127:羽化 その二

 電算機パソコンにロック状態の通信が届いていたので読んだのが先週の話だ。

 それから事態の推移は早く、どうにも嫌な予感がする。

 それでなくても最近は変な噂が広まっていて「何か」が起きる土壌が出来ていた。

 奴が仕掛けて来ているのか、それとも全く違う何かなのか、今の段階では判断出来ないが。


「もう二桁階層もそれなりに進んだんだよな」

「ええ、先日二〇階層攻略の報告がありましたね。テレビジョンでも記念番組をやっていましたよ」

「そう言えば会社で誰かが噂してたな」

「うちの先生が調査に入りたいと希望を出していた。でも、受理されないと嘆いていた」

「いくらなんでも一般人にいきなり上層とか自殺行為以外のなにものでもないだろ。そりゃあ許可出す訳がない」


 俺たちが住んでいるマンションのフロアの一室はミーティングルームとして機能している。

 情報機器や色々な術式が組まれていて、必要な情報を提示しつつ作戦を立てることが出来るようになっているのだ。

 浩二がテーブルの上に表示されている打鍵盤キーボードに指を走らせて現在解明している迷宮の内部を立体的に表示してみせる。

 とは言え、迷宮の階層同士に物理的な繋がりは無いので、ビルの内部構造のように表示されているのはいわゆる「イメージでお送りしています」という所だ。


 俺たちが初期階層を攻略した後、冒険者達はパターン解析などを駆使してその後の階層を次々と攻略していった。

 さすがプロは違う。

 軍はもはや彼らの後塵を拝することすら諦めて、情報を買い取っている状態だ。

 何しろ下手に軍を投入すると死人が出て問題になる。

 俺たちも自分達だけならともかく軍人さんをガードしながら上の階を攻略するのは無理だと判断してそう報告した。

 面子よりも実利を選んだ結果の現在である。

 実に賢い選択だと言わざるを得ない。


 その反面冒険者達は評判通り頭がおかしい連中揃いだった。

 喜んで特攻しては死亡率を順調に上げているのである。

 出来ればきちんと計画的に攻略して欲しい。

 死亡率が跳ね上がるたびに俺たちは食い物の味がわからなくなって来ているのだ。

 このまま行くといずれストレスで死ぬ。

 恐るべきは終天の罠。


 とは言え、連中がいなければ攻略が進まなかったのは間違いない。

 なにしろ俺たちが俺たちだけのパーティで迷宮に入ることを国側は許さなかった。

 だからと言って他のハンター連中と俺たちをチェンジもしない。

 海外からの派遣組も足止めを食らってものすごく抗議していたようだが、国の上層部は頑として折れなかったし、お互いの国のお偉方同士は了解しているらしく、アンナ嬢やピーターは、今となっては親善大使のような扱いになっていた。

 いいのか? 帰らなくて。

 まぁ俺としてはどうでもいいんだけどさ。


「学者先生もおかしいが、冒険者の命知らずぶりは正直予想外だった。なんなの? あの人達」


 俺は冒険者を甘く見ていた。

 大半の冒険者はまるで死の危険を楽しんでいるようにも見える。

 俺が、さすがに物語的な脚色をされているだろうと思っていた冒険者の回顧録も現実の体験を綴ったものだったに違いない。


「ぞくぞくやって来ていますね、まるでこう、害虫を捕らえる罠に自ら突っ込む害虫のような」

「言い得て妙です」


 うちの弟と妹の感性がまともで嬉しい。

 あれが世界の常識とか言われたらさすがの俺も絶望する。


 シミュレーションボードとなっているテーブルの中央に表示されている迷宮の立体映像は、下のほうは白く描かれ、二桁階層からは赤く表示されている。

 なぜなら二桁階層からは迷宮の質が一変したからだ。

 入ることの出来る人数制限が百人単位になり、フロアはまるで大陸かなにかのように広大になった。

 その広大なフロアには貴重なお宝が存在したのだが、特に貴重レアな物は一度きりしか出現しない。

 そのレアなお宝を巡って、どうやら冒険者同士の潰し合いが行われているらしいなどとまことしやかに囁かれていた。

 そして、今度は……。


「人が怪異に変貌した。という話は事実確認が出来ているのか?」

「映像データが来てますよ。観ますか?」

「観たくないけど観ないと話が進まないだろうな」


 俺はげんなりとしながら浩二にそう応えた。

 街中で囁かれている噂がある。

 曰く、人が突然化け物になって襲ってくるという噂だ。

 わりと近い時期にグール騒ぎがあったので、そのことで過剰反応が起きているのだろうというのがもっぱらの常識的な人々の判断だが、この手の概念が広まると現実に干渉してしまい、たとえ事実でなくても事実になってしまう場合があるので恐ろしい。

 しかも今回はどうも冒険者の体験談が巷に流れてしまっているのが原因のようだった。

 映像データに表示された元人間の姿は、それぞれ何らかの動物と人間を合体させたような姿をしていた。

 

羽化現象メタモルフォーゼか」


 怪異が非実体から実体化することを転身メタモルフォーゼと言うが、海外では人間が怪異に触れて変化することも同じように言う。

 我が国では区別するために字面を変えていた。


「憑依現象とは違うんだな」

「羽化ですね。変化後も本人の意識があるそうですし能力スキルとして定着していますから。但し、人格は変化の影響を受けて歪んでしまうらしいとのことです」

「どう考えても原因は迷宮だよな」

「そうですね。二桁階層に潜った人達だけに起こっている現象なんだそうですから」

「それで、お国からのご指示はやっぱり待機か。おいおい、何のための俺たちだ?」

「どうも政府は僕達を冒険者達と迷宮内で遭遇させたくないみたいですね」


 唸る俺に由美子がさらりととんでもないことを言った。


「先生達が言ってた。上層の階で危険なのはむしろ人間だって」

「嫌なことを教えてるんだな、そこの大学も」


 俺はため息を吐く。

 この件に関しては酒匂さんに送った抗議のための通信への返事がとても簡潔に内実を表していた。

 すなわち「死地にわざわざ行くのは自殺志願者だけだ」ということである。


 冒険者は本来上層階に潜る必要はないのだ。

 国は強制していないし、むしろ危険は避けるようにとの勧告が出ている。

 迷宮の下の階層だけでもちゃんと成果はあるし、一攫千金は狙えなくても普通に生活するのに困らない程度には稼げるのだ。

 もちろん初期階層は人数制限が厳しいが、五、六階層辺りならそこそこの人数が入れるので一日一回ぐらいは潜れるし、攻略の手順もほぼ解明されているので内部の変動があっても、そこまで潜れるような実力者ならさほどの危険もなく戻って来れるだろう。


 しかしそれでも上層階を目指す者は絶えない。

 ゲートが共通である以上、国も上層階にだけ門を閉ざすということが出来ないため、止めることの出来ない状態になっているのだ。

 そのメタモルフォーゼが「汚染」であると判明したならさすがにゲートを閉ざすだろうが、今の所起こっている変異は個人単位にすぎない。

 潜った全員がそうなる訳ではなく、極稀な現象として発生しているのだ。


「国が俺達を迷宮に潜らせる気がないなら別のアプローチをするしかないだろうな」


 そう言った俺に浩二が頷いてみせる。


「実は気になっている所があるんですが」


 浩二はチラシを一枚こちらによこした。

 そこには蛍光カラーの派手派手しい文字が踊っていて、いかにも客引きらしい宣伝文句が並んでいる。


「冒険者カンパニー? 冒険者協会とは違うのか?」

「冒険者協会は互助会ですが、それは法人会社ですね。育成と搾取とデータ収集が目的のようです」

「たくましいと言うかなんというか」

「そこの社長はこの迷宮攻略でトップの攻略組のリーダーらしいですよ。なんでも国家予算より稼いでいるとか」

「一介の冒険者がそんなに稼いでるんなら国も相当儲かっているんだろうな。そりゃあゲートの閉鎖なんてしないか」


 俺は頭を抱えた。

 正直な所、俺としては迷宮を閉鎖して欲しい。


「その会社で話を聞いてみませんか?」

「そうだな。現場の声が聞きたい所だ」


 とりあえず、アポイントメントを入れてみるか。

 予定を立てながらも俺は憂鬱だった。

 いよいよその本性を現してきた迷宮に対して焦燥がある。

 なにより、俺達にその災厄を止める手立てが無いのではないか? という無力感があったのだ。

 本来、危険を感じたらそこに近づかないのが生物の本能というものだろうに、人間はあえてその危険を探ろうとする。

 何か間違いをしでかしたらもう先がないかもしれないのに危ない綱渡りをやめられないのだ。

 悔しいことに、奴は人間というものを知り尽くしてるのだろう。

 そう思って、そう思ってしまったことに俺はどうしようもなくムカついてしまったのだった。

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