126:羽化 その一

 年明けの会長挨拶で「冒険心無き者に新天地は開かれない」という老いてなお意気盛んなお声をいただき、社員一同は感動のあまりあくびをした。

 いや、話が長くて緊張感が続かなかったんだ。

 決して会長を馬鹿にしていた訳ではない。

 まぁうっかりあからさまだったのは俺を含め数人だけだったけどね。


 本格的な仕事は明日からとは言え、明日からの仕事の方向性の確認はあった。

 うちで最も強い炊飯ジャーと湯沸かしポットのマイナーチェンジ、バージョンアップ版の草案が入っている。

 最近は一つのことしか出来ない商品よりも付加価値があるほうが人気が出るので、その方向に検討したいということだ。

 この手の会社の主軸となる商品に手を加えるのはデリケートな問題で、万が一それで実績が下がってしまえば目も当てられない。

 しかし、こと電化製品においては進化しないということは許されない所もある。

 神経を使う開発になるのは間違いない。


「ところで新年会はどうする?」

「さっそく飲み会ですか? そういえば年明けにオープンした店がなかなか飯も美味くてまだサービス期間で安いそうですよ」


 まだ長期の休みの感覚が抜けないのか、同僚の浮ついた会話を聞き流し、俺は伊藤さんに手を振った。

 彼女は休み中に髪を少し切ったのか、なんだかしゃれた髪型になっている。

 前のふわっとした少女のような髪型も彼女に似合っていたけど、今のちょっとシャープな髪型もイメージが大人っぽくなって可愛いというより美人に感じられていい。

 というか、こんなに美人だと他人から狙われないか不安だ。

 こちらを振り返って笑ってみせる彼女に、心が暖かくなる。


「なんというナチュラルなバカップル」

「こんな酷い社会人を見たことがない」


 女子社員の御池さんとうちの一番の若手の男子社員の中谷がヒソヒソと囁き合う。

 聞こえてるし! 聞こえるように言ってるんだろうけどさ。


 本日は会社は早上がりだったので、俺と伊藤さんは一緒に食事を摂ることにした。

 以前も行った多国籍食堂だ。

 

「今日はピアノの演奏は無いんだな」

「冬休みだし、お嬢さんもどこかに旅行とかかも」


 この店お得意のバガン料理でオススメの海鮮お粥を伊藤さんが頼み、俺は鶏肉カレーを頼んだ。

 まだ昼間なので酒は遠慮したら炭酸水が出てきた。

 元冒険者の人って生水嫌うよね。


 食事と会話を楽しみながら、俺はタイミングを計って伊藤さんに小さな箱を差し出す。


「これ、お土産なんだけど」

「えっ!」


 伊藤さんがびっくりしたように俺を見て、ちょっと口を尖らせて自分の手荷物を探りだす。

 すぐに小さな紙袋を取り出すと、それをテーブルの上に出した。


「むう、先を越されちゃった。はい、これは私からのお土産です。お土産、ありがとうございます隆志さん」

「えっ、ああ、こちらこそありがとう」


 まさか伊藤さんからのお土産があるとは思わずに純粋な驚きと喜びがある。

 こんな風に何かの報酬ではなく人から何かを貰えるなんて、今まであまり考えたことが無かったので喜びより先に驚きがあった。

 俺たちは仕事の時に直接報酬やお礼を受け取ってはいけないという決まりがあり、仕事の報酬は全部ハンター協会経由で入って来ることになっているのだ。

 家族同士でする贈り物は基本的には実用品だ。

 護符や武器、防具などを互いに贈り合うことで、守りや攻撃の際にその繋がりを通じて強度を増すのを目的としていた。


 そういえばと思い出す。

 彼女は凍える大地のお祭りに行ってお土産を買って来るようなことを言ってた気がする。

 ということはこれは水精か。

 開けた袋に入っていたのは少し大ぶりの革製の腕輪だった。

 真ん中に水精が縫い込まれていて、それを囲むように鮮やかな糸で縫い取りがしてある。

 術式の組成などが全くわからないが、おそらくは護符の類なのだろう。

 大きさ的に二の腕に付けるバングルタイプのようだ。


「そのバングルは持ち主に常に幸運を運ぶんだそうです。その、ちゃんとした魔術的な品物とは違って民間のお守りなんですけど、普段ならいいかなって」

「ありがとう。俺にはしゃれていすぎるから服の下にでもつけておくよ」

「えっ、似合うと思いますよ」

「それは欲目というものだよ」

「もう」


 伊藤さんはちょっと不満を口にしながら、今度は俺の贈った箱を開けた。

 正直こんな洒落た物を贈られたのに、俺の方は見た目ただの石というのがどうも恥ずかしい限りだ。


「あ、素敵ですね」

「そ、そうかな? みすぼらしくないか」


 滝の乙女からもらった石は水が乾いてしばらくしたら白っぽかったのが透き通った翠っぽい色合いに落ち着いた。

 翡翠の類がまざってたんだろうか?

 それを銀の細線で編んで囲み、ペンダントトップに加工したものだ。

 ただの鎖だと味気がなさすぎるので、青い組紐にホワイトゴールドのチェーンを巻き付けるように編み込んだものに下げてみた。

 ペンダントトップだけ外せるようになっているので手入れをしたりチェーンを変えたりするのも楽になっている。

 伊藤さんの好みに合わない場合はチェーンを変えてつけて貰いたいからだ。


「それも護符なんだ。出来ればいつもつけていて貰えると嬉しい。重さは軽減してるから肩が凝ったりはしないと思う」

「これ、もしかして……あの!……ええっと、隆志さんの手作りなんですか?」

「あ、ああ、そうだけど」

「デザインからそんな気がしたんです。嬉しい。ありがとうございます!」


 お土産と言ったのに俺の手作りで納得してしまっていいのだろうか?

 目元を上気させて喜んでいるんでいいんだろう。

 というかその上目遣いを止めてほしい。

 新年そうそう我が家に泊まり込みさせる訳にはいかんだろう。


 そんな俺の気も知らずに、伊藤さんは早速ペンダントを胸に下げてニコニコと笑っていた。

 おおう、なんか胸に目が行ってしまうとそれなりに俺の理性もピンチになるぞ。

 男の理性なんて信じてはならんのだよ。

 俺は慌てて残りのカレーを掻っ込むと、話を逸らした。


「お祭りどうだった?」

「凄かったんですよ! 最後のほうではイッカクが氷を突き上げて姿を現して。幻想的でした」

「へえ、イッカクってあの角がある魚だっけ。本当にいるんだな」

「ええ、なんでも守護者の御使いとかで、今年は良い年になるんだそうです」

「それはよかった」


 俺は国から出たことが無いし、これからも出ることは出来ないが、外の世界に憧れることが無い訳ではない。

 ただ、国の外に出たいという気持ちは薄かった。

 それは血の呪縛のせいなのかもしれない。

 だが、もしかしたら呪縛など全然関係なく、俺の性格がそうなのかもしれない。

 なので自分が外の世界に出ることが出来ないことを、別に嫌とか辛いとかは感じたことがなかった。


 人はそれぞれ生来の好き嫌いがある。

 俺たちの血の呪縛もそれと似たようなものだと思うのだ。

 別に特別酷いことをされている訳ではないしな。

 酷いと言えば思い出したが、血族が滅びに向かっているという、かの魔法大国の勇者血統こそが問題なのかもしれない。

 いったい何をどうしたら自国の守護者を滅ぼすような呪いを埋め込めるんだ?

 そう言えば、何か熱く語っていたあの変態野郎はあれからどうしたんだろうか?

 アンナ嬢ことジィービッカ嬢に怒りの衝動のままバラバラにされてなければいいな。


 そんな益体もないことを俺がつらつら考えていると、伊藤さんの話題が身近なものに移っていた。


「そう言えば、ここの迷宮のこと、お父さんのお友達の間でも話題になっているみたいで色々聞かれてしまいました」

「あ、あ、そうか。元冒険者だもんな。気になるよな。ん? もしかして現役の人もいるのか?」

「ええ、生涯冒険者という人も意外と多いんです。どうせなら戦って死ぬとか言っちゃう駄目な大人がいたりして困ったものです」

「ああ、うん。バトルジャンキーか、意外といるよな、うん」


 命のやり取りの刺激に慣れすぎて、日常生活に復帰出来ない人間というのは意外といる。

 恐怖を押さえつけるのではなく楽しむほうに振り切ってしまった連中はもはやほとんど病気だ。


「以前は開拓の仕事と思っていたんですけど、それでも引退を勧めていたんですよ。でも、冒険者とわかってからは放っておけなくて、顔を合わせるたびに叱りつけているんですけど、なかなか改心させられなくって」


 伊藤さんの言葉につい吹き出してしまった。

 父親程の相手を叱りつける伊藤さんの姿がありありと脳裏に浮かんだのだ。


「笑わない!」


 怒られてしまった。


「あはは、ああ、いや、ごめん」

「もう。みんなが隆志さんみたいならいいのに」

「う~ん、俺もちょっと駄目な感じはあるんじゃないかな?」


 なにしろ弟とか妹に見限られている感じだし、こうフラフラしてるよなって、自分でも思う。

 どっちつかずってのは一番嫌われるんじゃないかな、と思いはするんだ。


「そんなことないです。隆志さんはカッコイイですよ」

「お、おう」


 きっぱりと断言されて、俺はあまりの照れくささに顔を伏せてしまったのだった。

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