78:蠱毒の壷 その十二

 迷宮帰りで疲れているってのに、まさか一休みと補給に戻った場所で更に疲れる羽目になるとは。


 今、俺の目前には三人の人間がいる。

 一人は子供の頃から見知った、お菓子の人こと酒匂さん。

 んんっと、こないだ大臣ひとみごくうになったんだっけ?

 ともあれ、身分が変われど知り合いであることに変化はないので問題ない。

 問題は他の二人だ。

 どちらも明らかに外国の人間だ。

 しかも片方には微かに見覚えがある。


「紹介しよう。こちらの綺麗なお嬢さんがアンナさん。で、こちらの好青年がピーターくんだ」


 酒匂さん、怪しい笑顔だし、すげえ無理があるよその紹介。

 一人は豪奢なくせにやたら薄い色合いのキラキラしい金髪に、薄めすぎて色が無くなりかけている青い色の目の女。

 うん、この女、俺の記憶が確かなら、以前変態が持っていた記録魔法メモリに写っていた、ロシアの秘蔵っ子とやらのはずだ。

 そうなると、当然もう一人もそれに準じた身分ということだよな。

 ヤバい、俺には無理! てか関わりたくない!


 救いを求めるように酒匂さんを見ると、どこか申し訳無さそうな顔を向けて来る。

 いや、そんな顔しても無理だからな?


「なにまどろっこしいことをしているの? 早く行きましょう」


 翻訳術式独特のダブって聞こえる音声でロシアの秘蔵っ子が急かす。

 なんだっけ? 今はアンナって名前だっけ?


「そうだな、ハァヤァク行こうゼ」


 こっちはなんか翻訳術式が妙にバグっている感じでノイズが混じっている。

 これは何か魔術的なハレーションが発生している可能性が高い。

 俺も専門じゃないからはっきりとは言えないが、つまり、翻訳術式の他に何か魔術を用いた道具を常用している可能性が高いということだ。

 怪しすぎる。

 しかもこいつ様子がおかしい。

 目の焦点が合っていないし、口の端がヒクヒクと痙攣しているかのように常に動いているし、両手もずっと震えている。

 もの凄くこええよ。


「酒匂さ、いえ、大臣。なんと言われようといきなりその二人を伴って三層目に潜るのは無理です」


 そうなのだ。

 二層目攻略を終えて一旦戻った俺達を待ち構えていたのは、二つの大国からやって来た派遣員をパーティに加えろというご下命だった。

 どう考えても普通じゃないだろ。

 しかも片方がかの魔法大国の秘蔵っ子というならもう一方だってもう一つの国でそれに等しい立場に違いないし、ということはどっちも俺達と同じ、『そういう連中』ってことだ。


「この件は国家間の協定によって決まったことだ。諦めて受け入れて欲しい」


 国家間って、うちとロシア帝国と新大陸連合ってそれ程親密じゃないよな?

 ああいや、親密じゃないからこそゴリ押しされたのか。

 なにしろどちらも正統教徒の国と言ってもおかしくないような国である。

 多くの国が信仰の自由を掲げた昨今だが、やっぱり精霊信仰を選んだ民族と人造信仰を選択した民族との間には見えざる壁が横たわっているのだ。

 何度か戦争だって起きているぐらいである。


「あなたがこの国の隠し珠なの? あんまり大したことなさそうだけど」


 ロシア美女がいきなり喧嘩を売って来た。


「全くダ、頼りないナ」


 新大陸のヤンキー野郎がそれに同調してニヤニヤとこっちを見下した。

 こいつら揃いも揃って上背があるせいで妙な圧迫感がある。

 くっ、ちょっとばかり足が長いからって調子に乗るなよ。


「待った! 二人とも約束をしたはずだ。迷宮探索の妨げにはならないと。お国の意向としても君たちにやって欲しいことは、探索の邪魔や任に当たるハンターの妨げでは無いはずだが」


 やや厳しめの酒匂さんの一喝に、さすがの居丈高な各国代表も口を閉じる。


「酒匂大臣、今回は様子見で、ちゃんとミーティングを経て、参加は次回からでいいのではないですか?」


 その俺の言葉に、二人からゾッとするような殺気が放たれた。

 周囲の空気が露骨に歪んで力の発動を告げている。

 おいおい、常識的な提言しただけなのに何さらすんじゃ?


「落ち着いて」


 その瞬間、ぽつりと告げた由美子が放った式が二人それぞれの顔面に張り付いた。


「Кошмар!!」

「NOOOOOOOOOO!」

「うわっ!」

「きやああ!」

「うげえ!」


 それがくだんの黒い悪魔だったせいで周囲にまでパニックが広まってしまった。

 そう、最後に悲鳴を上げたのは俺だ。


「お前、いつもは白い式しか使わないのに」


 俺は思わずげっそりしながら由美子に詰め寄る。


「機能に影響しないなら色を指定するのは面倒だから。でも、黒い悪魔は黒くないと凶悪さが半減する」


 凶悪さを求めるな!


「ユミ、俺は言ったよな。決して対人兵器は開発するなと」


 俺の言葉に由美子は小首をかしげた。

 可愛い……いやそうじゃない!


「でもこれに攻撃力は無いよ?」

「ある。主に精神メンタル面に」

「わかった。今後は気を付けて使うね」


 使わないという選択肢は無いんだな。

 まあそうだよな。

 生み出された以上は使われるのが兵器のさだめだ。仕方ないのかもしれない。


「もう許せない! 滅びろ下等な猿!」


 黒い悪魔バージョンの式神を足で踏みにじると、正に憤怒の女神と化した北の秘蔵っ子がその手を高く掲げた。

 マジだ。

 いわゆるマジギレって奴だな。

 公共の資金を注ぎ込んだゆえにこの施設の天井は贅沢に高い。

 その高い天井と彼女の掲げた手との間に恐ろしく精緻な魔法陣が浮かび上がった。

 いったい何を媒介にしてるんだか。

 魔法の発動に触媒の一つも必要としないらしい。

 さすがというか、すげえな。


「拘束機関を……」


 こんな時でも冷静な酒匂さんが、素早く通信端末で指示を出そうとするのを、俺はその腕を掴んで止めた。

 酒匂さんは一瞬いぶかしむように俺を見たが、すぐに了解してくれた。

 信頼関係って素晴らしいな。

 通信端末に向かって酒匂さんは訂正する。


「いや、なんでもない。だがあらゆる事態に備えて乙種待機に警戒を引き上げてくれ」


 まあ不測の事態は確かに有り得るよな。

 そうこうしている間にも空中の魔法陣はくっきりとその姿を現していく。

 と、突然その魔法陣が霧散した。


「な!」

「いかな強大な術式も術者の意思があればこそ発動する。さて、貴女は隔てられた世界に自分の意思を伝えるすべを持ちますか?」


 浩二が挑発するかのようにイイ笑顔を北の秘蔵っ子さんに向けている。

 怒ってるらしい。

 我が弟ながら怖いぞ。


「あなた! 何をしたの!」


 その静かに怒っているうちの弟に向かって、猛烈に怒っている女性が掴み掛からんばかりに詰め寄った。

 相乗効果で怖さがグレードアップしている。

 うわあ……出来れば逃げたい。


 さっきまでいきがっていた新大陸の兄ちゃんは既に及び腰だ。

 ちょっと親近感から仲間意識が芽生えそうである。

 浩二の界は肉眼ではまず見えないんで、ロシアの彼女も何が起きたかわからないんだろうな。


「貴女はどうやら見た所、大国ロシアの特別な血統をお持ちのようですが、対人攻撃にペナルティはないのですか?」


 そう浩二が尋ねると、彼女は唇を噛み締めて唸るように答えた。


「対人攻撃の訳がないじゃない! 馬鹿じゃないの?」


 そうなのだ、彼女は俺達と同じく、「勇者血統」と呼ばれる特別な作られし者だ。

 そしてそういう血統には現代では例外なく遺伝子的にストッパーが組み込まれている。

 まず間違いなく人間に対して攻撃は出来ないはずなのだ。

 しかも噂によると魔法大国ロシアが自国の血統に仕込んだ呪は、世界で最も強固でえげつないらしい。

 下手すると人間に攻撃した途端に即死するぐらいの厳しい縛りが彼女には掛かっているはずである。

 ようするに、そう考えれば彼女が出そうとした何かは攻撃に関するものではないということが推測されるのだ。


「確かにそうだな。私もまだ靑いということか。すまなかったな隆志」


 俺の横で酒匂さんがぽつりと告げた。

 ポンと、さっきのお返しのように軽く腕を叩いて渦中の二人に歩み寄る。

 すげえよ、今のあの二人に近づく度胸があるだけで俺はあなたを尊敬するね。


「二人共そのぐらいにしてくれ。私としてはもし君たちが感情的にどうしてもぶつかるようならこの件は一旦凍結してもいいのだよ? 理由としては簡単だ。あたら優秀で貴重な人材を失う危機を見逃す訳にはいかないとね」


 酒匂さんが淡々とアンナと名乗るロシア女性に告げる。

 彼女はまっ白と言っていい程白い顔を赤く染め上げて酒匂さんを睨んだ。

 うん、まあ、この人長年うちの村に通っていたから、超常の力を持っているとわかっている相手であろうとあんまり怖がらないぞ。

 慣れてるから。


「それハ困る! ソッチの雪の女王サマはともかく、オれは協調性があルぞ」


 ヤンキー兄ちゃんが横から口を出す。

 本当かよ。

 それと、雪の女王とはまた上手く言ったな。


 酒匂さんはふうと息を吐くと、俺を見てふと笑った。

 あ、ヤバい、今このおっさんが何を考えたか明確に理解した。


「それならば、このパーティのリーダーである彼を説得してみせるんだな。それが出来れば問題ないと判断しよう」


 ちょ、面倒だからって俺に押し付けるなあああああ!!!

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