79:蠱毒の壷 その十三

 ミーティングルームに移動した俺達は、やたら色合いの派手な二人の強烈な自己アピールを聞かされる羽目となった。

 いや、正直に言おう。

 俺達ではなく、「俺」が二人から熱烈なアピールを受けているだけで、他の連中は逃げた。

 大木は例の装甲車の整備、明子さんは第二層探索の報告、浩二は第三層探索のための補給の確認、由美子はお茶……という立派な理由はあるけどな。


「とにかく今回は無理だ。普通に考えればわかるだろう。互いの信頼関係も出来て無いのに、事前情報の無い初めての迷宮ダンジョンに挑むとか、自殺行為でしかない」


 しかし俺の真っ当な主張は鼻で笑われることとなった。


「はっ、それは弱者の理屈だわ。本来私一人でだって大丈夫なのだから、その理屈に説得力などありはしない」

「マったくダ、ジャポーンのヒーローは慎重すギる。いまドきそういうノは流行らないネ」


 ヤンキー兄ちゃんはその翻訳術式を調整しろ。

 とはいえ、確かに彼らの言葉にも一理ある。

 未踏破であるとは言え、『たかが』三層目だ。俺だって一人で行けると判断するだろう。

 だが、今回の件に俺は嫌な予感が拭い切れない。

 個々の実力が拮抗する協調性の無い異能集団とか、……うん、どう考えても駄目だろこれ。

 というか、なんだってこいつらはそんなに慌てて成果を出したいんだ?

 今回はいくらなんでもごり押しが過ぎるし、酒匂さん事情知ってそうなのに何も言わないと来たもんだ。

 てかおかしいと言えば、そもそも国外へ出すはずもない血統の人間をいくら資源独占を防ぐためとはいえ易々と彼らの母国が送り出すだろうか?

 なにか裏でとんでもないことになっているんじゃないだろうな。


「とにかくあなたがなんと言おうと私は同行しますから」

「おレも行くゼ」


 駄目だ、こいつらを御せる気がしない。

 頭を抱えたが、さすがに国際問題は俺個人でなんとか出来る範囲の外だ。

 いくら酒匂さんが理屈をこじつけても、こいつらの母国になんらかの思惑があるのなら、その意思を尊重しなければ様々な圧力があるに違いない。

 酒匂さんが二人を同行させないことも考えているように振る舞ったのは、単なる揺さぶりであり、俺の交渉をやりやすくしてくれたのだろうと、それぐらいは俺にもわかった。

 しかし、だからと言って、こいつらをなんとかしながら迷宮攻略とか冗談じゃない。

 だけど、くそ、どう考えても俺の一存でお断り出来るような話じゃないだろうが。

 ああ、なんか胃が痛くなって来た。そう言えばそろそろ飯を食わないとな。


「ちょっと!話を聞いていますか!」

「タかあシィは天使の囁きをキいているのですね」

「ここは邪神の国よ、天使がいる訳ないでしょう」

「オーのー、アナタは見識が狭いデすね。天使はドコにでもいるのです」


 俺が放置していたら、何やら異邦人二人がお互いに揉め始めていた。

 どんだけ争い事が好きなんだよ。


「確かに神の御業は人の考えの及ぶ所ではないけれど、信仰の無い所に神は降りないわ」

「そこが既にオカシイのです。信仰はワレワレの中にある。それともアナタは神を信じることを放棄したのですか?」


 ヤバい、宗教戦争が始まりそうな気配だ。


「待て二人共、ここで宗教談義を始めるな。やるなら教会でやれ。それに今は迷宮の話じゃなかったのかよ」


 そう言うと、二人は互いを睨み合っていた顔をくるりと俺に向けた。

 ちょ、ヤバい目付きだ。

 だが、ビビる俺を置いて二人はどうやら宗教戦争へと向かっていた互いの矛を収めることにしたようである。


「なに? ようやく迷宮に同行することを納得したの? ならさっさと行くわよ。時間を無駄にしたくないわ」

「ヘイ、少し遅いが先にランチにシよう。食事は人を繋げるネ。これは真理ダヨ」


 どんどん話を先に進めていく二人をなんとか抑えないと大変なことになりそうなので、俺は条件を出すことにした。


「待て、二人とも。どうしても同行するというのなら条件を付ける」


 二人は上げかけた腰を再び下ろし、俺に注目した。

 その冷ややかな常人離れした視線に冷や汗を流しながら、俺はきっぱりと告げる。


「一つ、迷宮内の行動において、常に俺の指示に従うこと」


 二人はぴくりと顔の筋肉を動かしたが、文句は言わなかった。

 自称アンナさんは何かを言いたそうにしていたが、頑張って自制したらしい。

 酒匂さんのハッタリが効いているようだ。


「そしてもう一つ。絶対に勝手に戦わないで欲しい。極端に言えば戦闘をせず単に同行するだけにして欲しい」


 二人が息を呑むのを感じる。

 赤毛兄ちゃんのピーターは、それでもしぶしぶ納得したような感じだ。

 だが、アンナ嬢はまたも白い顔に血を上らせている。

 沸点低いな。

 しかし、なんとか彼女は自制した。

 どうしても迷宮に同行したいのだろう。

 眉間に皺を寄せ、何事か考えた末に、ちらりと俺の顔を舐めるように見て、ニィと笑い、ハァとわざとらしくため息を吐いた。


「わかったわ。アナタに従う。お客様扱いなら楽も出来るしね」


 うん、アナタ今、おそらく嘘を言いましたね?


「わかったネ。タかしがワレワレのリーダーです。命令に従いマす」


 ああ、こいつら口先だけだなとはっきりわかるんだよな。こんな決め事なんか意味がないという内心が既に透けて見えているぜ。

 だけど、一応こうやって約束を結ぶのには意味がある。

 言霊の力にはある程度の拘束力があるのだ。

 どれだけ力持つ者だろうと、この拘束はその身を縛る鎖となる。

 まぁ、こいつらクラスだと荒縄に足が引っかかった程度の拘束力なんだろうけどな。


 端末を操作してあちこちに散ったメンバーそれぞれに連絡を取り、食堂で集合する事にする。

 アンナとピーターも誘ったが、他に寄ってから集まるということで、別ルートで行くこととなった。

 一緒に行動しなくていいのはむしろ有難いけど、単独行動させていいんかな?

 仮にもゲストなんだから行動制限とかは出来ないだろうからいいんだろうな。


 俺が重い足を引きずりながら食堂へと向かっていると、途中のフロアのソファーにカード端末でニュースを表示させて眺めている酒匂さんに行き会った。


「お偉いさんがこんな所で一人でいていいんですか?」

「私程度、別に大した立場ではないよ」

「何言ってんですか、大臣」


 酒匂さんは立ち上がると、俺の肩を軽く叩いた。


「悪いな。無理難題ばっかりお前たちに押し付けて」

「全くです。今度のおみやげはよっぽど美味くないと許しませんよ」


 俺の言葉に酒匂さんはククッと笑う。


「どうも、迷宮は各国にくすぶっていた問題の吐き出し口として目を付けられたようだ。まだまだ詳細な真意は探りきれてないが、くれぐれも油断するな。特にロシアには気を付けるんだ。あの国は昔から木村の一族を欲しがっていた」


 酒匂さんの言葉の意外さに俺は驚いた。


「まさか、あの国は精霊信仰国家を邪神の国として見下して来たでしょうに」


 俺の言葉に酒匂さんは少し逡巡して短く告げる。


「どうも彼らの育んでいる『血』に問題が出ているらしい」


 詳しく聞こうとした俺を片手で制すると、酒匂さんはそのまま軽く手を上げて俺の向かう方向とは逆へと去って行った。


 ああもう、ホント勘弁してください。

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