80:蠱毒の壷 その十四

 俺はもはや諦観とも言える気分でゲート前に揃った一同を見渡した。

 あの怪しい装甲車に大木と明子さんと浩二と大量の機材が搭乗していて、浩二が機材を興味深そうに眺めている。

 そして、あの後持ちだしたのだろう怪しげな機械マシン的装備を身に纏った赤毛のピーター氏は、まるでSF映画に登場するロボット的何かのようになっていて、元々挙動が不審だったのが、一挙に怪しい存在に成り果てた。

 更に怪しげなヒラヒラとした衣装を纏ったアンナ嬢は、もはや世界観自体が違う気がする出で立ちとなっている。さながら派手な民族衣装って感じか。

 しかもちょっと浮いてないか? いや周囲との関係性も浮いてるけど、衣装の付属品が物理的に。てか、そのヒラヒラ魔術触媒だよな。まぁいいけど。

 そしていつものムカデっぽい白い式に乗った由美子と、それからごく常識的なハンター装備の俺。

 うん、これ、特区外なら何かの特撮番組の撮影だと思われるだろうな、絶対。


「ここより先は未踏迷宮だ。くれぐれも気をつけてくれ。決して無理はしないように」


 酒匂……大臣が言葉に力を入れて送り出してくれた。

 このメンバーでまかり間違って未帰還とかいう事態にでもなれば間違いなく国際問題だし、酒匂さんも胃が痛いだろうな。くれぐれもお体はお大事に。

 そんな関係者泣かせの有り様となった俺たちは、相も変わらずけたたましいサイレンに送られて、ゲートを潜ったのだった。


 手形の認証はチームの内一人がクリア出来ていればいいので、俺が認証を終えると全員の視界が切り替わったようだ。

 しかし、全く視界はクリアではない。


「霧?」


 纏わりつくような湿気と石鹸にも似た癖のある匂い。

 もしこの霧がこのエリアの特徴で、決して晴れない物ならかなりキツいことになりそうだ。

 万が一はぐれでもしたら目もあてられない。

 軍人二人とゲスト二人をこの視界の状況で守り通さなければならないってことか。やべえ、俺も胃が痛くなって来た。


 そんなことを考えていた俺の耳にけたたましいアラームが届いた。


「うお!」


 場合が場合だけに思わず飛び上がってしまう。


「驚いた猫みたい」


 いつの間にか隣に来ていたアンナ嬢がそんな風に評した。

 ううっ、前に伊藤さんも似たようなこと言ってたな。

 俺の顔が怖くないかと聞いたら、怒った子猫みたいな顔だから怖く無い、むしろ愛嬌があるとかなんとか。

 あれって褒められたんじゃないよな? 絶対。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。


「リーダー、緊急通信っす!」


 大木が呼んだ。

 この上トラブルかよ! 勘弁しろよ!

 泣き言を言っても仕方ないので俺は急いで車上へと上がると、ほぼ同時に通信機からモールス信号を解析した通達文が機械音声で流れて来た。


「君達の突入後五秒を置いて侵入者を感知した」


 とんでもない情報だ。


「し、侵入者って、まさか本部が占拠されたってことなんすか!」


 大木が驚愕して叫ぶのを落ち着かせると、集まって来た全員に聞かせるべく俺は口を開いた。


「それは無いだろう。もしそうなら感知とは言わないはずだ。もっとストレートに侵入されたと言うだろう」


 迷宮でパニックでも起こされたらことだ。頼むから冷静に判断してくれよ。


「僕が思うに」


 浩二がゆっくりとした口調で言葉を挟んだ。


「おそらくはあの動画の主が使ったゲートが使われたのではないでしょうか」


 その言葉に全員が息を呑む。

 浩二の言う動画の主とは第二層に国に感知されずに先んじて侵入した冒険者のことだ。

 実の所、あの動画の主が使用したゲートはまだ発見されていない。

 国が管理しているゲートは四ヵ所、それぞれを結んだ線上に問題のゲートがあるのではないかと言われているが、探索は遅々として進んでいないのだ。

 だが、侵入者がそいつだと仮定した場合、疑問もある。


「軍は管理箇所以外からの侵入も感知出来るのか?」


 俺は大木と明子さんに向かって聞いた。

 軍というのはとかく機密の多い場所だが、この場合は出来ればある程度ちゃんと答えてもらえると助かるんだが。


「そうっす、例の魔法使い殿が作ったマッピングシステムがあるって言ってたっしょ?」


 俺の心配は幸いにも杞憂に終わり、大木はその軽い口を開いた。


「あれは俺達の生体波動をソナーのように使っているって話っす。つまりソナーの起点の数で迷宮内の人数は把握出来るってことなんじゃないっすかね」

「要するにイマやこのダンジョンにハ、モンスターだけデはなく、人間の敵モいるということデすか?」


 ピーターがニヤリと笑う。

 その好戦的な表情に、俺はギョッとして奴を見た。

 まさか、こいつ。


「まさかお前、対人も平気なのか?」


 俺の言葉にピーターは苦く笑ってみせた。


「イマサラですね。我が祖国ノ悪名ヲまさか知らないとハ言いませんヨね」


 ピーターの祖国、新大陸連合国家群は歴史の比較的新しい国だ。

 そう、西方国家から遠征した軍隊が、元々住んでいた精霊信仰の民を殺戮してその土地を奪ったのだと言われている。

 しかもその大陸は、精霊と直結出来る巫女件戦士のような特別な血を持つ者が多い土地だったのだが、そのほとんどがその戦いで失われたということだった。

 そしてその地は呪いを受けたのだ。

 決して勇者の生まれない土地として。


 どこまでが真実かは知らないが、事実、大国の中で特別な血統を保持していないのはこの新大陸連合だけなのは有名な話だ。

 その代わり、かの地は科学技術では他国の追随を許さない。

 現在使われている機械的最先端技術は全て新大陸連合発祥と言ってもいいぐらいだ。それだけ特出した技術力を持つ国なのである。

 そして、彼らはその技術力で呪いをも克服しようとしているらしい。

 近年では人工的に勇者に近い者を作り出すヒーロー計画なるものが進行しているとのもっぱらの評判だった。


 俺としては彼が『そう』なのだろうとは思っていたが、まさか制御無しとはな。

 つまり彼の国としては、ヒーローとやらの対人用の軍事利用も頭にあると言うことなんだろうか?

 なんかの火種にならなきゃいいけどな。

 ともあれ、まあ確かに『血統』ではないんだから、遺伝子に仕掛けをすることも出来ない訳で、ある意味当然なのかもしれないが、なぜかちょっとショックだった。


「確かにモンスターは人間の敵ダ。だがシッテいるか? 最も人間を殺しているのは人間なんダぜ」


 ピクピクと痙攣している唇が紡ぐ、その軽い言葉は、しかしその場に重く響いた。


「大木、侵入者の現在地はわかるのか?」


 俺は気持ちを切り替える為、現実的な問題に話を戻す。


「う~ん、おそらく本部ではモニタリング出来ているはずなんすけどね。精密探知となるとご存じの通り探知ラグがあるんで、更にそれをこっちに送って貰うとなるとかなりの差異のある情報になるっすよ」

「それでもいい。大雑把でも位置関係を掴んでおこう。ところでこの車」


 俺がそう口にした途端。


「アイ、マスター」


 と、流暢なしゃべりで車載システムが返事をした。


「大木てめえ、解除しとくって話だったろうが!」

「やっ、それがロックが掛かっちゃってすね」


 こいつめ、わざとか?

 俺の猜疑の視線に、大木は壊れた人形のように首を降り続けた。


「マスター、ご命令コマンドをどうぞ」


 おいおい、命令を催促して来たぞ。

 まあいいか、今は拘っている場合じゃないし。


「お前、前の迷宮ではサーチが使えたが、この迷宮ではどうなんだ?」


 プログラムに対する命令コマンドにしては漠然とし過ぎたかと反省して、言い直しをしようと口を開けたと同時ぐらいに返答が返って来た。


「残念ながら私のサーチ能力は建造物程度の狭い空間でしか機能いたしません。一階層全てをサーチするにはさすがに出力的な限界があるのです」

「そ、そうか、了解した」


 ヤバい、こいつ前より人間的になってるぞ。

 魔法使いさん、あんた何作ったんだよ。


 おののきながらも、とりあえずリアルタイムな情報の把握は従来通り由美子に任せることにした。

 後部座席に目をやると、いつの間にか三列になっていたシートの最奥に、由美子とアンナ(仮)嬢が並んで座っている。


 なんだろう、これ。

 いや、二人共顔は最上級だから見た目はとてもいいんだが、凄く雰囲気がひんやりしているよ?

 そんな俺の気分など知るはずもなく、視線を受けて頷いた由美子は、式に命令を組み込んで飛ばしたようだ。

 隣のアンナ嬢は興味津津でその様子を見ていた。


「僕も影を飛ばしましょうか?」


 浩二が珍しく積極的に提案して来た。

 珍しいな、海外から来た連中に張り合ってるのか? もしかして。


「いや、お前の影は攻撃に特化しているだろう。いくらなんでもいきなり攻撃はまずいんじゃないか?」

「へエ、あなタたちでも人間ニ攻撃デきるのでスネ」


 ピーターが揶揄して来る。

 いや、もしかしたら本気で不思議だったのかもしれないな。

 なにしろ彼の国には『勇者血統』と呼ばれる生きた兵器など存在しないのだから。


「ああ、俺達は殴り合い程度なら問題なくやれるぞ。知ってるかどうか知らんが、精霊主義の国の血統は総じて縛りが緩やかだからな」


 俺がそう言った途端、ものすごい殺気が背後から押し寄せた。

 思わず武器を装着しそうになったぐらいの本気度だ。


「それは、私に対する当て付けなのかしら?」


 まなざしで人が殺せるのなら、俺はきっと死んでいただろうというぐらい、恐ろしい目つきで俺を睨んでたのは、案の定アンナ嬢だった。

 彼女はちょっと美人過ぎるぐらい美人なんだが、だからこそ、そういう怒りに満ちた表情は神秘的な程に美しく、またやたら怖い。

 それに、その怒りは、少々激しすぎるように思える。

 まるで自ら自分の傷口をえぐっているようにすら思えるぐらいに。

 それだけ彼女の『血』に施された縛り、『血の枷』はキツいということなのだろう。

 だが、俺はそれに少し疑問を抱いた。

 なぜなら血統の縛りは本人達には窮屈さを感じさせないように調整されているのが普通なのだ。

 考えてみればわかる。

 決して外れることのない鎖に繋がれている状態を、常に意識し続けて生きるなど、まともに自意識がある生物にはおよそ耐えられるような物ではない。

 だからこそ、俺達は血の枷のことを軽く口にすることが出来るし、あまり気にしてもいないのだ。

 しかし、彼女の様子はその真逆だ。

 ロシアの『血の枷』は、文字通り呪いと等しいと聞いてはいたが、こんなやり方でよくもまぁ血統を保ってこれたもんだな。

 

『彼らの育む「血」に問題が出ているらしい』


 俺はふと、酒匂さんの言葉を思い出し、その問題とやらがひどく気になったのだった。

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