77:蠱毒の壷 その十一
巨大な石の扉が堅い物が同士が削り合う、ガリガリという不快な音と共に開いて行く。
多少途中で戦闘を交えながらもまっすぐに辿り着いた最上部のボス部屋だ。
ただ単にエリアチェンジすればいいだけのものを相変わらずの無駄な演出っぷりに感動すら覚えるね。
開かれた扉の向こうは何かの祭壇のような空間だった。
壁際に並んだトーチに次々と青白い火が点り、明るい場所は明るく影はより濃くと、遺跡の通路より歪に明るくなった祭壇の上の壁には、巨大な青銅製らしい仮面が掛かっていた。
ざっと見た感じだと俺の背丈の倍以上はありそうだ。
「おいおいまさか、」
「そのまさかっぽいですね」
俺と浩二が嫌な予感を共有した時、仮面の両目がカッとばかりに見開いた。
「ひっ!」
後ろからは息を呑む声が聞こえる。
次いで大きく口を開けたその仮面は、「ウオオオォオオ!」と、とんでもない叫びを上げた。
やべえ、これは攻撃の一種だ。
一瞬体が痺れて動かなくなる。
その間にトーチの青白い火が、次々と吸い寄せられるように仮面に集まった。
その集めた火を纏った仮面は、壁から離れると、怨嗟の叫びを放ちながら迫って来る。
ならばお出迎えとばかりに、こっちも硬直が解けたと同時に突進した。
両の手をクロスさせてナイフのナックル部分を打ち付けるように突っ込む。
グワアアン! と、デカいドラを叩いたような音が響き、当たりの衝撃に後ろへと吹き飛ばされてしまった。
「ちぃっ!」
だが、どうやら相手も吹き飛ばないまでも勢いが殺されたらしい。
更に追撃に来ることなく、ふよふよと部屋の真ん中に浮いていた。
「おい! 生っちろいお面野郎! 今のが全力か? 顔色と同じで情けないな!」
無機物の怪異に挑発が効くかどうかわからないがまあやってみてもいいだろう。
やっこさんは硬直した表情をそれでも憤怒とわかる形に変え、なにやらよくわからないうなり声を上げると再び目を閉じる。
仮面の表面に魔法語らしい文字が浮かんだ。
「
どうやらやっと硬直が解けたらしい後衛から由美子の声が指摘した。
シェイクっつうと振動魔術か。
俺がそう理解すると同時に仮面は目を見開き、縦に激しく上下動を始めた。
おお、全体がブレて見えるぐらいのスピードだ。
これ、本当に魔法なんか?
俺がバカな感慨を持って見ている内に、ガガガッ!と地面から激しい振動が襲って来る。
予告されて備えていてさえ大きくよろめくのを抑えられなかった。
後方の装甲車もどきを見ると、なんと四方にアームを伸ばして踏ん張っている。
って、魔術による作用は物理法則に則っていないので、それで防げるはずがないんだが。
あれか?
突っ張っているから転倒しないという概念で対抗してるのか?
無茶やりやがる。
なんだかちょっと負けたような気分になった俺は、立ち上がりざまに敵に斬り込んだ。
お面野郎は範囲魔法は使って来るものの、その移動はふよふよと漂うようにゆっくりだ。
その巨大さもあって、ほとんどいい
しかし、
ギイン! と鈍い音を立ててナイフが弾かれる。
当の相手にはうっすらと線のような跡が残るだけだ。
「かってえ!」
「見るからにそうですね」
浩二がこっちのフォローに回って来た。
「あっちは大丈夫なのか?」
「あの機械、シールドを張れると主張したので取り敢えず任せて来ました」
おいおい、まさかあの魔装甲車と口喧嘩でもして来たんじゃなかろうな?
まあプライドの高いこいつのことだから他人の前でそんな恥ずかしい真似などしないだろうが、時々子供っぽい所もあるから心配だ。
「なんですその目は? 全員の合意の上での役割分担ですよ。ユミは今回直接は相性が悪そうですからあっちのサポートに回ったんです」
なるほど。
由美子の術は非生物系とは相性が悪いからな。
逆に防御に徹すれば浩二程ではないがかなり強いのは確かだ。
「了解。あいつの弱点はどこだと思う?」
俺の問いに浩二は笑う。
「罠でなければあのとても分かりやすい額部分の石でしょう」
「だよな」
青銅仮面の額部分には、緑色のエメラルドのようなデカい石が嵌まっていた。
全体がそもそも緑色なんで保護色っぽくなっているが、チラチラ光を反射するのですぐに判別出来る。
というかあからさま過ぎて疑うぐらいだ。
「取り敢えず行ってみるか」
「気をつけて! 仕掛けてきます!」
浩二の呼び掛けと同時に、今迄縦に屹立していた仮面が横たわり、回転を始めた。
歪な楕円の仮面が円盤投げの円盤よろしくうなりを上げて回り出すと、そのまま勢いよく飛び回る。
「ちいっ!」
「止めます!」
「あの目茶苦茶な軌道が読めるのかよ! 俺がツーカウント程度の隙を作るからそこに仕掛けろ!」
言って飛び出す。
返事の確認など必要ない。
俺の指示を飲み込んだのは呼吸でわかるからな。
ジグザグに飛び回る仮面野郎と後衛の装甲車を纏めて視界に納めると、装甲車は鈍い膜に覆われたような状態になっていた。
どうやらシールドうんぬんは事実らしい。
更にそのシールドの向こう、装甲車の上には巨大なカブトムシが踏ん張っている。
こっちは由美子の式だ。
まあ任せておいて大丈夫だろう。ほぼ安心して敵に集中することにした。
もちろん俺にだってこのむちゃくちゃな軌道は読めない。
が、読めなくてもいいようにすることは出来る。
要はあっちがこっちに来ればいいだけの話だ。
「来いよ! ムッツリ野郎! ああそうか、そのカラッポなおつむじゃ満足に的当ても出来ないよなあ!」
さてさて、さっきは怒った気がするが、今度はどうかな?
すると、奴はピンボールのように跳ね回るのを一瞬止めてこっちへと突っ込んで来る。
やっぱ悪口はわかるもんだな。単純野郎でよかったぜ。
定石通り、奴は横回りの丸鋸の刃のようにこっちの頭をねらって跳びかかって来た。
恐ろしいスピードだ。
しかし、事前に目的がわかっていればどれ程のスピードでも対処は出来る。
俺はその場で上半身を深く沈めて奴の下の空間に潜り込むと、そこから渾身のアッパーを放った。
横運動をしていた所をいきなり縦に突き上げられ、コントロールを失った奴は空中で独楽のように回転する。
「それでは蓋をどうぞ」
そう言って浩二が指をパチリと弾くと、いきなり何かに押さえ付けられたように仮面野郎はピタリと床に停止した。
浩二の『界』は場が異なるがゆえにベクトルを反射することもない。
真上に別の世界を押し付けられた仮面野郎の行き場を失った運動ベクトルは単に霧散することとなったのだ。
間を置かず跳躍した俺の体が奴に届く直前に『界』が解除される。
その向こう、力無く横たわる仮面野郎の額に振り抜いた拳が突き刺さった。
「やっぱり中身が無い奴は軽いな」
パキリ、と、あっけない程の音を立てて仮面は崩れ落ちた。
という訳で、無事第二層目をクリアした俺達だったが、三層目に突入する前に一度現世に戻ることにした。
しかしそこにはとんでもない嵐が待ち構えていたのである。
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