140:羽化 その十五
「おお! お久しい! 元気だったっすか!」
「……お前、元気だな」
武部部隊長からかつての仲間だった大木の変貌を告げられた俺たちは、彼に面会出来るのか? と尋ねた。
怪異のように变化してしまったのなら隔離されているに違いないと思ったからだ。
まぁあれだ、すぐに快く了承されたことから予測すべきだったんだよな。
この駐屯地の兵舎の一室に普通にいた大木は、俺を認めて元気に挨拶して来たのだ。
しかし、一見して変化しているように思えないんだが。
俺が不思議そうに自分を見ていることに気づいたのか、大木はどこか似合わない恥ずかしそうな笑いを見せる。
「あ、聞いちゃったんですね。そうなんっすよ、実は」
そう言いながらゆったりとした部屋着の袖をまくった。
「あ」
そこには鱗状になった腕があった。
黒鉄色というか、鈍い金属の光沢を持ったその鱗は、恐ろしく異質だ。
「これがですね、服の下ほとんどに出来ちゃってまいっちゃいますよね」
まるで日焼けの痕を恥じるような軽い言い方にちょっと力が抜けたが、いやいやと思い直す。
これはそんな軽い話じゃないだろ。
「よく見せてもらって構わないか?」
俺が真剣にそう言うと、大木はちょっと気押されたように「お、おう」と応えた。
実際に触ってみると、本物の金属のようにひんやりとしていて魚やトカゲの鱗とは違って滑らかさに欠けていてゴツゴツしている。
由美子が指先でツンツンと触って首を傾げた。
「やっぱり他者の意識は絡んでない。異能者じゃ?」
「いや、あらゆる調査をしたが異能ではない。体が元からそうだったかのようにその状態で安定しているのだ」
由美子の言葉に武部部隊長が答え、その答えですでに軍の方で大体の調査を終えていることを知った。
「安定しているというと、これは、もしかして戻らないのですか?」
「そうだ、まるで元からこの体だったかのように体の組織が機能している」
「あのアンナ嬢の解呪なら」
俺の言葉に、由美子は首を振った。
「あの冒険者は肉体が不安定だった。精神ともうまく噛み合っていないようだった。でも、大木さんのこれは安定してる」
つまり戻せないということか?
「あっ、リーダー、そんな心配そうな顔はナッシングっすよ! これ、結構便利なんすから。モンスターの攻撃とか防いじゃうんですよ」
ポージングをしてみせる大木に、俺は呆れた。
「いやいや、そんなお気楽でいいのか? お前」
「いいんすよ、だって深刻にしててもどうにもならないし、それに、俺は悟ったんすよ。これはあれっす、一つの適応なんすよ」
「適応?」
大木は頷いた。
「あの迷宮に潜っているとわかるっていうか、感じるんっす。生き物ってのは、自分がなりたい物になる力があるんじゃないかって。死にたくない! 負けたくないって思うと、あの時のリーダーとか襲ってきた化け物とか思い出すんですよ。リーダーもあの狼男も、俺と同じ人間の範疇じゃないっすか、それなら俺だって戦いたい、生き延びたいって気持ちで戦える体になることも出来るんじゃないかって」
「戦える体って、お前」
俺の言葉に大木はチッチッと舌打ちをしてみせた。
「俺達は職業軍人っすよ。迷宮で任務を果たすために戦うのが仕事っす。迷宮ってとこは一筋縄では行かなくって、入るたびに今回は生きて戻れるのか不安になるんですよ。実際それで精神を病んでしまった同僚もいるっす。ほら、仲間の
「そうだったのか」
当初、迷宮の調査や資源回収の巡回チームはバディ単位を三組でローテのパーティを作り、そこに士官クラスが同行という形を取っていたらしい。
しかし、繰り返す内に、迷宮へ入ることが出来ない者達、
もしもの時には脱出苻があるにも関わらず、どうしても迷宮に入ることを体が受け付けなくなるのだそうだ。
無理に入ると精神に異常をきたすとかで、配置換え処置が行われた。
そんな中、全くストレスを発症しない人間もいた。
それがこいつを始めとする数人の隊員だ。
中でも大木はその前向きさをかわれて、迷宮探索班に組み込まれることが最も多かったらしい。
「なんかこう、最初は、モンスターとやりあってもなかなか怪我しなくなって、丈夫になったなぁってだけだったんですけどね。気づいたら皮膚が固く色変わりしてて、最後にはこんな風に」
「こんな風にって、お前」
困惑した俺を遮るように、由美子が質問をした。
「徐々に変化した? 怪我にかさぶたが出来るみたいな感じ?」
「あ、そんな感じっすね」
由美子は小さく頷いて、後は沈黙した。
いや、お前一人で納得してないでわかったことは口にしようよ。
「軍隊としてはどういう感じなんだ? これは」
「一応任務中の負傷ということで障害者手当が付く」
「いやいやそうじゃなくて、あんたもたいがい天然かよ」
武部部隊長殿が真面目くさって返答して来たのへ突っ込むが、一方で、これって障害者扱いになるのかと不思議な感じを抱いた。
軍って案外身内には鷹揚なのかもしれない。
「迷宮探索にリスクがあるってことがわかってるんだからそういう情報開示とか、最悪迷宮の封鎖とかなんか無いのかって話だよ」
そういう事例があったのなら、事前に警告を発してむやみに迷宮探索をさせないようにするべききゃないのか? と思ったのだ。
そもそも、今までの迷宮は攻略された時点で消滅していた。
土地柄的に何度も迷宮が発生する場所もあるが、それらはあくまでも違う迷宮が発生するだけだ。
しかし、この迷宮に限っては、同じ迷宮に複数回チャレンジ出来る。
今まで人類が経験したことのない事態なのだ。
異常があったら一旦閉鎖するのも当然のことではないだろうか。
「情報開示は今のところは関連性がはっきりしないので情報として外に出す段階ではない。ゲートの閉鎖などやったら冒険者の暴動が起きるぞ」
言われて想像してみた。
迷宮に潜れなくなって困窮した冒険者が一斉に暴動を起こす所を。
うん、ヤバイわ。
だが、これは放っておいていい問題じゃないだろ。
「これは、彼がわりと気楽だから危機感が無い、というより、問題が最近になって一挙に噴出して来たせいで対応が出来ていないと考えるべきでしょう」
浩二が淡々とそう分析する。
うん? つまり時期が重なっているということは。
「そうか、頻度か」
迷宮に潜る頻度で発症確率が上がっているんじゃなかろうかってことだな。
「我々としてもそうではないかと推測して、大木二等の頻度を目安に頻度の高い冒険者をチェックしているのが現状だ」
「警告は?」
「危険は最初に宣誓をしている。いかなる危険も自己の責任だとな」
「それはあくまでも迷宮の中での危険だろ。自分の心身が変化するかもしれないってのとは違うだろ」
「違いはない。冒険者という連中は君が思うほどやわではないぞ」
むっとするが軍の方針に外からつべこべ言ってるのは俺のほうだからこれは言っても仕方ないことなんだろう。
それに確かに確証のないことを元に物事を動かすのは難しい話だ。
それより、気になったことがあるんだよな。
「大木、お前、明子さんとはどうなったんだ?」
迷宮探索中あれだけいい雰囲気だった二人だが、大木がこんな風になって大丈夫だったのだろうか?
「あー、メイちゃんは、配属換えになって、しばらく会ってないんだよね」
大木は、今までの軽いノリから一転して、重たいため息と共にそう言ったのだった。
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