76:蠱毒の壷 その十

 天井、壁、床、あらゆる方向から押し寄せる蜘蛛もどきの群を両手のナックルガード付きのナイフで始末しながらも、俺が最も脅威を感じているのは背中方面だった。

 背後の、現在装甲のない装甲車が怖い。

 なにしろアレには訳のわからない魔法が搭載されているのだ。

 うっかり援護と称した誤爆フレンドリーファイヤを食らったらと思うだけで冷や汗が出て来る。

 しかも操縦を担当しているのは身内ではなく今日組んだばかりのクライアントである、いくら母国の職業軍人だからと言って、安心して背中を預けられる訳がない。


 周辺に散らばった蜘蛛もどきだったモノは、ほとんどが完全に解けて消える。

 こんな小物では夢のカケラが残るほうが稀だ。

 サンプルも既に採っていたのでそれには構わずに先に進んだ。

 背後の特殊装甲車の音はやたら静かで、時折空気の漏れるような音がする程度、隠密走行中ハイドモードとは言え、金属の塊が移動しているというのに不気味過ぎる静けさである。

 しかもこっちの意識は戦闘モードなので、相手が気配を消せば消す程そっちが気になるという悪循環。

 まあお互いにうっかり攻撃してしまっても、浩二がいる限りは大事は無いだろうが、気疲れはするんだよな。


「お、この迷宮ダンジョン初の人型か」


 階段を上がった先の小部屋には死体もどきマミーが数体固まっていた。

 どうも遺跡の中はあまり強くない怪異が小集団で纏まって行動しているようだった。

 軍隊で言う所の小隊単位で巡回しているか、持ち場を守っている感覚だ。

 もしかして拠点防衛の真似事なのだろうか。


「キャー! ミイラ!」


 うん、実に女性らしい叫びだ。

 明子さんは虫は大丈夫でもマミーは駄目らしい。

 死者もどきは大概はその心臓に当たる部分が弱点で、そこには小さな壺が納められている。

 まあようするにそれが心臓なのだが、それを破壊すれば倒せるという訳だ、普通は。

 が、

 マミーの胸部を拳で打ち抜き、そこに手応えを感じた次の瞬間、そこから黒くて小さい虫が溢れ出した。

 カサカサカサ……という独特の移動音が嫌悪感を否が応でも高める。


「うはあ!」

「ひいっ!」

「もういやああああ!」


 俺を含めた悲鳴が響き渡った。


「燃えろおお!」


 次いで大木の物騒な叫び声が響き、骨組みだけの車の前方が赤く光った。

 ちょっ、待て、こんな小部屋でなにする気だ!


「兄さん、動かないで」


 決して大きくはないが、混乱した場でも通りが良い浩二の声に、咄嗟に並んだ石棺に飛び込もうとした足を止める。

 次の瞬間、赤い炎が目前で踊った。

 俺も随分色々な経験をして来たが、まさか味方の魔術の真っ直中に放り込まれる日が来ようとは。

 同士討ちフレンドリーファイヤとか半分冗談で思ってはいたが、マジで食らうとは思いもしなかったよ。


「木村リーダー!」


 一拍遅れて驚愕といった悲鳴が響く。

 明子さん、大木の奴を是非殴ってくれると嬉しいです。

 炎が収まると、炭化した物体が部屋のあちこちに転がっていた。

 凄い火勢だな、おい。

 半ばゾッとしながら生焼けでまだ動いている奴を見付けて踏みつぶした。

 黒い虫は数匹出て来たが、ヨロヨロしていたので問題なく床の模様に変えてやる。

 まあすぐに消える模様だけどな。


「おお! さすが、無事でしたか」


 フレーム装甲車からあっけらかんとした顔を出した大木の頭を、無言で跳躍して殴る。


「いてえ!」


 頭を押さえてうずくまるのを放置して、俺は後部座席の上部のフレームに直接腰掛けている我が弟殿に礼を言った。


「ありがとう、助かった」

「役目の内ですからね」


 うむ、いつも通り冷ややかで結構。


「あの、えっと、リーダー、今のは弟さんが火を防いだのですか?」


 明子さんが目を丸くして俺と浩二を見比べてそう言った。


「何か術式を起動したようには見えなかったのですが」

「ああ、コウは、そいつは異能持ちなんだ」

「障壁の異能ですか、凄いですね」


 言われた浩二が一瞬嫌そうに眉を上げたのが見えた。

 俗説で障壁の異能者は対人スキルが低いとか言われているから否定したかったのかもしれない。

 実際、浩二の能力は障壁ではないので否定してもいいのだが、そうすると自分で自分の能力を説明する流れになる。

 思い直して押し黙ったのはそれが面倒だったからだろう。

 だからと言って俺が解説してやる必要もないので俺もそのまま放置した。

 明子さんと、早々に復活しやがった大木はしきりに感心して浩二を見ている。


 障壁とは、言わば見えない盾を作る能力だ。

 この能力の場合、攻撃側との力比べのような所があり、相手の攻撃が強ければ突破されることもある。

 一方で浩二の本当の能力は薄いガラス板のような『界』を作る能力だ。

 その力によって隔てられた空間は文字通り世界が違うということになる。

 ゆえにどれほどの力が込められた攻撃だろうと、それに隔てられたら最後、そこを貫いて届くはずもないのだ。


 明子さんは物体同士の位置関係をほぼ正確に認識出来るようだが、浩二の場合、変化し続ける世界の間に界を差し込むという神業的な認識と発動を自前の脳だけで処理している。

 よくもまあオーバーヒートしないもんだと我が弟ながら感心するね。


 ともあれ、せっかく装甲車もどきに飛び乗ったので、ついでにマッピングの確認をすることにした。

 いくら調査が主目的とは言え、この複雑な遺跡内部を実際に動きまわって網羅するのは無駄過ぎる。


「遺跡内部の通路のマップ作製状況はどうなってる?」


 後部座席におとなしく座って情報収集していた由美子が空いたシートに白いテントウ虫を並べて図面を描いた。

 と、


『マスター、こちらのスキャンニング情報と照合することで、より詳細な分析が可能です』

「ん? 今の変な声は誰だ?」


 急に聞こえて来た聞き覚えの無い声に驚いて問いかければ、すっかり立ち直ってまたもや自慢げな顔をした大木が操作用のディスプレイを指差した。


「こいつっす。試作型可変式ダブルゼロ。学習タイプとは聞いてたけどすげえ成長っぷりすよね」


 以前の機械音声丸出しの声から、どこか女性的な人間に近い声に変化しているらしい。

 待てや、成長って、この短時間でか? 色々おかしいだろ?


『マスター、指示コマンドを願います』

「ほらほら、ご指名ですよ」


 こいつ……、さっきは優しく撫ですぎたか。


「なんで俺なんだよ!」

「忘れたんですか? 登録したじゃないですか」


 まだ解除してなかったんかよ!

 仕方ない。

 というかこいつスキャン機能があったのか。


「照合してくれ」

承認オーダー。走査開始します』


 チー、という電子音と共にテントウ虫の上を赤い光の線がなぞる。

 同時にディスプレイに3Dワイヤーフレームが表示され、遺跡の立体画像が描写されていった。

 三層目付近のグリーンの点滅は俺達か?

 ということはこのグリーンの光の線は俺達が踏破済みの通路ってことだな。

 それで白い線で描かれているのが未踏破部分。

 この遺跡の内部の通路は、一つの階にいくつかの階段があって、それぞれが上下の層の違う場所に繋がっているんだが、そこから行ける同じ階の通路同士が交わっていない部分があったりする。

 つまり本来全部の通路を探査するには上がったり下がったりを何度も繰り返す必要があるのだ。

 所々に黒く描かれた空間がある。

 これは通路ではなく部屋ということか。


「今まで通って来た通路にも隠し部屋があるようですね」


 浩二が早速全体を把握したらしく要点を掻い摘んで指摘していく。


「まあ隠し部屋とかは後からの冒険者の楽しみにとっとけばいいだろ。とりあえずボス部屋に行こう」


 俺が提案すると、大木と明子さんがブンブンと首を振った。


「だめっすよ、全通路は無理でも隠し部屋は行きましょうよ」

「迷宮の探査と資源の調査が我々の仕事です。出来得る限りは調査するべきです」


 ち、頑固なクライアントだな。


「しかし、何もかも開けてしまえば冒険者共からクレームが来るかもしれないぞ。連中は他人より先にお宝を見付けるのを楽しみにしてるんだからマッピング以上の余計なことはして欲しくないはずだ。資源なら連中が勝手に探してくれるんだからマップだけ渡して待ってればいいんだよ。昔から言うだろう? 果報は寝て待てってさ」

「え、そ、そんな物なんですか?」


 明子さんが揺れ始めたぞ。


「でも、隠し部屋を開けたいのは俺らも一緒でしょう?」


 大木が尚もこだわる。

 仕方ない、ここは伝家の宝刀を抜くか。


「隠し部屋とか開けたらまた出るかもしれないぞ?」


 全員がぎょっとしたように俺を見た。

 あ、いや、由美子は別に気にせずにてんとう虫を回収しているが。


「で、出るって、まさか」

「ああ、さっきの黒い悪魔だ」


 ということで説得に成功して、俺達はまっすぐボス部屋を目指すこととなった。

 うんうん、話せば誠意は通じるものだよな。

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