71:蠱毒の壷 その五

「大丈夫です。これのAIは軍の戦略ブレインシミュレーターを組み込まれた学習型なんですよ。突発事態以外は地形や状況から自己判断して動きますので、とりあえず声紋登録して操縦席にいてもらえばOKですから」

「むしろ迷宮で突発事態以外の何が起こるんだよ」

「え? そういえばそっか」


 そっかじゃねえよ。

 作戦オーダー通りの迷宮とか無いから。

 ああ、幻想迷宮ですね、はいはい。


「声紋登録ってどうするんだ?」


 文句言っても仕方が無いので前向きに考えよう。


「そのパネルに顔を向けて指をタッチしながらコマンド、ボイスセーブと言ってください」


 それ絶対登録するのはボイスだけじゃないだろ。

 心の中で悪態を吐きつつ言われた通りに登録する。

 俺達が前部座席でそうやってゴチャゴチャやっている間に、後部座席は後部座席で動きがあった。

 明子さんが特殊カメラを車体に設置したのだ。

 それで記録を撮りつつなにやら凄い勢いでメモを取っている。

 手書きで記録を取る人って久々に見た気がするな。

 てか雑務ってこれか。


「もちろん手動操縦にも対応しているんで大丈夫、安心してください」


 大木が何が嬉しいのかいい笑顔でそう言った。

 これが対応してても俺が対応してねえよ!

 しかし、悪態吐く暇もなく配置が替わり、隣には浩二が滑り込んだ。


「なに仏頂面しているんですか。こういった物は兄さんの得意分野でしょうに」

「全然ちげえし。お前の言いようは符と御守りは同じ物みたいな言い草だぞ」

「……まあだいぶ違いますね」

「だいぶ違うんだよ!」


 軍部の感覚がどうなっているかしらんがこれ壊しても弁償とか言い出すなよ。

 突如ピコーンとどこか間の抜けた音が響き、操作パネルに表示が浮かぶ。

 同時に電子音声が酷く冷静に告げた。


『敵性反応多数。個体質量微小。対応を選択してください』


 見るとパネルに『逃走、斉射、待機、手動』とある。


「ユミ、相手は?」

「軍隊蟻タイプ、小型、本来スルー対象」


 本来ってとこが肝だな。

 今回ただクリアするんじゃなくて資源探索も兼ねた任務な訳だし。


「素材サンプルをお願いします」


 案の定明子さんから要望が入った。

 てか国軍のお二人さん、軍隊蟻と聞いた途端に一瞬動きが止まったのはなんでだ?

 もう散々幻想迷宮シミュレーターでやって慣れた相手だろうに。

 まああっちはだいぶ大型だったから小型相手だと対処もだいぶ違うけどな。


「捕獲なら私が」


 由美子がふわりと式を生み出した。

 それは真っ白な蜂だ。

 いかにも好戦的に羽根と顎を鳴らすと、一直線に正面の草むらへと飛び込んだ。

 次の瞬間、白い式蜂は、自分と同じぐらいの大きさの黒い物体をまるで地面からゴボウでも引き抜くかのように抱えて戻って来た。


「ここへ!」


 明子さんはビー玉のような見た目の封緘を三つ、綺麗な正三角形に並べる。

 その中心にぽとりと蟻の怪異が落とされた。

 既に蟻はピクリともしない。

 死んではいないのだからおそらく麻痺毒かなにかにやられたのだろう。

 明子さんは口許を若干引きつらせながら、三角形の上空の等辺の頂点にもう一つの封緘を置いた。

 空中であるにも関わらずそのままそこに浮いた玉とそれぞれの玉が互いに向かって白光の線を延ばす。

 形としては正三角錐になるのかな。

 それが結び終わると小さく点滅し、互いに中央に集まり、やがてただ一つの玉として転がる。

 俺達が水晶やそれに近い結晶体に怪異を封じるのに似ているが、これは変化した怪異本体の方を目的とした封印だ。

 怪異の変化体は通常の自然界にない特殊な構造をしているので、時折人類社会にとって有意義な発見があるらしい。

 だが普通は怪異の姿は、核を封じて倒されると解けてしまう。

 それを止め封印するのがこの封緘だ。正に人類の貪欲さの象徴のような道具だな。

 それと、これにはもう一つ別の使い道もある。

 実は形を残すと言うことは、怪異の場合そこからまた復活出来ると言うことでもあるんだよな。

 上位の怪異などが何度討伐しても蘇るのはこのせいで、どれほど切り刻もうと焼いたり溶したりしようとも、連中は消滅することなくやがて蘇る。

 なにしろ核を封じて結晶化しようにも、長年生きて強大になりすぎた連中の核を封印出来るような結晶体は存在しないため、一般的にはその血肉を封じて復活を阻止するしかないのだ。

 しかし、終天を見ればわかるようにそういう方法だと結局はいつか復活されてしまう。

 そのたびに犠牲を払って再封印したり、害がないようなら監視しつつ放置したりして来た人類なんだが、遂にはそれを逆手に取って、素材確保とはまた別に、危険の少ない状況で怪異を帰属テイムする道具として封緘が使われだしたのだ。

 俗に猛獣使いと呼ばれるテイマーだが、戦闘中のテイムはほぼ命懸けで、成功率三割以下とも言われていて、昔はやたら死亡率が高かったらしい。

 しかし、封緘を使うことによってその成功率は段違いに上がり、安全性が引き上げられ、才能が有りながらその道を断念していた連中が戻ってどっとテイマーが増えたのだそうだ。

 その封印玉を収納ケースにしまった明子さんは、ふと顔を上げて怪訝な顔をした後、唐突に悲鳴を上げた。

 どうやら目前の蠢く黒い地面が全て蟻の怪異だということに今更気づいたらしい。


「さてと、とりあえず、こいつの性能とやらを試してみるか」


 俺はパネルの逃走を選択した。


『コマンド了解、逃走モードに移行します』


 電子音声が律義に復唱して、すぐにモーター音が響く。

 車体の前面、バンパーに当たる部分が突出すると、魔法光がそこに満ちた。


「へえ」


 浩二が面白そうに呟き、後ろを見ると由美子が座席から身を乗り出して眺めている。


「ユミ、車から乗り出すな。危ないだろ」


 今現在、この特殊装甲車とやらは誰が操縦している訳でもないのだ。

 動きが読めない味方程始末に負えないものはない。

 なにしろこいつは機械だから、その判断基準、コアとなる命令がわからない限り、こっちからは何をやらかすかさっぱりわからないのだから。


「過保護」


 隣からぽつりと呟かれた。

 え? 過保護とかないだろ? これは普通だろ? こんな状況なら普通誰でも心配するだろ?

 心の中で言い訳をしながら恐る恐る浩二を見る。

 等の本人は既に我関せずと明後日を向いていた。

 いや、せめて今は前を見ろよ。

 収束した魔法光は正面広範囲に放たれた。


「スタン」


 由美子が簡潔に解説する。

 光が撫でた一帯の蟻の動きが止まった。

 途端に、俺達を乗せた装甲車は予告なしにいきなりトップスピードに達してそこを突き進む。


「ちょ!」

「口開くと危ないでつっ!」


 なんというお約束な奴だ。

 大木は我が身をもって危険を示してくれた。どうやら舌を噛んだらしい。

 傷は浅いといいな。

 てかお前、これ知ってたんなら事前に警告しろ。

 地面は整備などされていない高低差の激しい大地だ。

 何かの訓練かというぐらい車は撥ねまくった。

 てかもうこいつから降りてもいいかな? 俺。

 怪異の前に自分達の乗ったマシンに殺されないだろうな? 俺ら。

 しばらくするとやっと停止して再び電子音声が問い掛けた。


『回避不可能の樹木密集地帯です。このまま進む場合は二足歩行モードを選択ください』


 なんだって?

 言っている意味がわからないぞ。二足歩行ってなに?

 俺はうんざりした顔で後ろを振り返ると、なぜか親指を立てて得意げな顔をした大木がいた。

 ……うぜえ。

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