70:蠱毒の壷 その四
「通信班の大木伸夫上等兵です。まあお見知りおきを」
「衛生班の山田明子二等兵であります」
自己紹介も個性が出てるな。大木は腰に手を当ててニヤニヤ笑いながら、山田さんはピシリと敬礼をしながらだ。
いい加減なほうが階級は上なのか。
大丈夫か? このコンビ。
いや、個性が違うほうが案外合うのかもしれない。……そうだといいな。
「ハンターの木村隆志だ。よろしく」
「同じく木村浩二です」
「木村由美子」
由美子よ、いくらなんでも省略しすぎだ。
というかお前らよろしくしないのか?
ちゃんと挨拶ぐらいしなさい。
と言っても、既に大人である弟達に兄貴風を吹かせるのもなんだし、注意は口にはしないが、今度それとなく人付き合いについて話し合いの場を設けようと思う。
「なあ、あんたらあの『木村』だよな? ずっと気になってたんだけどさ。なあなあ、火を吹いたり一撃で山を崩したりするってほんと?」
大木通信兵が興味津津という感じで聞いて来た。
こういう風に直球で聞いて来る相手って実は少ないんだよね。
ねちねちしてない分嫌な感じはあまりない。
「大木上等兵! 任務中ですよ!」
あー、やっぱり君達合わないんだな?
そんな予感はしていました。
「何を言ってるんだめいちゃん、作戦開始は十時半って隊長がおっしゃられただろう? 上官の話はちゃんと聞いておいた方が良いよ」
ははあ、お主煽っておるな?
「何を言う! 作戦は準備時間も含めて任務の一環だ! それに私をそんな俗称で呼ぶな!」
「いやいやめいちゃん、軍は階級社会だよ? そんな上官を怒鳴ったりすると問題になるかもしれないよ? いや、もちろん小官は告げ口したりしないけどさ」
「どうぞご随意に、報告は兵の義務でもありますからね。それなら私も貴官をパワーハラスメントで訴えるかどうかの悩みに決着が付きますから有り難いくらいです」
これは放っておくと長引きそうだ。
「ええっと、楽しそうな所悪いんだが、そっちの準備は大丈夫なのかな?」
お邪魔する訳じゃないけど、一応これから危険地帯に突入する訳なんで、何か不備があると困るしね。
もし準備をせずに突っ込むつもりなら遠慮せずにこいつら置いて行こうと思う。
「おう。それそれ、これ見てくれよ、どう思う?」
基本的に屈託がないのか、大木という男はすぐに切り替えて、「ジャーン」とか言いながらずっと傍らにあったでかい物体のカバーを外した。
そこにあったのは小型のジープのような車体だった。
しかし、いわゆる外装部分を削ぎ落としたような、骨組みだけの整備中か製作中の車のように見える。
下手をすると遊園地にあるゴーカートのガワを外してをそのまま大きくしたような印象だ。
「凄く……小さいな」
「いやいやいやいや、小さくないから! 迷宮探索に特化した装甲車なんだぜ?」
「いや、装甲ないだろ? それ」
タイヤだけはゴツいが、他はまるで車の骸骨のように見える。
「説明が悪いからそんな風に思われてしまうのです。いえ、もっとはっきり言ってしまえば説明をする人間に問題があるのです」
山田さん、確かめいちゃんと呼ばれていたな。明子だからめいちゃんか、安直だがわかりやすくていいな。
その衛生兵の女性が呆れたようにそう言った。
しかし仲がいいな、この二人。
迷宮に持ち込める兵器類は、大体
人間サイズで考えると大きく感じるが、戦車なんかで考えると辛いものがあるようだ。
ちなみに高さも一間なのだそうだ。
人間にだってそれを超える身長はいるんだが、まあ人間は屈めばいいからな。
「ふ、これの実力は見てのお楽しみですよ。馬力も意外とあるから機材が色々積めて俺は楽なんすよ」
フレームの中には座席や、意外と複雑なディスプレイパネル付きの計器類、後部には積載物固定用のガッチリとした荷台もあり、思うよりは実用的なようだ。
しかし、
「だけど例の映像情報が正しいとすると、第二層は樹海、ジャングルだぞ。どれほどスリム化したところで車で踏破は無理だろ」
場所が場所である。
使えない装備ほど無駄なものはない。
もしそれを捨てる必要が出てきた時にためらうようでは危険ですらある。
「まあまあ安心したってください。きっと役に立ちますよ」
大木という男は自信たっぷりだ。
そこまで言うならまあ任せる事にしよう。
確かにそのバギーのような装甲車に積み込まれた機材は重量がありそうで到底人が担げるような代物に見えないしな。
ゲートは違和感を薄めるためか、見た目そのまま門として境界部分に入口が設けられていた。
わかりやすさ重視という所か。
迷宮ゲート手前を物理的なゲートで塞いで管理する事で迷宮の入口そのものを管理出来るのは確かに便利だ。
今迄実際に使用されて来た移動用ゲートはほぼ全て円筒状の施設だったから、見た目としてはアナログチックな門はちょっと不思議な感じがするが。
けたたましいブザーの音と同時に各種ロック開放の電子音声アナウンスが流れる。
どうでもいいが物々しすぎないか?
まあお上が関わるとこうなるという見本のような有様だな。
鈍い音と共に分厚い扉が開き、閉門までのカウント予告が流れる。
俺達が踏み込んだらカウントを始めるのだろう。
別に大した感慨もないまま俺達はそこへ軽く足を踏み入れた。
周囲の風景が掻き消え、濃密な霧のような物に包まれると、目前にいつか見たような黒い壁があった。
電光板の表示さながらそこに光で文字が刻まれる。
『エリア1orエリア2?』
舐めてんのか? と言いたくなるぐらいシステマチックだ。
少しイラつきながらエリア2と書かれた箇所に触れる。
ピッという電子音のSEまであった。
奴としてはゲームでもやっているつもりなんだろうな、クソが。
『認証をお願いします』
表示と共に手形マークが現われる。
ダメだ、いちいち腹を立てていたら身が持たん。
俺は無の境地でそこに手のひらを押し付けた。
拳を叩き付けたい気持ちをグッとこらえるのが大変だった。
フッと唐突に壁が消失し、途端に周囲から熱気が押し寄せる。
熱帯はこんな大気なのかもしれないなと思わせる暑さだ。
もう秋も終わる頃だってのに、ったく。
傍らでエンジン音が響き渡る。
「乗ってください。しばらくは木々もそれほどではないようですし」
大木上等兵が呼び掛けて来た。
乗っているのは先程の不格好なバギーだが、なんかちょっと大きくなっているような?
しかも車高が高くなっている。
「ああ。しかし形が変わってないか? この車」
「ふふ、このぐらいは序の口ですよ」
俺が助手席側へ乗り込むと、大木はパネルに指を走らせた。
すると、ブーンという共振音と共に各フレームから被膜のようなものが張り出し、車体を覆ってしまう。
驚きながらそれを軽く拳で弾くと、紛れもない金属の感触だった。
「どうです? 驚いたでしょう? 実はこれ、魔法使いのあの変な人が技術提供してくれて、新たに開発された魔装兵器なんですよ」
マジでか?
てかやっぱり魔法使い連中はかなりの技術を秘蔵してやがるな。
あいつら自己満足主義だからな。
「しかし魔装兵器ってことは燃費がやばいんじゃないか?」
魔装兵器というのはその発動エネルギーに精製された怪異の封印体又は夢のカケラを使う。
大概において強力だが、比例して恐るべき予算食いの兵器なので滅多なことでは実用配備されたりしないものなのだ。
……ああ、なんか読めたぞ。
「まあ予想は付いているでしょうが、燃料は現地調達です」
「なるほど」
うん、わかって来た。これも魔法使い殿の実験の一つなんだな。
なんか、あの野郎、予算と場所を提供してもらって実験が出来ると思ってはっちゃけてないだろうな?
大丈夫だろうな? 東雲のなんとかさん。
魔法使いって常識とか
「あ、納得したら運転お願いします。俺は通信とマッピングの任務を開始しますので」
「え?」
ちょ、俺がこれ動かすのかよ? マジでか!
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