうと思われる。


「二人共久しぶりだな。生活のほうはどんな感じだ?」

「あはい、衣食住は施設で賄えますから、とりあえず迷宮の一層に潜って小銭稼ぎをやってリハビリという感じですね」


 タネルが現状を簡単に説明してくれた。

 もう迷宮に潜りだしているのか、タフだな、この子等も。


「それじゃあ、お仕事の話なら私は席を外したほうがいいでしょう、後でうちの子にお茶を持たせます」


 そう言って、松田氏が席を立って一礼すると部屋を出て行く。

 こういう外部の人間の訪問はよくあるのだろうか?

 対応が慣れているな。


「あの、今日は何か? 私達ならもう大丈夫ですから」


 ビナールがおずおずと口を開いた。

 一瞬、俺たちが関わるのが迷惑なのかな? と思ったが、その表情に拒絶の色は無かった。

 ちょっともじもじしている感じだ。

 ふむ。


「そう言えば、ビナールは絵を描くんだな。すごい集中力じゃないか」


 俺が後ろに立っても気づかなかったしな。

 俺がそう言うと、ビナールは真っ赤になってうつむいてしまった。

 ありゃ、なんか悪かったかな?


「妹の絵は趣味というより生きることの証のようなものですからね。物心付いてからずっと描いているんですよ」

「へえ、そりゃあ凄いな。誰か先生とかに付いてるのか? 学校とかは?」

「いえ、そういうのは私達は」


 タネルが困ったようにそう答えるのを聞いて、ああと思い至った。

 馬鹿か俺、金を稼ぎに冒険者になったのに、そんな余裕があるはずがない。


「悪い、なんか俺、デリカシーが無くって」

「そうですね」


 絶妙のタイミングで浩二が間の手を入れる。

 こいつめ。


「そんなことはありませんよ、心配してくださるのはありがたいことです。迷宮から助けだしていただいただけでもありがたいのに、その後の滞在手続きや冒険者協会への連絡なども手配していただいて」

「まーまー、そういうのは止めようぜ。困っていたらお互い様だ、誰かが困っている時に助けるようにすればその誰かがいずれ自分を救ってくれることになるかもしれない。因果は巡るってのが俺たちの考え方だからな」

「あ、はい、理の法ですね。私もそれは理解出来ます」

「実は今回はお前たちに依頼を持って来たんだ」

「依頼、ですか?」


 タネルとビナールは少し困惑したように首を傾げた。

 彼ら冒険者は賞金稼ぎを独自に行ったり、遺跡の発掘作業を手伝ったりと、対怪異以外の仕事も結構頻繁に行うと聞いたことがある。

 それで今回の依頼も思い付いた訳だけど。


「ああ、実は何人かの冒険者の評判を集めて欲しいんだ。無理はしなくてもいいからわかる分だけでいい。特に最近何か変わったとか言う話があったらそういうのを頼みたい」

「何かの容疑者を探しているんですか?」


 タネルは勘がいいな。

 冒険者の社会に下手に首を突っ込めないのは冒険者カンパニーでの対応で身に沁みてわかった。

 彼らは用心深いし、何よりハンターというものを信用していない。

 それなら冒険者には冒険者ということで彼らに依頼しようと思ったのだ。

 それに今は新たな足場作りをしなければいけない彼らにとってお金はあればあるだけ助かるだろうしな。


「うん、まぁ実は都内で起きている原因不明の昏倒事件なんだが、ちょっと人間技じゃないんだ。最近冒険者に妄想汚染イマージュという現象が広がっていることは知っているか?」

「ええ、噂では。しかし、その二つがすぐに結び付くと考えるのは早計では?」

「そのための調査だよ。考え違いなら考え違いでもいいんだ。でも一応調べてみる価値はあると思っている」

「そういうことならお受けしましょう」


 タネルが頷いて言った。

 決断が早い。

 最初から受けるのを決めていたという感じだった。

 ビナールも頷いている。


「ただ、これだけは守って欲しい。絶対に必要以上に踏み込むな。異変の有無さえわかればいいんだ、いいな?」

「ええ、その辺は上手くやりますよ。私達は物心ついた時から冒険者の中で生きて来たんです。流儀は心得ています」


 その言葉に気負いは無い。

 うん、大丈夫そうだな。


「それじゃあ頼む。結構人数が多いんで面倒掛けるが。これがリストが入った端末で、こっちが書面の依頼書とリスト、と、これが手付金と活動費だ。結果に関わらずこの資金は使い切って構わない。仕事の代金はまた別に出す。報酬金額がこっちな」


 俺は端末と書類、そしてバンクカードを渡した。

 タネルは一瞬驚いたようにバンクカードを見たが、契約書を見て自分の端末を取り出し、カメラで取り込んだ内容を翻訳すると、それを確認して驚いたように顔を上げる。


「金額が大きすぎます」

「いや、調査対象の人数で割ってみろ、そう言う程大きい金額じゃないだろ」

「それでもちょっと破格じゃないですか?」

「これは個人としての依頼じゃないんだ。ハンター協会からの依頼と言ってもいい。だから気にするな」


 タネルは困ったように俺の顔と書類を見比べていたが、やがて息を吐いた。


「わかりました。この仕事をお受けします」

「助かる。だけど絶対に無理はするな」

「当然ですよ。私には妹がいますし、それに孤児院に迷惑になるようなことは出来ませんからね」


 そんな話をしていると、コンコンとドアの向こうでノックの音がした。


「どうぞ」


 一礼して中学生ぐらいの女の子がワゴンを引いて来ていた。

 柔らかそうな茶色の髪の女の子ですごく緊張しているのがわかる。


「お茶をお持ちしました」


 タネルは机の上の書類やカード類を俺の持って来た袋に纏めて入れると、トントンとその底をテーブルで叩いて整えた。

 片付けられたテーブルの上に少女がお茶とお菓子を並べて行く。

 それは見ているこっちが緊張するぐらい慎重な手つきだ。

 かちゃりと茶器が音を立てると、いちいち少女がびくっとするのでこっちもドキドキしてしまうのが不思議である。

 無事全て並べ終わると、一緒にため息が漏れたぐらいだ。

 それに気づいた少女は一瞬てへっという感じで笑ってみせると、また一礼してワゴンを引っ張って帰って行く。

 と、ぱっとドアが再び開いて、「ご、ごゆっくりどうぞ!」とだけ告げるとパタリとドアが閉まった。


 なんだかほのぼのとした空気が広がる。


「ええっと、とりあえずお茶をいただこうか?」

「そうですね」


 俺が言う以前に手を付けている由美子はともかくとして、俺は浩二を促して紅茶らしきカップに口を付けた。

 うん、ちょっと砂糖が欲しいな。

 そんな俺を見て、ビナールがくすっと笑ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る